第13話 プレゼントみたいで

 次の日も休む事になってしまった。そしてその次の日も次の日も……


 ヘレンさんが私の元までやって来ては魔力を供給してくれる。そうなると私は途端に元気になる。

 だから部屋から出て仕事をしたいんだけど、ヴィル様はみんなに私が休むことを伝えているから、私が部屋から出て何かしようとすると、目撃した人達から仕事を取り上げられてしまうという事態が発生する。


 大人しく部屋で何かをするタイプじゃないし、やっぱり外で体を動かしたいんだけどなぁ。

 裁縫も苦手。あ、でも読書は好きかな。だけど本を読んでいるとあっという間に時間が過ぎる。有意義な時間なんだろうけど、体を動かして働く事になれていたから、何だか時間が勿体無いと思ってしまう。


 窓から外を見る。庭園には色とりどりの花が咲いているけれど、一際目立つのは真っ赤な薔薇が咲き誇る場所。

 時折ヴィル様はそこに赴いてベンチに座り、何も言わずにただ真っ赤な薔薇を眺めていらっゃる。その姿を見掛ける度に、私の心はギュッて締め付けられるように苦しくなる。


 薔薇が風にユラユラ揺れて笑っているよう。

 

 ねぇ、リノ……貴方は大きくなったら私に、私と同じ髪色の薔薇をいっぱいプレゼントするよって言ってくれたよね?

 窓から見える沢山の真っ赤な薔薇の花々はまるでリノからのプレゼントのように思えて、また私は泣きそうになってしまった。


 最近、なんだか涙脆いな。年なのかな。まだうら若き乙女のつもりでいたけど、お年頃と言われるのは短いかも知れないね。

 

 そんな事を考えると、思わずふふふ……って笑みが溢れてきた。一人で笑ってるなんて、私は不審者か。


 あれ? 東屋にヴィル様……あ、エヴェリーナ様もいる。デートかな。庭園で楽しくお茶なんて、美男美女カップルにはお似合いだね。


 あ……抱き合った……


 ハッ! ここでまた私は覗きをしてしまっている! ダメだ、ダメだ、こんな事してちゃ!


 そうは思っても目が離せなかった。


 抱き合う二人はやっぱり絵になる。遠目だけれど、絵画みたい。それか演劇の中の二人みたい。演劇は観たことないけど。


 やっぱりエヴェリーナ様と結婚するのかな。他に縁談がないんだもの。そうするのが良いよね。これでヴィル様は幸せになれるかな。そうだと良いな。


 ほらヴィル様、もっと笑わなくっちゃ。私くらいなもんですよ? 口角が上がった時は本当に可笑しくて笑う時で、目尻が下がるのは穏やかに微笑む時って知ってるの。

 エヴェリーナ様はまだ見分けがつかないと思うから、分かるように微笑んで差しあげなくちゃ。


 あぁ、頭がクラクラする……日に日にこの時間が早く来るように感じる。

 こんな所で盗み見なんかしてるから罰が当たったのかな。


 ベッドに行こうとするけれど、すぐそこなのにたどり着く前に倒れてしまった。もう嫌だな、こんな体。誰かに迷惑しかかけない体なんて、あっても意味ないんじゃないかな。だって、私に価値なんてないもの。


 そんなふうに思って見悶えていたら、運良くヘレンさんがやって来てくれて、私に魔力を浴びせてくれた。良かった。助かった。


 

「サラサちゃん、本当に大丈夫なの? 段々時間が短くなっているわ。やっぱりご主人様に……」


「大丈夫! あ、そうだ、これから買い物に行ってくるね! これから3時間くらいは問題ないと思うからパッと行ってパッと帰ってくる!」


「サラサちゃん!」


「ごめん、ヘレンさん。ヘレンさんには迷惑かけちゃってるけど、これ以上誰にも迷惑かけたくないの。だから、街に行って魔力回復薬を買ってくる。あ、ここで魔草の苗を買って育てるのも良いかも知れない!」


「サラサちゃん……」


「ついでに何かあれば買ってくるよ。ヘレンさんは何かいらない?」


「……クリスピードーナツ……」


「分かった! 賄賂に買ってくるね! もしヴィル様にバレそうだったら、上手く言って誤魔化してね!」



 そうヘレンさんに言ってから簡単に身支度を整える。外套を羽織って私は邸をコッソリ抜け出して街へと向かった。今ヴィル様とエヴェリーナ様は東屋でお楽しみ中だものね。私の脱出に気づく筈はないよね。

 さっきから胸がズキズキ痛むけど、こんな自分の気持ちには無視しなくっちゃ。私はヴィル様の幸せを見届けるお役目があるんだもの。こんな事くらいでいちいち傷付いてなんかいられない!


 あ、でもヴィル様とエヴェリーナ様が結婚しちゃったら、私はあの邸から追い出されるんだった。見届けるのもできなくなるかぁー。


 そうだ、街で何かできないかも調べておこう。どんな仕事があるか分からないし、一人で生きていくくらいなら何とかなるかも知れないよね。

 元は孤児だもの。最低限の生活でも生きていこうと思えばできる。


 だけどやっぱり娼婦は嫌だなぁ。好きでもない人にそうされるのは苦痛でしかなかった。あんな思いは二度としたくない。

 でもそれしか生きていく術がないんだったら、せめて初めてはヴィル様がいい。って、そんなの無理か。


 力なくハハハって笑みが零れる。何を愚かな事を考えているんだか。ヴィル様には過去を忘れるように言った癖に、自分こそ過去に縛られてるよね。

 いつまでも過去を引き摺ってちゃいけないよ。うん、前を向かなきゃ。


 街までは急ぎ足で30分。乗り合い馬車も通ってるけど、待っている間に街に着いちゃうな。

 急いで急いで。ヴィル様やみんなにバレる前に帰らなくちゃいけないし。


 走るのに近い感じで進んでいき、街にたどり着く。ヘレンさんに魔力を供給さえしてもらえれば、私は至って元気なの。こんな道のりくらいへっちゃらなんだから。

 

 そうやって意気揚々と、私は街へと向かったのだった。




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