第51話 厄介な相手

「大丈夫か!」


 身を翻した俺はクレアの無事を確認しつつ、状況を知るため周囲に視線を走らせた。

 真っ先に飛び込んできたのは、血を流して倒れる込むアリシアの姿だ。側にはボロ雑巾のようなアレスの姿もあった。

 逆サイドではビスケッタと短髪の少女が剣戟を振るっている。こちらに気づいた少女がビスケッタから距離を取り、俺を見て驚いたように眉を持ち上げた。


 ――ん、なんだろう?

 今、睨まれたような気が……。


 果たして気のせいだろうか。


「って、なんだあれは!?」


 続いて目があったのはタコだ。

 助けが来たと喜んでいるのか、無数の手足をこちらに向けて振っている。見方によってはバンザイしているようにも見えてくる。深海魚な見た目からしておそらく試験官だろう。

 そして、後方にはなぜかブランがいた。

 彼女は気味の悪い手に囲まれながらも、何とか応戦している。タフなシスターだ。


「あれは……?」


 黒ずくめの女がこちらを見ていた。黒いベールで顔を隠した女だ。


 ――この嫌な感じは……。


 俺は以前にも、彼女と似た雰囲気を放つ人物にニ度ほど会ったことがあった。


「モルガン・ル・フェ、か?」


 ゾッとするこの感じは間違いなくあの女のものだ。顔を隠したって俺には分かる。


「うふふ」


 笑っている。顔なんか見なくたって分かる。ベールの下で、あの女が今どんな顔をしているのか。考えただけで腹立たしい。


「リオ……ニス……」

「クレア!」


 膝をつき、俺は倒れ込む彼女を受け止めた。クレアは虚な瞳でやっとこちらを捉えているし声は擦れ、肉体はボロボロだった。


「こんなになるまで良く耐えたな」

「もう……会えない、かと………」

「縁起でもない。今すぐ回復してやるから心配するなよ」


 俺はただちに回復魔法降りそそぐ光エリアヒールを発動。敵と思しき連中は除外し、仲間だけに照準を合わせる。


「――――」


 彼女らの頭上から一筋の暖かな光が降りそそげば、クレアたちの傷口がまたたく間に癒えていく。癒えていくと徐々にクレアの瞳にも光が宿り、けぶるような銀の睫毛に縁取られた美しい石榴の瞳がしっかりと俺を捉え、直後にボンッと音がしそうな程赤面した。


「――リ、リオニスッ!?」

「うわぁ!?」


 さくらんぼみたいな顔のクレアに胸を突き飛ばされ、危うく転んで尻もちをついてしまうところだった。

 俺を力いっぱい突き飛ばしたクレアはというと、急いで乱れた艶やかな銀髪を手櫛で整えていた。


「まだ無茶はするなよ。傷は癒えても失った血や体力、それに魔力までは戻らんのだからな」


 増々赤くなるクレアが、うんうんと首を縦に振っている。

 なんか、調子が狂うよな。


「リオニス!」

「――ちょっ!?」


 すると今度は傷の癒えたアリシアが、子供みたいに抱きついてきた。

 吊り目がちな美人の笑顔は迫力がある。


「私を助けに来てくれたのですわね!」

「ああ、クレアがピンチだって分かったからな」

「クレアが……そう、ですの」


 スッと身を離したアリシアは、縦ロールを指先で更にクルクルにしながら不満そうに口をすぼめる。その様子を見たクレアは、なぜか胸の前で拳を握っていた。


「よしっ!」

「……?」


 クレアが小さく呟いた。

 何かあったのだろうか。


「アリー! 無事でよかった!」

「ちょっ、ちょっと……ビスケ! 苦しいですわ」


 今しがた謎の少女と大立ち回りを演じていたビスケッタが、今にも泣き出してしまいそうな顔でアリシアへと駆け寄り、そのまま力強く抱きしめた。


「す、すまない! つい嬉しくて」


 主からの戒飭を受け、慌てて身を引き離すビスケッタに、アリシアは仕方ないですわねと苦笑いを浮かべる。

 微笑ましい光景に俺の頬もつい緩んでしまう。


「あ、あの……その……あっ、あり………」

「ん、蟻?」


 こちらに顔を向けたかと思えば、蒼い瞳を揺らし俯いてしまうビスケッタ。

 なんだろうと視線を足下に落とすと、蟻の列を踏みそうになっていた。


「あっ」


 ビスケッタは蟻を気遣うタイプらしい。その証拠に、上目遣いでチラチラとこちらを窺いながら、何か言いたげな様子で口元をモゾモゾさせている。


 俺が足をどけて踏んでませんよアピールをすると、彼女はなぜかあいまいな表情を作った。


「べ、別にッ!」


 そしていつものように、ふんっと明後日の方に向いてしまう。海を溶かしたような神秘的な青髪のポニーが一緒に揺れる。頬がほんのり赤いのは、蟻を踏みそうになったことを怒っているのかもしれない。


「――――ッ!」

「ぃッ――――!?」


 突如短髪の彼女が杖剣片手に突っ込んできた。


「「「リオニス!?」」」


 目を丸くする彼女たちを横目に、俺は慌てることなく腰の杖剣を引き抜き、横薙ぎの一撃を受け止める。

 鉄のぶつかる甲高い音が鐘のように鳴り響く。


「もう二度とわっちを見て見ぬフリなんてさせない! させやしないよ死神くん!!」

「………!」


 発言内容から考えるに、おそらく彼女がロック・シャレットの姉、ニーヴ・シャレットなのだろう。アリシアの話では、俺は昔彼女を無視していたことになっているという。事実は異なるが、相当根に持たれていることは間違いなさそうだ。


「おい、お前は何か勘違いをしているのではないか?」

「勘違い? 君って本当にひどいよね。だけどッ! そこが堪らなく愛しくもあるよ!!」


 鼻息荒く肩で息をする少女が鍔迫り合ってくる。俺は離れろという意味を込めて軽く押し返した。少女は力に逆らうことなく後方へ跳ぶ。


「リオニス、あいつの毒には気をつけるんだ」

「毒?」


 クレアの忠告に思わず聞き返してしまう俺に対し、アリシアは言う。


「彼女の二つ名は毒使いポイズンレディですわ!」

「アリーの言う通り、やつは蛾の鱗粉のように空気中に毒を漂わせてくる」

「オイラとビスケはあの毒に苦戦を強いられたんだじょ!」

「戦っていたのは私一人だが……」

「今はそんな細かいことはどうでもいいんだじょ!」

「っていつの間に!?」


 足下に真っ赤なタコがいた。怒りっぽいヒトデとは違い、随分と愛想の良さそうな試験官だった。


「オイラはタコル、よろしくだじょ!」

「ああ、よろッ――危ない!?」

「うわあああああああああ!?」


 タコと挨拶を交わしていると、突として黒い影が覆いかぶさってくる。俺は咄嗟に足下のタコルを蹴り飛ばしてエスケープさせる。

 隕石みたいに降ってきた鉄の塊を受け止めた俺の頭上からは、憤怒の雄叫びが鳴り響く。


「ヌウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 相変わらずの馬鹿力から放たれた一太刀を受け止めたことにより、大地は見事なまでに陥没。激しい縦揺れにクレアたちは次々とその場に臀部を打ちつけていく。


「何だこのバカでかい牛はッ!?」

「モンスターが出るなんて聞いていませんわよ!」

「これはどういうことだ!」

「オイラ知らないじょ!? ヴィストラールのダンジョンにはモンスターなんて出ないはずなんだじょ! そう聞いていたんだじょ!」


 降って現れた怪物に、クレアたちは混乱していた。これが先程まで自分たちが相手にしていた大男だとは露程にも思っていないようだ。


 ――厄介な相手だな。


 自然体ナチュラルでこの力はやはり驚異だと思う。もしもゾッドが肉体強化ブーストを覚えたらと思うと、正直ゾッとした。


「あらあら、まぁまぁまぁ。羨ましい。わたくしもあちらに混ざりたいですわ」


 人がドタマをかち割られそうになっているというのに、呑気な声音が聞こえてくる。少しイラッとしながら、俺はゾッドの大剣を押し返した。


「―――!」

「それはわっちの獲物ッ!」


 よろめきながら数歩後ろに下がったゾッドの影から、ニーヴ・シャレットが飛び出してきた。武の一族シャレット家の天才少女というだけあり、彼女はたしかに強い。毒をまとった戦闘スタイルも、普通の者が相手なら厄介に感じるところだろう。


 だが、俺は普通ではない。

 リオニス・グラップラーはチートなラスボスなのだ。


「どうして、なんでわっちの毒が効かない!?」


 俺には精霊の加護がある。

 風の精霊シルフィードの加護により、俺の周囲の空気は常に浄化されている。

 ゆえに、鱗粉のように風に舞う彼女の毒は、俺に届くことはない。


「まさか、死神くんも毒耐性を……!?」


 持っていない。


「さすがわっちが認めた天才!」


 とんだ勘違いだ。

 しかしながら、毒耐性を有する彼女の才は本物だろう。

 けれど、彼女の剣術は平凡なものでしかなかった。


「邪魔だァッ! 退けぇッ!!」

「キャッ――!?」


 闘牛の如く突貫してきた狂戦士は、俺と鍔迫合うニーヴを裏拳で弾き飛ばし、強制スイッチをかましてくる。まさに狂戦士に相応しい戦闘スタイルだ。


「ちょっと! 死神くんはわっちの獲物! 横取りなんてあり得ない!」

「貴様では話にならん! そこの雑魚で我慢しろ!」

「なっ!? 君って本当に横暴でムカつくよね。いいよ。死神くんの前に君から毒殺してあげるよ!」


 俺と競り合うゾッドの側面から襲い掛かろうとするニーヴに、離れた場所から様子を窺っていたモルガンが口を開く。


「あらあら、おいたが過ぎるわよ」


 制止するように、黒い手が彼女の行方を遮った。


「――!? 話が違う! 死神くんはわっちにくれる約束のはずだッ!」

「ええ、ええ。すべてが終わったあと、ちゃんと貴方に差し上げますとも」


 納得がいかないって顔のニーヴだったけど、心を落ち着かせるように深呼吸をしていた。

 セルフマインドコントロールにより気持ちを切り替えた彼女は、ターゲットを俺からクレアたちに変更する。


「クレア!」

「自分たちのことは自分たちで何とかする! それよりもリオニスは目の前の怪物に集中して!」

「クレアの言う通りですわ! 私たちもアルカミアの生徒なのですわよ!」

「アリーは私が守る!」

「オイラも居るじょ!」


 目に見える傷は回復したものの、彼女たちの体力は限界に近い。

 3vs1とはいえ、あの毒を防ぐ手立てのない彼女たちでは勝機はない。

 すぐに加勢に行かなければ……。


「よそ見をするとはなめられたものだなァッ!」

「――――ッ」


 叩きつけるような大振りの一撃を躱し、俺は剣先をゾッドに突きつけた。


「すぐに終わらせる!」

「図に乗るなよ、人間ッ!」


 俺はギアを上げるように、抑えていた魔力をわずかに開放した。

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