第43話 唸れ炎雷の二つ名

「すごい」


 周囲を見渡すと、ここがボトルの中だとは到底思えなかった。

 雲一つない空は晴天で、太陽のように光って見えるものは、おそらく瓶の口だ。覗き込む長い睫毛が、瓶の口越しに見えた。巨人のように巨大なマーベラスの瞳だ。


 下はどうなっているのだろうと、塔の屋上から身を乗り出すように見下ろした。


「落ちたらどうなるんだ?」


 下には暗雲が広がっていた。まるで闇だ。

 ここは遥か上空、天空にそびえ立つ摩天楼なのではないかと、妙な錯覚を覚えるほど。下には何処までも塔の壁が続き、途中から暗雲が広がっているせいで終わりが見えない。


「ったく。ガキじゃねぇんだからみっともなくはしゃぐんじゃねぇよ」

「―――!? 誰だ!」


 まだ俺しか来ていないはずの塔の屋上で、突としてガラの悪そうな声音が響いた。振り返り声の主に目を向けると、見覚えのあるヒトデがロッキングチェアに揺られながら紫煙を吐き出していた。テンガロンハットにサングラス、間違いなく校長室(海)にいたヒトデだ。


「見たら分かるだろ。ヒトデだよ!」

「………えーと」

「ジジィから聞いてんだろ? 俺さまがてめぇっんところの試験官。ヒトデのヒトさんだ!」

「試験官って人じゃなかったのか」

「いきなり呼び捨てとはいい度胸じゃねぇか! さんを付けろさんをッ!」

「あっ、いや、そういう意味じゃなくて、その……ややこしいな」


 まいったな。試験中ずっとこの怒りっぽいヒトデと一緒なのかな?

 愛想笑いを浮かべながら思案していると、突然の閃光に目がくらむ。


「眩しッ!?」


 光の中から現れたのは、マーベラス侯爵令嬢だ。


「こうやって送られてくるのか」

「サングラスは必須だぜ」


 なるほどと納得していると、先に来ていたマーベラスのあとを追ってくるように、イザークもやって来た。


「リオニス様! って何よその珍生物!?」

「まっ、魔物だ!?」

「あぁ? 誰が魔物だッ! 俺さまはヒトデのヒトさんだコノヤロウッ!」


 イザークとマーベラスが世にも奇妙なヒトデをツンツンしている間に、俺は連絡橋を確認する。大体百メートルほど続く橋の向こう側に、試験会場となるダンジョンが見える。

 現在はフライングができないよう、橋の入口が鉄格子によって塞がれていた。


「時間になりゃ格子が外れる仕組みだ。それが試験開始の合図ってわけさ――ってうっとうしい! ツンツンすんじゃねぇよ!」


 二人にツンツンされながらも、ヒトデのヒトは試験官らしく色々と説明してくれた。

 試験官は生徒が不正しないように監視すると同時に、お助けキャラのようにアドバイスをくれるらしい。


「おっと、どうやら開始みたいだぜ」


 道を塞いでいた鉄格子が外れ、ダンジョンに続く連絡橋が開放される。


「一番に試験をクリアするわよ!」


 高鳴る気持ちを抑えきれずに駆け出したマーベラスの後を、負けず嫌いなイザークが追いかけた。俺とヒトは焦らずゆっくりスタートを切る。


「あっ、僕より前を走るなッ!」

「あんたが遅すぎんのよ」

「なんだと!? 言ったな! テンポアップッ! リズムに乗るぞ!」


 マーベラスを追いかけるイザークのスピードが格段に上がった。いつかの影人形ドッペルゲンガーとは違い、脚に風魔法を付与して速度を上げているようだ。


「なっ!? ちょっとあんた調子に乗ってんじゃないわよ! 卑怯よ!」

「僕たちは魔法使いでアルカミアの生徒なんだ。これくらい当然だろ! 音速となった今の僕の速さには誰も追いつけないさ!」


 風魔法で強化されたイザークに、ナチュラル状態のマーベラスが追いつくことは不可能。

 そう思ったのも束の間、俺たちの行く手を阻むように突然橋が大爆発を引き起こす。


「なんだなんだッ!?」

「どうなっているのよ!?」

「たっ、助けてくれぇええ!? すぐには止まれないんだああああああ!?」


 風魔法によって加速したイザークが、砂塵を舞い上げながら崩壊する橋に向かって突っ込んで行く。このままでは橋の下に真っ逆さまだ。


「世話かけるんじゃないわよ!」


 マーベラスが腰の杖剣を抜刀すれば、ブランの杖剣同様に刀身が光をまとう。あっという間に形状が鞭へと変化してしまった。彼女は巧みな鞭捌きで、落下するイザークの足首に鞭を巻きつけた。


「せやぁああああああああ!!」


 そのまま見事、イザークの一本釣りに成功。九死に一生を得たイザークが空から降ってくる。


「し、死ぬかと思った」

「身分をわきまえずにあたしを抜いたから罰が当たったのよ」

「なっわけあるかァッ!」

「あんたねぇ、助けてやったのに何よその態度は!」

「喧嘩している場合じゃねぇぜ!」


 とはヒトデのヒトだ。

 彼は北東の方角を指し示していた。


「アレス!」


 俺は短く宿敵の名を叫んだ。

 遠く離れた橋の上から、アレスが火球ファイアボールを撃ってきていた。


「あの眼帯ッ、僕を殺す気かッ!?」

「男爵家の分際であたしに攻撃するなんて、どんな神経してんのよ!」

「言ってる場合じゃねぇぞ! あの糞ガキッ、この橋をぶっ壊すつもりだぜ!」

「ルール違反よ! あんた試験官なんだから止めなさいよ!!」

「彼を失格にすべきだ!」

「残念だがな、ルール上オッケーだ!」

「「なっ!?」」


 アレスは無数の火球ファイアボール連絡橋こちらに向かって放ってきている。悪童の笑みをたたえては、中指を突き立てながらダンジョンの中に駆け込んでいく。その後を、黒ずくめのチームメイトと羽の生えた提灯鮟鱇が続いた。


「こりゃやべぇぞ!」

「引き返すんだ!」

「バカッ、間に合わないわよ!」


 アレスはこの橋ごと俺たちを消し去るつもりだ。


「終わりだぁあああ!?」

「嫌よ、こんなところでぇッ!?」

「あのガキゃァッ!」


 だが、そうはさせない。


「炎の雷となりて敵を穿て――炎雷ファイアボルトッ!!」


 俺はアレスが放った火球ファイアボールをすべて、炎雷ファイアボルトで撃ち抜いてやった。

 こちらとあちらの橋の間で大爆発する火球ファイアボール。俺の炎雷ファイアボルト火球ファイアボールを穿いても威力を弱めることなく、アレスたちが駆け抜けた橋を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「凄すぎるぞリオニス! それでこそ我が親友にしてライバル!」

「《炎雷の死神》その二つ名は伊達じゃないってことかしら? さすがリオニス様」

「こりゃたまげたぜ。やるじゃねぇかリオニス!」

「ありがとう。それより、これどうする?」


 アレスの火球ファイアボールによって俺たちの橋は一部崩壊しており、これ以上先に進むことができなかった。一難去ってまた一難とはこのことだ。


「それなら僕に任せてくれ!」


 声高らかに宣言したイザークは、外套を広げてその内側を誇らしげに見せてくる。見たこともない大量の道具がぶら下がっていた。


「あんた試験に玩具なんて持ってくるんじゃないわよ!」

「アホッ! これはうちの商会で扱っている魔法道具マジックアイテムだ! どれも超一級品なんだぞ!」


 そう言いながらイザークは魔法陣が描かれたボールを二つ取り出した。


「何よ、それ?」

「これはチェンジボール! 二つのボールは対になっていて、ボールの位置を入れ替えるって優れ物さ」


 イザークは俺たちにチェンジボールの使い方をレクチャーしてくれる。


「まずは僕が手本を見せるよ。どちらか一つを橋の向こう側に投げるんだ。それから魔力円環を行うと、ボールに描かれた魔法陣が起動する。すると、対になっている最初に投げたボールに刻まれた魔法陣が発動して、二つのボールの場所を瞬時に入れ替える、こんな風にね!」

「「「おおおぉ!」」」


 今の今までイザークが立っていた場所には、先程彼によって橋の反対側に投げられたボールが転がっており、そちらにはボールを持ったイザークが立っていた。

 イザークは手にしたボールを足下に置くと、こちらに向かって大声を張り上げる。


「順番にチェンジボールを発動してこっちに移動するんだ!」

「………あいつ、意外と役に立つわね」

「ああ見えてもイザークは剣の腕も立つぞ」

「そうは見えないけど?」

「少なくとも、師範ガーブルには認められているよ」


 へぇーと感心した様子のマーベラスに、俺はボールを手渡した。


「レディーファーストだ、マーベラスからどうぞ」

「ヒルダで構わないわ。というか、あたしだけファーストネームで呼ばれないのは、なんか嫌。友達なのに変でしょ?」

「なら俺のことも様付けなしだ」

「分かったわ、リオ!」

「リオッ!?」

「みんな同じだったら特別感がないじゃない」

「……そこはリオニスで頼むよ、マーベラス」

「リオニスがそういうなら……てかあたしのことはヒルダって呼びなさいよね!」

「……慣れるまで時間が掛かるかもな」


 少し不満気なマーベラスだったが、やはり俺の中でマーベラスはヒルダというよりマーベラスだった。


「向こうで待っているから早く来なさいよね、リオニス!」

「ああ、うん」


 ヒルダが向こう側に移動したのを認めて、俺はヒトにボールを渡した。


「青春だな」

「………早くいけよ」

「おっさん何だか小っ恥ずかしくなっちまったぜ」

「キャラ変わってるし、お前何歳なんだよ!」

「8ヶ月!」

「生まれたばかりじゃないか! つーか早くいけ!」

「照れんなよ」

「うざい」


 悪戯な笑みを浮かべたヒトデも向こう側に移動する。俺はどっと疲れたと嘆息し、魔法道具マジックアイテムを発動させた。

 こうしてようやくダンジョン前まで移動した俺たちの、前途な多難な試験がついに幕を開ける。

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