第37話 囚われた!? 六芒星の呪縛
未だ酔いが冷めていないブランだったが、怪しげな気配に密着させていた体を無理やり引き剥がした。
「おい、大丈夫か!?」
「ひくっ……」
しゃっくり混じりの千鳥足で、ブランはかろうじて一人で立っているといった状況だ。
「うっ……大丈夫やないけど、自分かて肩貸しとる状態やったらきついんとちゃうか?」
残念ながら図星だ。
さすがの俺でも身動きを封じられた状態では、どうすることもできない。
しかし当の彼女はリバース寸前。
だからあれほどもう飲むなと言ったのに。
「大丈夫か?」
うずくまってしまったブランの背中を擦りながら思う、解毒の魔法を掛けてやればいいのでは?
「アホッ! せっかく浴びるほど飲んだのに、そんなもったいな過ぎることできるか! 絶対やんなよ。ええなッ」
「しかしだな、吐いたら元も子もないだろ?」
「死んでも吐かんから任しときぃ」
両手で口元を押さえながら言う科白ではない。
「それより、前方に二人、後方にも二人おるで」
「あっちの屋根とそっちの屋根にも二人いるぞ」
「もうひとつおまけにそこの路地にも潜んどるみたいやな」
「七人か……」
「闇に乗じてとは、随分卑怯な連中みたいやな。んっでぇ、こいつ等はうちと自分……どっちがお目当てなんやろな?」
闇夜に猫のようなブランの赤眼がきらりと光る。
「心当たりは?」
「あり過ぎてお裾分けしたなるレベルやわ。そっちは?」
「ない! と言いたいところだが、ゾンビ公爵という不名誉なあだ名を付けられるくらいでな」
「終わっとんな、自分」
お前にだけは言われたくないと、据わった目を向けてやる。
「人から恨みを買うシスターにだけには言われたくない。あと、御給金入ったらしっかり今日の飲み代を返すのだぞ」
「……あれ、なんでやろ、不思議と自分がめっちゃ色男に見えてきわ!」
「返せよ」
「しゃあないな。ほな、今度脱ぎたての修道服自分に貸したるわ。みんなにはナイショやで」
「アルカミアにお前宛の請求書送るからな」
「持ってけ泥棒脱ぎたてホヤホヤ純白パンツの一日レンタルでどないや!」
「利子つけて返してくれてもいいのだぞ?」
アスファルトを叩きながら涙をこぼすシスターに、この酔っぱらいがと辟易する。
「なんでや、なんでうちの魅力がわからんねん!」
「返すのだぞ」
「24回払い……でもええやろか?」
「情けない」
嘆息しながら立ち上がった俺は、改めて周囲の状況を確認する。
頭の先から足の先まで黒一色の連中には見覚えがあった。
昼間に路地裏でブランが怒鳴り散らしていた相手も、同様の黒ずくめだった。
「彼らに見覚えは?」
杖剣の柄を握りしめながらブランに問いかけると、ゆったりと立ち上がった彼女も、黒ずくめたちを確認しては口元を歪める。
「否定はせえへん。自分の考えとる通り、こいつらはうちが昼間会っとったやつの仲間やろな」
ブランはとても苦しそうに、そう言った。
「奴らを知っているのだな?」
「……ぐぅ」
瞳の奥に強い憎悪を燃やしながら、彼女は黙り込む。
答えられない。
それとも答えたくないということか。
何れにせよ、訳ありということらしい。
けれど、これで一つだけはっきりしたことがある。黒ずくめの彼らの狙いは俺ではなく、おそらくブランだということだ。
「何者だッ! この俺をグラップラー家の人間と知っての愚行か」
俺は臆することなく、こちらを見据えたまま微動だにしない前方の黒ずくめに声を張り上げた。
「リオニス・グラップラー……なるほど、貴様がリオニスか」
「予定にはないが、どうするゾッド」
「今回の目的はあくまでシスターのみ。あの方との約束を違えた報いを受けさせなければなるまい」
ゾッドと呼ばれた大男が地響きみたいな声音を発すると、黒ずくめたちは一斉に円を描くように動き出す。弧は徐々に小さくなり、六人の黒ずくめがあっという間に俺とブランを取り囲んでしまう。
俺はすかさず杖剣を抜き放ち構えたのだが、ブランは眉毛をぴりぴり振るわせるだけだった。
「おい、どうしたんだよ!」
声を掛けようとも、ブランは前方の大男を睨みつけたまま動こうとしない。
「あいつがうちを消せ言うたんか……」
絞り出すような声音が夜に震える。
「すべてはあのお方のご意思だ」
大男は依然として微動だにしない。まるで歴戦の英雄のような振る舞いに、杖剣を持つ手にも自ずと力が入る。
ブランが口にしたあいつとは、一体誰のことなのだろう?
ブランはやはり何かを隠していると思う。
「なんだあのバカでかい剣はッ!?」
ゾッドは背負っていた得物を抜き取ると、そいつを真っ直ぐこちらに向けてくる。
身の丈程もありそうな大剣は、剣と呼ぶにはあまりに巨大だった。鉄塊と呼ぶに相応しいそれは、おそらく切れ味など皆無だろう。
「オレの剣は叩いて潰すためのものだ」
「粗末な得物を見せびらかしてええ気になっとんとちゃうで」
脂汗を流しながらブランが杖剣を抜刀すると、得物は眩い燐光を放った。その形をまたたく間に変えていく。
「大鎌!?」
「うちは剣術は苦手やからな」
聖職者が有する武器とは思えない形状変化をとげた得物に、こいつは本当にシスターなのだろうかと首を傾げたくなる。
大鎌を肩に担いだその姿は、まるで死神である。
「すまんがそこの雑魚六匹、自分に任せても構わんか?」
「任せるって?」
「どうやらあの大男はうちとサシでやりたいらしいわ」
凛々しい表情でわずかに微笑んだ彼女の視線の先には、鉄塊をこちらに突きつける大男がいた。
見たところ身体能力を強化する魔法の類を、やつは一切発動していない。
純粋な筋力だけであれを振り回すつもりか? 化物ではないか。
「それは構わないが、本当に大丈夫なんだろうな?」
「うちはこう見えてもアルカミアの教師やで。生徒に心配されるほど落ちぶれとらんわ。……うぅっ」
「言ってる側から吐きそうになっているではないかっ!」
「ハンデくらいやらな可哀想いうもんやろ? 弱いもんイジメは好きやないねん」
ブランは精一杯強がっているようだが、顔色はすこぶる悪い。今の彼女を何かに例えるならば死人。まさにウォーキングデッドといったところだろう。
できることならこいつにゾンビの称号を譲ってやりたい程だ。
「無理はするなよ。ヤバくなったらすぐに俺を呼ぶのだぞ、いいな?」
「………」
「なんだよ?」
「いや――」
少し驚いた顔で俺を見たブランは、
「生徒が教師にいう科白ちゃうやろ」
とおかしそうに笑った。
「そっちもしっかり気張るんやでぇ!」
ゾッドの元に駆け出した彼女を見送ると、すぐに黒ずくめが道を塞ぐように立ちはだかる。
「なめられたものだな」
「リオニス・グラップラー、我々は貴方とやり合うつもりはない。大人しくしてはもらえませんか」
「断る、と言ったら?」
「手荒な真似はしたくないのですが、致し方ありません」
黒ずくめたちは月夜に抜き身を晒す。
どうやらやる気満々といったご様子だ。
「仕方ない。少し遊んでやるか」
「あまり我々をなめてもらっては困ります」
「それはこちらも同じだ!」
黒ずくめたちは相当訓練を積んでいるのか、統率された無駄のない動きで素早く移動しては、立ち位置を入れ替えながらこちらの隙きを窺っている。
「んっ、なんだこれは!?」
黒ずくめの一人が杖剣の切っ先で軽く地面を叩くと、地面に矢印マークが出現する。
「あぁ? ちょっ――うわぁあああ」
すると、突として体は凄まじい重力によって後方に押し流されてしまう。
いや、落ちていると表現すべきだろう。
前方でゾッドと対峙するブランがどんどん遠ざかっていく。
気づいた時には、
「――ぐわぁッ!?」
背中に衝撃が走った。
民家の壁に背中から激突してしまったのだ。
「くそっ。なんなんだよ、これ!?」
頭にきた俺は壁を蹴り、ロケットみたく奇妙な魔法を使う黒ずくめに突撃を試みたのだが、
「なっ!?」
黒ずくめまであと1メートルというところで、体は右に傾く。
「うううぅっ!?」
再び俺に掛かる重力が反転する。
「止まれっ!!」
薄暗い路地に真横から落ちていく俺は、ゴミ箱を吹き飛ばし、雨樋用のパイプを弾き飛ばしながら、なおも転がり落ちた。
「くそったれぇッ」
俺は杖剣を壁に突き刺して落下速度を緩めようとするが、
「うぐぅッ!?」
「そうはいきませんよ」
見計らったようにまたも重力が反転する。
今度は地面が遠ざかり、夜空に体が吸い込まれていく。
やはりあの矢印が宙に描かれていた。
矢印の方角に沿って、体は重力に逆らうことなく流されていく。
黒ずくめは統率された動きでそれぞれの持ち場に移動しては、素早く矢印魔法を発動していた。
「そういうことか」
彼らは矢印の上を通過したモノのベクトルを変えているのだ。
たしか移動用魔法にそんなのがあったはずだ。
それを戦闘に応用してくるとは、この戦術を彼らに授けたやつは相当の切れ者か。
「「「「「「六芒星の呪縛!」」」」」」
「何が呪縛だ! ふざけるでないわっ!」
「ゾッドが裏切り者を始末するまでの間、貴方にはここで大人しく回っておいて頂きます」
六ヶ所に設置された矢印の上を通過する度、重力の方向が変わっては、目まぐるしく景色が移りゆく。
目が回って頭がくらくらする。
――が、
「なめるなと言っておるだろうがァッ!」
四方に落ちゆく体をひねりながら、俺は円を描くように杖剣を振るう。
魔力円環によって巨大な魔力場を作り上げると、星の子と呼ばれる精霊たちがクスクスと笑い声を響かせながら姿を現す。
本来は見えるはずのない彼らを認めて微笑みかけた俺は、空間魔法
「重きに重きを重ねて重くなれ――
空間魔法
「よっと!」
完璧な着地を魅せる俺に、あちこちから驚きの声が聞こえてくる。
「バカなッ!?」
「なぜベクトルに逆らって地に立っているのだ!」
「どうして重力のベクトルが変化しない!」
当然だ。
本来移動用に使われる
対して、俺が発動させた
もちろん、方角は地面に向かって。
これにより左右、あるいは上空に変えられていた重力よりも遥かに強力な重力によって、俺は地面に立っている。
というか押しつけられている。
普通の人間ならば立つこともできぬ重力のなかを、俺はラスボスチートの体力で平然と立っている風に見せているというわけだ。
実際、かなりしんどいのは秘密である。
―――ドーン!!
「ど、どうなっている!?」
「理解不能だ!?」
「それに、なぜあいつが立っている地面はあれほど陥没しているのだ!?」
そりゃ重たいからな。
歩くたびに立派なクレーターを作り上げながら、俺は黒ずくめたちに笑顔で迫ってやった。
「さて、覚悟はできておるのだろうな!」
「「「「「「ヒィッ!?」」」」」」
さてと、軽くひねってやるか。
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