第29話 一章エピローグ 灰になるまで……。

「昨夜はよく眠れたか?」


 あれから俺は寮に戻り、朝食の時刻までベッドで横になっていた。

 帰り際にアレスを寝かせたベンチの近くを通ったが、そこにすでに彼の姿はなかった。

 目が覚めたアレスは自力で部屋に戻ったのだろうか。詳細は不明だ。


 ちなみ黒い双頭の犬オルトロスはヴィストラールの言いつけにより校舎から出られないらしく、残念ながら連れて来ることはできなかった。


「お陰様で」


 食堂に向かうために一階に下りると、クレアがいた。

 どうやら俺が下りてくるのをステーションで待っていてくれたらしい。


 にしても、先程からやけに周囲の目が気になる。俺の火傷跡が戻ったことがそんなに珍しいのだろうか。


「あっ、そうだ!」


 俺は外套ローブの内ポケットからピンクのリボンの包みを取り出した。

 今朝悪戯植物トリック・オア・トリートになっていた虹色マカロンを包装したものだ。


「私にか?」

「クレアには色々と迷惑をかけたからな。受け取ってもらえるか?」

「もちろんだ! 有り難く頂くとしよう」


 朝からご機嫌なクレアと一緒に食堂へ足を伸ばすと、両扉の前で誰かを待つアリシアを発見した。彼女はこちらに気が付くと満面の笑顔で手を振ってくれるのだが、隣を歩くクレアの存在に気付くや否や、パッと笑顔が消え失せた。


 アリシアもダークエルフに対する偏見があるのだろうか。この問題は俺が考える以上に根深いのかもしれない。


「あら、随分と仲がよろしいのですわね」

「大切な友人だからな。アリシアにも紹介しておくよ、こちらは――」

「クレア・ラングリー、リオニスの大切な、、、友人だ!」


 胸をドンッ! と突き出しては自ら名乗りを上げるクレアに、にっこり微笑んだアリシアがなぜか少し恐ろしく見えた。

 やはり、そういうことなのだろうか?


「私はアリシア・アーメント、彼の婚約者、、、ですわ!」


 負けじと肩にかかったドリルヘアーを手で払いながら、彼女も必要以上に胸を突き出す。

 女性特有の習性のなかに、胸を突き出すという行為があるのかもしれない。


「婚約はアリシア殿下の方から解消の申し出があったと聞いている」

「いいえ、そのような事実は一切、全く、これっぽっちもございませんわ」

「しかし――」

「私はそのようなことを一言も申しておりませんもの。記憶にございませんわ!」

「……それは妙だな。進級祝のダンスパーティにて、皆が見聞きしたと申しておるのだが?」

「ではその皆とやらをここにお連れなさい。きっと口を揃えてこう言うでしょう。勘違いだったと。オーホッホッホッ―――」


 微笑み交わす二人の間に火花が飛び散っていたのは、果たして気のせいだろうか?


「パイセン!」


 険悪な雰囲気に困惑する俺の元に、底抜けに明るい太陽のような声が降りそそぐ。


「おっと!?」

「もう体は平気なんです?」


 とうっ! と人懐っこく背に負ぶさる形で抱きついてくるのは愛弟子、ではなくて一学年下の後輩ティティス。


「また貴様かミニマリストッ! さっさと離れろっ!」

「誰が必要最低限のモノだけで暮らす人ですか! 使い方間違っているんですよ!」

「それは失礼した。貴様は必要最低限のモノさえなかったのだったな!」

「どこを見て言ってるですかッ!」


 顔を合わせれば睨み合う二人は犬猿の仲のようだ。


「ちょっとリオニス!」

「ん、どうかしたのか?」


 微笑みを浮かべる顔とは対照的に、アリシアの額には青筋がくっきり浮かび上がっていた。


「ここ数日でまた随分と女子生徒と親しくなったのですわね。それもっ! このような場でそのような破廉恥な行動を恥ずかしげもなくするほどまでに!」

「たしかに彼女の言動は礼儀に欠けたものだったかもしれないが、大目に見てやってくれ。彼女は平民出身なのだ」

「そういうことを言っているのではありませんわよ」

「ん、なにか言ったか?」

「いいえ、何もッ!」


 一向に食堂の中に入らずに扉の前で立ち話を繰り返すアリシアに、控えていた従者な彼女が席に着くように促した。アリシアは渋々席へと向かった。

 彼女に倣って俺たちも移動する。


「貴様は向こうだろ!」

「言われなくたって分かっているですよ」


 あっかんべぇーと舌を出すティティスを、床を踏みつけてあっちにいけと追い払うクレア。


「まったくもって無礼な一年だ。そう……思うだろ? リオニスも」


 そう言って席に着くクレアは、斜迎えの席に座るアリシアをじっと見据えていた。


「またお会いしましたわね、Ms.ラングリー」

「クレアで結構だ。アリシア殿下」

「ではクレア、朝から殿方と横並びで朝食を摂るというのは、アルカミアに通う淑女としてどうなのかしら?」

「横並び以外にどうやって食事しろというのだ?」


 クレアの疑問は至極真っ当だ。ここは寮の食堂なのだ。対面か横並び以外に選択肢はない。


「…………」


 にっこり微笑んだアリシアは、クレアからスッとこちらに視線をスライドさせる。


「女子生徒を伴い朝食ですか? いいご身分ですわね、リオニス」


 アリシアはひょっとしたら朝は低血圧で機嫌が悪いのかもしれない。

 怒らせないように小さく微笑み返すと、彼女は赤くなって下を向いた。


「隣、いいかい?」

「構わんが……?」


 声をかけてきた男子生徒に顔を向けて、俺は少し驚いた。


「その節は世話になった」


 ヘルメットヘアーが印象的なイザーク・クルッシュベルグが、俺の横に腰を下ろしたのだ。


「イザーク!」

「まだ礼を言えてなかったろ?」

「礼?」


 はて、俺はこいつに何か感謝されるようなことをしただろうか?


「あの時、リオニス……きみが僕を止めてくれなければ、僕は退学処分になっていたことだろう。その節は本当に助かった。ありがとう!」

「……いや、よしてくれ。俺は当然のことをしたまでだ。感謝されるようなことではない」


 普段人から感謝などされることがなかったため、どう反応していいのかわからなかった。


「さすがはグラップラー公爵家の三男! なんという高潔な態度! 噂ほど当てにならないものはないと改めて思い知らされるこの頃だ」

「え!?」


 突然イザークに手を握られた。


「僕は君のような気高き人と友誼を結びたい! 是非とも僕の友になってはくれないだろうか!」

「あっ、えーと、俺で良ければ……その、よろしく。イザーク」

「おおっ! なにか困ったことがあったらいつでも親友の僕に頼ってくれたまえ!」


 親友!?

 いくら何でも展開が早すぎやしないか? などと思ったりしたのだが、親友と言われて悪い気はしなかった。むしろ、なぜか少しだけ嬉しかったりする。


「その友誼、あたしも参加するわ」

「は?」


 今度は一体誰だよと声の主に振り返れば、白いカチューシャがよくお似合いなゆるふわパーマのお嬢様が偉そうに腕組みして立っている。側には見覚えのある三人組が控えていた。


「マーベラス侯爵令嬢!? 君はリオニスと揉めていたはずじゃ?」

「クルッシュベルグ、あんたいつまでそんな遠い過去のことを引きずっているのよ」

「昨日だよ!」

「昨日も十年前も過ぎた過去。それよりもあたし聞いたのよ、リオニス様が石になったあたしを助けるためにバジリスクと戦ったって!」


 リオニス様!? 様ってなんだよ!?

 目が点とはこのことだ。

 というかマーベラス侯爵令嬢も石になっていたのか! 知らなかった。


 呆然と睫毛を鳴らす俺に、


「お嬢をよろしく頼む」

「任せたぜっと」


 取り巻きのセドリックとニケが親指を突き立ててくる。昨日とは偉い違いだ。


「皆さん噂してますよ」

「噂?」

「リオニス様がみんなのために危険を顧みず戦ったと」


 取り巻きのテイラーに言われ、俺はようやくこの視線の意味を理解した。


「…………」


 ザッと食堂を見渡せば、全校生徒から教員たちまでもが全員俺を見ていた。


「やっぱり本当なのかな? ゾッ……グラップラー公爵がみんなを守って戦ったって」

「噂ではヴィストラールが信頼を寄せている彼に、直々にバジリスク退治を依頼したとか」

「それを一切鼻にかけず、何事もなかったように振る舞うなんて、彼って意外と素敵かも」

「でもあの顔よ?」

「なんだか以前より酷くなってない? 気のせいかしら?」

「昨日は絶世の美少年だったのに、何で戻っているのかな?」


 騒々しい食堂であったが、「静粛に!」ヴィストラールの一言で緊張感が漂う。


「皆ももう知っているとは思うが、昨日多くの生徒がバジリスクによって石に変えられてしまった。彼らの石化を解除する魔法薬を調合してくれたのは、ここに居るパセリ先生じゃ」


 皆がドラッグクイーン然としたパセリ先生に称賛の拍手を送ると、「ヴァターシにお任せあれ!」彼は誇らしそうに立ち上がり、掲げたフラスコの中身を飲み干した。


「ゲップゥ!!!」


 凄まじいゲップとともに、パセリ先生の口から大量の桜の花びらが食堂に放たれる。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 吹き荒れる桜吹雪に、食堂は一気に大歓声に包まれた。


「祝い事に桜はかかせないでしょ!」


 微笑むヴィストラールが片手を挙げて場を収めると、頃合いを見て話を続ける。


「そして元凶となったバジリスクを見つけ出し、見事退治した生徒がいる」


 そこで一旦言葉を止めたヴィストラールは、食堂内を見渡してこちらに目を向ける。彼の目線を追ったすべての者たちの視線が、一斉に俺へと向けられる。

 生きた心地がしないとはこのことだ。


「リオニス・グラップラーに拍手じゃ!」


 ヴィストラールの声が高らかに響き渡り、反響しては幾重にも重なり返ってくる。

 が、パセリ先生の時とは打って変わって、拍手の音は何処からも聞こえてこなかった。


 静寂が胸に痛い。


 少しいいことをしたからと言って、これまでの俺の行いすべてが水に流されるわけではない。


「えっ!?」


 甘んじて受け入れようとしたその時、俺の耳に心地よくも力強い拍手の音が届く。


「クレア……アリシア?」


 立ち上がった二人が誇らしそうに、何度もその場で力強く手を叩く。

 それは一年生のテーブルからも響いてきた。ティティスである。

 彼女たちは食堂中に響き渡れと何度も、何度も拍手を繰り返す。


 そしてそれに続けとイザークにマーベラス、彼女の取り巻きたちも立ち上がっては俺に拍手をくれる。


「みんな……」


 困惑する食堂で俺に賛辞を送ってくれたのは彼らだけだったけど、独りぼっちだった数日前に比べたら驚くべき変化だと思う。

 なにより、胸の内側からグワァーって感情が波のように押し寄せてくる。

 俺は今にも爆発してしまいそうな感情を、幸せをぎゅっと噛みしめた。


 そして改めて思う、ここからやり直そうと。


 しかし、一つだけ気になっていたことがあった。

 アレス・ソルジャーの姿が何処にも見当たらなかったのだ。

 それに五年生の席を確認したけれど、モルガンの姿もなかった。




 ◆◆◆




「モルガン・ル・フェ、その生徒はたしかにそう名乗ったのじゃな?」


 朝食を終えた俺は真犯人の存在をヴィストラールに伝えるため、一人校長室にやって来ていた。


 例のヤドカリ喫茶店でミックスジュースを飲みながら、俺は事件の詳細を報告していく。

 少しでもサシャール先生の処分が軽くなればいいと思ってのことだ。


 危険モンスターを隠れて飼っていたことは決して許されることではないけれど、モルガンがサシャール先生のバジリスクを逃さなかったらこんな大事には至らなかった。

 少しくらいは同情の余地があると思う。


 それよりも気になるのはモルガン・ル・フェの存在だ。

 ここへ来る前に師範ガーブルに彼女のことを聞いたのだが、彼はそんな生徒は知らないと言った。


「ヴィストラールは知っているのか?」


 モルガン・ル・フェの名を聞いたヴィストラールは、しばし眉間にしわを寄せては考え込む素振りを見せた。


「ヴィストラール?」

「おお、すまんすまん」

「で、その態度を見るからに知っているんだよな?」


 最高の魔法使いは肯定だとうなずいた。


「しかし、まだ確証が持てん」

「というと?」


 ヴィストラールはふわふわの髭を一撫でし、やがて重たいくちびるを動かした。


「モルガン・ル・フェとは、かつて存在した魔法使いの名であると同時に、昨夜話したアヴァロンの姫君――その長女の名じゃよ」

「!?」


 それって……九姉妹の魔女ではないか!


「単なる同姓同名かもしれんし、そう構えることもないじゃろう」


 果たしてそうだろうか。


「今は考えたところで答えが出るわけでもなかろう。それよりも今回の報酬の件じゃが、何か望むものはあるかの?」

「望むものか……」


 そう言われると困るな。

 ならばこの呪いを解いてくれ――言いたいところだが、それはいくらヴィストラールでも無茶だと知っている。


「今はまだ何もなければ、何れ出来たときでも構わんよ」


 報酬の件は一先ず保留とし、俺は校長室を後にした。


「終わったか?」

「待っていてくれたのか?」


 校長室を出ると、壁にもたれ掛かるクレアと目が合った。


「近くを通りかかっただけだ」

「近くを……?」


 ここはアルカミア魔法学校の最上階。

 そこには校長室以外、何も存在しない。


「そっか! クレアは次の授業は何を?」

「飛行魔法について学ぼうと思っている。やはり魔法使いといえば箒だからな!」

「俺は絨毯の方が好きだな。でもやっぱり、便利なのは羽根付き帽子だと思うぞ!」

「ではリオニスも一緒にどうだ?」

「そうだなぁ……気分転換にはいいかもな!」

「よし、ならば決まりだ!」


 俺たちは出会った頃と同じように手を取り、ともに飛行魔法が行われる校庭へと向かう。


「良かったら虹色マカロンこれ食べるか?」

「虹色マカロンか! では一つ!」


 勢いよく口に放り込んで飲み込んだ瞬間、ボンッ! 体が風船のように膨らみ宙に浮いた。


「おお! そういう感じの悪戯だったか!」

「俺で試すなバカものッ!」


 愉快そうに肩を揺らしたクレアの隣で、俺はプカプカと浮いた。


「どうするのだ、これ!?」

「焦らずとも5分ほどで元に戻る」

「本当だろうな!」


 クレアは目尻に涙を浮かべるくらい笑っていた。



 この先どんな困難が俺に待ち受けているのかは分からないけど、今はこのなんでもない幸せを精一杯噛みしめて生きていこうと思う。

 いつかこの呪いが俺を灰にするまで……。






――――

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