第22話 紅茶で知った彼女の偉大さ
「しっかりするんだMr.グラップラー!」
愕然と膝をつく俺を見た師範ガーブルは、目前の石像を一瞥してから君の友人かねと言った。
俺はとても大切な友人だと頷き応える。
「大丈夫ですよ。Ms.ラングリーも、他の石に変えられてしまったみんなさんも、今パセリ先生が石化解除の魔法薬を調合してくれていますから」
俺たちのやり取りを聞いていたサシャール先生が教えてくれる。
その言葉を聞き、分厚い雲に覆われた心にも、少しだけ希望の光が差した。
「しかし、これは意外と早く犯人にたどり着けるかもしれんぞ」
「どういうことでしょう?」
浴室を見渡した師範ガーブルは小さく微笑み、その場でサシャール先生たちに身振り手振りを交えながら口上と自身の考えを力説。
「御覧の通り、
「なるほど! 女湯から出てきた人物を調べれば犯人にたどり着くということですね!」
「御名答。それこそ先程の生徒たちが目撃している可能性は大いに考えられる」
「―――残念ながら目撃者はいませんよ」
得意気に語る師範ガーブルだったが、即座に別の教員から否定の言葉が飛んでくる。
「それはどういうことかな?」
横槍を入れられて不機嫌な面構えの師範ガーブルが、声の主に顔を向ける。
浴室の出入口には、先程女子生徒たちをどこかへと連れて行った教師が佇んでいた。
「彼女たちに掛けられていた
「誰も見ていないだと!?」
疑問符を浮かべる師範ガーブルに、遅れて来た教師が言った。
「彼女たちはそちらの生徒と一緒に、入浴しに来たんだそうです」
そう言って教師は浴室の入口付近で石化した女子生徒に視線を流した。
「彼女と一緒に?」
「どういうことですか?」
理解が追いつかず考え込む師範ガーブルに代わり、サシャール先生が素直に尋ねる。
「彼女は他の子たちよりも制服を脱ぐのが早かったらしく、先に浴室に入ったらしいのです。そして遅れて彼女たちが浴室の扉を開けると、御覧の光景が広がっていたというわけです」
「その間に浴室を出入りした者はいなかった、と?」
サシャール先生の問に、教師は肯定だとうなずいた。
「そんなバカなッ!? では犯人は密室で、それも極短時間の間に犯行を行い、湯けむりの如く姿を消したと言うのか!?」
「そのようです」
そんなことは不可能だと言い張る師範ガーブルだが、目撃者がそう証言しているのだからそうなのだろう。
「わかったぞ! 犯人は目撃者の彼女たちがお喋りに夢中になっている間にこっそり脱衣場から廊下に出たのだ!」
「それはいくら何でも無理がありませんか?」
師範ガーブルにあきれるサシャール先生が苦笑いを浮かべる。
「石に変えられた彼女が浴室に入り、目撃者である生徒たちがその後浴室に入るまでの時間は、せいぜい5秒程だったそうです」
「では、やはりお喋りに夢中になっている間に、というのは無理ですね」
尽く推理を否定された師範ガーブルは、トウガラシを食べたサルのような顔で教師を睨んだ。完全な八つ当たりである。
俺は先に浴室に入り、奇しくも石に変えられてしまった彼女に着目した。
彼女の表情は何かに驚いたように見える。
けれど奇妙なことに、彼女の視線の先には同じように石に変えられた女子生徒の姿はなかった。
彼女は何もない場所を見て驚いているのだ。
「(やはり妙だ)」
もしも俺が石に変えられた彼女だったなら、浴室に入った時点で石に変えられたクレアたちを見て驚くだろう。
その場合、彼女は石化した女子生徒の誰かに目線が定まっていなければおかしい。
ところが、彼女は石に変えられた時点では他の生徒を見ていなかった。
「(なぜだ?)」
考えられることは一つ、彼女の視線の先には彼女たちを石に変えた何者かが居たということ。
そして、その何者かを見た彼女は驚いた。
そこを石にされたと考えるのが妥当だろう。
「(ん、待てよ。これはどういうことだ?)」
俺はもう一度石になってしまったクレアを見て、違和感に気がついた。
「(なぜクレアは床を見ているのだろう?)」
そこで石になった生徒たちの目線がどこを向いているのかを確認すると、奇妙なことに全員下を向いていたのだ。
「(床に何かがいた?)」
改めてドア付近の驚く石像に顔を向け、俺は彼女の目線を目で追った。
彼女の視線の先には――
「(排水溝?)」
なぜ彼女は排水溝を見て驚いたのだろう。
「(!?)」
俺は無意識のうちに禁書庫での出来事を思い出していた。
漆黒の蛇と化した彼女がダクト管に消えていったあの瞬間を。
結局先生たちの話し合いは平行線のまま終わった。
石像と化したクレアがちゃんと医務室に運ばれたことを確認した俺は、ひとまず部屋に戻ることにした。
八階の廊下を真っ直ぐ進んでいると、ふと窓の外にとある人物を発見する。
肩口で切りそろえられた黒髪がよく似合う、サシャール先生だ。
先生は少し慌てた様子で、湖の方に小走りで駆けていく。
「(あんなに慌ててどうしたんだろう?)」
「リオニス!」
サシャール先生の姿を目で追っていると、突然笛のように綺麗に澄んだ声が前方から響いてきた。
部屋の前に顔を向けると、そこにはお姫様然とした縦ロールがお似合いな彼女の姿があった。
アメント国第三王女にして、俺の婚約者アリシア・アーメントである。
「…………」
しかし困った。
名前を呼ばれても返事ができない。仕方なく柔和な微笑みで応えてみる。
すると、見る見る顔を赤く染めるアリシア。
返事をしない不敬な婚約者に怒ってしまったのだろうか?
「少し、お時間よろしいかしら?」
「………」
構わないよと鷹揚にうなずき微笑んだ俺は、紳士然とした態度で部屋の扉を開ける。彼女をエスコートするように手のひらを上に向け、部屋のなかに入るよう促した。
彼女にはソファに座って待つようジェスチャーで伝え、俺は棚を漁る。
「(茶葉くらいどっかにあるだろ? あった!)」
「私も手伝った方がよろしいのでは?」
ブルブルブルと濡れそぼる犬のように首を横に振り、俺はアリシアに座っていてくれと身振り手振りで伝える。
彼女は怪訝に眉根を寄せた。
「どうして口でいいませんの?」
「…………」
言いたくても言えないのである。
きっと今口を開けば、一国の姫君にとんでもない暴言を吐いてしまうだろう。
それこそ不敬罪で国外追放もあり得るほどの罵詈雑言の数々を。
考えただけで恐ろしい。
よって微笑みで誤魔化し、俺は慣れない手つきで紅茶を淹れる。棚にあった高価そうなクッキーと一緒にアリシアに出した。
「と、とても美味しいですわ」
「………」
きっと彼女は嘘をついている。
なぜなら一瞬顔が引きつっていた。
「(どれどれ)」
彼女の対面に腰を下ろし、俺もはじめて自分で淹れた紅茶を一口飲んでみる。
「(―――苦っ!? なんだこれ!? 紅茶ってこんなに渋くなるものなのか!)」
ひょっとしてユニは紅茶を淹れる天才だったのではないだろうか。
俺は心のなかでいつも美味しい紅茶を淹れてくれるユニに感謝をしながら、こんなクソ不味い紅茶を出してしまったことを謝罪した。
「あのリオニスが私のために紅茶を淹れてくれた。それだけで私はとても嬉しいですわ。ですから殿方が、公爵家の人間がそのように簡単にヘリ下ってはいけませんわ」
「………」
まったく以てその通りだと思った俺は、すぐに顔を上げた。
「それより、どうして先程から一言も喋らないんですの? ひょっとして……やはりあのことを怒ってますの? その、パーティでの一件を」
気まずそうに肩を落とすアリシアは、まるで萎れた花のようだった。
「私、アレスが側にいると、まるで自分が自分じゃなくなってしまったみたいになってしまいますの。それに……ずっと気になっていたんですのよ、その顔のことも」
説明してくれるんだろうなと目で訴えかけてくる彼女に、俺は負けたと項垂れる。
俺はテーブルに置いてあったメモとペンを取り、こうなった経緯を書き記した。
「では、顔の呪いが口に移動してしまったと?」
メモに目を通した彼女はにわかには信じられないと言いたげな表情だったが、ホトホト困り果てたという俺の顔を見て、考えを改め直してくれた。
「では、私もクレア・ラングリーさんに協力して魔法薬を一緒に調合致しますわ! 彼女は今どちらに?」
俺は再びペンを走らせた。
ヴィストラールからはくれぐれも事件のことは口外しないようにと念を押されていたのだけれど、この国の王女であるアリシアにならば問題ないだろうと俺は判断する。
俺は現在アルカミア魔法学校で起きている石化事件を彼女に伝えることにした。
彼女には巻き込まれないように自室で大人しくしておいてもらいたかったのだが。俺は幼少期、彼女が手がつけられないほどのお転婆娘だったことを忘れていた。
「久しぶりに腕がなりますわね、リオニス!」
「(マジか……)」
アリシアはやる気満々だった。
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