第17話 緊急事態!

 結論から言おう。

 眉目秀麗となった俺の顔は現在、倍ほどに膨れ上がっている。

 ビッチ呼ばわりしたことでクレアに引っ叩かれたのかって? 違う違う。彼女はそのようなことはしないだろう。


 俺は醜くなってしまったこの口を黙らせるため、自分で自分に制裁を加えた。

 異変に気が付いたクレアが闇魔法影縛りストップ・ザ・シャドーで俺の動きを封じ込めてくれたおかげで、今はこの通り地面に磔られている。


「リオニスにはいくつか聞きたいことがある。すまないがそのままの体勢で聞いてくれ」


 クレアはイエスなら縦に、ノーなら首を横に振るよう言い。いくつかの質問を投げ掛けてきた。


「体は自分の意思で動くのだな。しかし、口だけがリオニスの意思に反して勝手に動く、そういうことなのだな?」


 すべての質問を終えたクレアはそういうことかと納得していたが、その表情はひどく深刻そうだった。


「リオニス、お前に掛けられた呪いはおそらく醜くなる呪だ! だが、私の特製ドリンクを飲んだことにより、呪いは顔から口に――言葉に移動してしまったものだと考えられる」

「!?」


 醜くなる呪が顔から口に移動したことにより、その醜さは口――つまり言葉に表れてしまうようになったのだとクレアは推測する。そのため俺の口は俺の意思に関係なく、醜い言葉を吐き捨てるのだと。


「(冗談ではない!)」


 誰かを傷つけてしまうほど醜い言葉を吐き出す口ならば、まだ自分が醜いと揶揄される顔面の方がはるかにマシだ。

 第一この口では今以上に皆から嫌われ、無意味に敵を作り兼ねない。


 それでは本当のラスボスになってしまう!


「こうなってしまったのはすべて私の責任だ。すまないが元に戻す魔法薬が完成するまでの間、リオニスには自宅で待機しておいてもらいたい。しばらく学校を休むことになるかもしれないが、許してくれ」


 俺は頭を上げてくれと顔を振った。

 すべては俺のことを思ってのこと、彼女を責める気などサラサラないのだから。




 ◆◆◆




「居たか?」

「こっちはダメだ」

「こちらも残念ながら」


 そろそろ昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴り響こうとするなか、アルカミア魔法学校の教員たちは次の講義の準備もそっちのけに、何やら慌ただしく校内を駆けずり回っていた。


「三階の男子トイレで三名の被害だ!」

「今度は三階だと!?」


 近くを通りかかった教師の一言で、その場に居合わせた教員一同揃って三階の男子トイレへと走り出す。


「すでに生徒たちがこんなにも!?」

「すぐに生徒たちを払いましょう」


 教師たちが駆けつけた時には、すでに三階の男子トイレ前には人集りができていた。


「何かあったんですか、先生?」


 生徒たちに揉みくちゃにされながらもサシャールは一人、生徒たちが男子トイレに入らないように押さえ込んでいる。

 そこに応援の教員たちが駆けつけた。


「すぐにここから立ち去りなさい!」

「師範ガーブル、一体何があったんですか?」

「何でもない。ただ吐き気を催した生徒がトイレで盛大にミートスパゲティをぶち撒けただけだ。もらいゲロする前に君たちはここから離れなさい!」


 若い学年の生徒たちは「うわぁ、気持ち悪りぃ」とその場をあとにするが、上級生たちは訝しむように教員たちを見ていた。長年アルカミア魔法学校に通っているが、生徒がトイレで戻したくらいで、教師たちが次々と集まるこの状況に違和感を覚えていたのだ。


 なにより、男子トイレで吐いた生徒を見つけたという第一発見者の生徒が、蒼白い顔でガタガタと震えていることに、彼らは底知れぬ不安を感じていた。


「――――ッ」

「やばっ!? 行こうぜ」


 一向にこの場から離れようとしない上級生たちに、ガーブル・ブルックリンの鷹のような鋭い眼光が突き刺さる。これにはさすがの上級生たちもまずいと踵を返した。


「こちらの生徒は私が医務室に連れて行きましょう」

「お願いします」


 小太りの女性教師が第一発見者の生徒を連れてその場をあとにする。

 ガーブルはすかさずサシャールに状況を確認していた。


「奥で三名の生徒が被害に」


 サシャールの案内で男子トイレ内に足を踏み入れたガーブルは、そこで三体の石像を目にする。


「……っ!? これはひどい」


 一体は小便器で用を足している間の抜けた石像。もう一体は何かに気がづいてこの場から逃げ出そうと走り出す石像。さらにもう一体は勇敢にも杖剣を抜刀し、何者かに刃先を突きつけようとする石像だった。

 彼らは何れもアルカミア魔法学校の制服を着用していた。


「石化魔法は禁忌に指定されているはずだ!」

「悪戯で生徒が行える度をはるかに超えています」

「となると――」


 ガーブルは外部の者による犯行かと思考を巡らせる。

 そこに、一度も剃ったことがないのではないかと思われるほど、長く伸びた白髭を蓄えた好々爺がやって来る。


「成敗は決断にありと云うが、早すぎる決断は真実を見落としかねん。そうは思わんかね、ガーブル・ブルックリン先生」

「ヴィストラール!?」


 大きな鷲鼻に鼻眼鏡をちょこんと乗せた老人は、その優しそうな表情からは想像がつかないほどの力強い眼差しをガーブルに向ける。まるで自分の思考を読んだかのような老人の物言いに、魔法剣の教師は驚きを隠せない。


「とにかく今は石になった生徒たちの安全が最優先じゃ。パセリ先生、石化解除の魔法薬をお願いしたい」

「ヴァターシにお任せお!」


 アルカミア魔法学校の校長は魔法薬の教師に素早く指示を出し、「敵は外から入ってきたとは限らん」信頼をおくガーブルにだけ聞こえるように口にした。


 ――まさか、すでに学園内部に!?

 思案するガーブルにヴィストラールは鷹揚とうなずいた。


「午後の授業は中止とする。アルカミアにいるものは一人として敷地内から出ることは許さん。生徒たちは皆それぞれの寮に集めるのじゃ」

「お言葉ですがヴィストラール! 寮生でない生徒もわずかですが学園には居ます、そちらは?」

「このような緊急事態じゃ。今は例外も特別も認めん」


 学園内に潜む何者かを捕えるため、ヴィストラールはアルカミアを封鎖するという強行手段に打って出た。


 リオニス・グラップラーの預かり知らぬところで、アルカミア魔法学校は異例の事態に包まれていた。

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