第6話 ホの字なんですか?

「どこ行くんです? あっ、まさかとは思いますが、パイセンはティティスにえっ、えっちな悪戯しよと思っていませんかッ!」

「するかボケェ!」


 主人公アレスと真逆設定のリオニス・グラップラーは、自分でもびっくりするほど性欲がない。まだ16歳だというのに朝立すらしたことがない。ひょっとして自分は勃起不全なのではないかと疑心暗鬼に陥るほどだ。


「では、あからさまにがっかりしないでもらいたいです? 言い当てられてがっくりしたのかと勘ぐってしまうじゃないですか」

「アホかッ! 俺を先程のような下劣な連中と一緒にしてくれるな!」


 男なのにまったくこれっぽっちもスケベなことに興味を持てない自分が恐ろしくて、少し落ちていただけなんて言えるわけもない。


「この辺りでいいか」


 アルカミア魔法学校の敷地内は広く、山はもちろん美しい湖もある。週末になればボートに乗った恋人であふれ返ることも珍しくない。


「こんな茂みのなかで何をしようというのです? パイセンはやっぱり!?」

「しつこい! 怒るぞ!」

「……」


 ティティスってそんなに魅力ないんですかね? 落ち込んだティティスが平らな胸をペタペタ叩く。

 無いものがさらに潰れて無くなるぞと思ったが、紳士な俺は言わないでおく。


「水式による魔力円環は初心者には少し難しいんだよ。だから、はじめは感覚を掴むために落ち葉集めがおすすめだ」

「落ち葉集め、ですか?」

「この辺りに散らばった落ち葉を魔力だけで集めて円環。個体にならない分、力加減を間違えれば枯葉は少しずつ減っていく。水式と違って枯葉は一体ではないからな。よって魔力を込めすぎた箇所に集まった枯葉は耐えきれず粉砕。逆に弱ければ円環から弾かれて地面に落下する」


 水式による魔力円環を苦手とする者の多くは、力加減がわからないと答える者が多い。失敗すれば水浸しになるという強迫観念から力んだり、逆に力を弱めてしまう者が多いのだ。

 だからこそ、初心者は気軽にはじめられる落ち葉集めがベストってわけだ。


 これだとどの箇所に力が入り過ぎてるか、逆に魔力が足りないのかが一目瞭然となる。


「ますば手のひらを空にかざし、円を描くイメージで魔力を開放する」

「お手本を見せてくれるですか!」

「するとほら、こうやって魔力の磁場が発生するだろ。あとはこの円の中に風を捕まえるイメージでさらに魔力を込めていく、と」


 ほんの少し俺は魔力を練って風をイメージしたはずが、何故か光の輪が広がり風の妖精が集まってしまった。彼女たちは枯草色の髪を撫であげて悪戯な笑みを俺に向けた。


「げっ!?」

「ちょっ――グラップラーさんやり過ぎですよ!?」


 俺は軽く魔力円環の手解きをしてやる――つもりだったのだが……。


 悪戯な風の精霊たちによって巻き起こった巨大な竜巻は、辺り一帯を飲み込んでいく。

 光が収まると周囲の木々は根こそぎ葉をもがれ、気付けば辺りには見るも無惨な裸木が立ち並んでいた。


 さすが史上最強のラスボスというべきか。軽くやっただけでこの有様。

 というか、俺は何もしていない。

 風の精霊シルフィードたちが面白がって勝手にやってしまったのだ。


 さすが武闘派で名高いグラップラー家の血筋、というかラスボス。精霊に愛されたラスボスはわずかな魔力で恐ろしいほどの風を巻き起こしてしまう。

 しかも無詠唱。

 さらには見えるはずのない精霊が見えるという加護チート付き。


「ハゲ山になってしまったじゃないですか!」

「ティ、ティティスの練習用に集めてやったのだ!」

「絶対嘘ですッ! パイセンは先程『げっ』って言ってたじゃないですか! 力加減間違えたのバレバレですよ! というかなんなんですか、さっきのデタラメな強風は!」

「いや、あれはその、なんだ……」


 ああだこうだなんとか誤魔化しつつ、俺はティティスに練習するよう促した。


 はじめこそ苦戦していたティティスだったが、湖が黄昏色に染まる頃には、随分と上達していた。

 意外と飲み込みが早い。


「どうしてパイセンはここまでティティスに親切にしてくれるんです?」


 落ち葉を用いた魔力円環を行いながら、ティティスが背中越しに話しかけてきた。


「別に。ただ魔法に熱心な後輩に教示してるだけだ。特に理由はない」


 本来アレスが行うイベントを、先回りして俺がやってるだけ、なんてことは口が裂けても言えない。


「な、なんだよ?」

「それ本心です?」

「嘘をつく必要がどこにあるんだよ」


 とぼとぼと歩み寄ってきたティティスが、俺の顔をまじまじと見つめる。

 まさかとは思うが、何か気付かれたのか?


「ひとつお伺いしたいのですが、ひょっとしてパイセンはティティスにホの字だったりしませんか?」

「は? いや、全然しませんけど」

「嘘です!」

「嘘じゃねぇよ! なんで俺がティティスにホの字になるんだよ! そんな素振りこれっぽっちも見せてないだろ。そういうのを自意識過剰って言うんだよ!」

「田舎の両親が言っていました! 男性が女性に親切にする時にはえっち心があるか、その人にホの字の時だけだと! 何もしてこないパイセンにえっち心がないのは確認済みです。では、残る可能性はホの字だけじゃないですか! ―――痛ッ!?」


 くだらんこと言ってないで早く訓練を続けろと、俺はげんこつをお見舞いしてやった。

 しかし、その後もティティスはくどいくらいに、本当は自分のことが好きなのではないかと聞いてきたのだった。

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