鶴の恩カレー

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。


 ある年の冬、おじいさんは町に薪を売りにいった帰り道で鶴が罠にかかっているのを見つけました。


 おじいさんは鶴を不憫に思い罠をはずしてやりました。罠は近所の迷惑系YouTuberが仕掛けたものでした。


「早くお逃げ。この罠を仕掛けた者はきっと"鶴でバターチキンカレー作ってみた"みたいな動画を撮るに決まっておるよ」


 鶴は大慌てで山の方へ逃げて行きました。


 その日の夜は大雪でした。


 おじいさんがおばあさんに助けた鶴の話をしていると、戸を叩く音がしました。


「こんな大雪の夜に誰だろう」


 もしや迷惑系YouTuberの報復か?おじいさんは猟銃を片手に戸を開けました。


 そこには美しい娘が立っていました。


「この雪で立往生してしまいました。どうか一晩泊めていただけないでしょうか」

 

 おじいさんは秒でOKしました。


 おじいさんはこれまでの人生を犬畜生にすら優しくする博愛主義者として生きてきたので、人間を見捨てては自己同一性を保てなくなります。


 セルフイメージを何より大事にしているおじいさんなので、クソ寒い夜に訪ねてきた、この上なく怪しい女を家に上げることになんのためらいもありませんでした。


 おばあさんは普通に警戒しました。


 しかし次の日も、その次の日も大雪だったので、おばあさんも娘を追い出すわけにはいきませんでした。


 娘は、「泊めて頂いたお礼に」と言って炊事洗濯などおじいさんとおばあさんの身の回りの世話をしました。


 その手際がよかったので、次第におばあさんも娘に気を許すようになりました。


 結局、娘は春になるまでおじいさんたちと暮らしました。


 春になるとおじいさんは町に商いに出掛けるようになりました。


 娘はすっかり居着いていました。


 ある日、娘はおじいさんに、「カレーを作りたいので、台所を貸してください」と頼みました。


 さらに、「これから作るのは我が家に伝わる一子相伝のカレーです。決して一族以外の者にその作り方を知られてはいけないことになっています。ですから私がカレーを作っているときは絶対に台所に立ち入らないでください」といって娘は台所の入り口に幕を張ってしまいました。


 それから三日三晩、娘はカレーを作り続けました。


 そして台所から出てきた娘はおじいさんに鍋を差出し、

「このカレーを町で売ってきてください」

 といいました。


 おじいさんは言われたとおり町に行き、カレーを売りました。娘のカレーは飛ぶように売れました。


 おじいさんとおばあさんは大変喜び、娘にもっとカレーを作ってくれるよう頼みました。


 娘はやはり三日三晩かけてカレーを作り、おじいさんは町でカレーを売りました。すぐにカレーは売り切れました。


 娘のカレーは町で有名になり、おじいさんたちはかなり裕福になりました。


 娘は毎日カレーを作りました。


 しかし娘が一人で作れる量には限界がありました。


 おじいさんは裕福な暮らしを知ったことで欲深くなってしまいました。


 おじいさんはカレーを量産したいと思うようになり、娘が秘伝のカレーを作っているところを盗み見て作り方を知ろうとしました。


 おじいさんはこっそりと幕をめくり、台所を覗きました。


 中では娘がカレーを作っていましたが、しばらくすると火を止め、台所の裏口から外に出ていきました。


 おじいさんが不思議に思っていると、すぐに娘が戻ってきました。娘の手にはカゴいっぱいのきのこがありました。


 娘はカレーに入れるキノコを取りに行っていたのです。


 おじいさんはカレーに入れられる前のキノコを初めて見ました。キノコは禍々しい色をしていました。


 おじいさんは堪らず台所に入ってしまいました。


「その不気味なキノコはなんじゃ!!」


 おじいさんは娘に問い詰めました。娘はなにも喋りません。おじいさんは問いかけます。

 

「もしやそのキノコはアレなやつではないか?」


「……アレなやつです」


 娘は白状しました。


 なんと娘はカレーに依存性のあるキノコを入れていたのです。


 娘のカレーが売れるのは、このキノコの依存性のためでした。


「なぜそのようなことを……」


「おじいさん、実は私はあなたに助けていただいた鶴です」

 

 娘は語りました。

 

 おじいさんに助けてもらった恩を返すため、人間の姿で家にやってきたこと。


 おじいさんの身の回りの世話をしているうちに、おじいさんが貧しい生活をしているとわかり、裕福になってもらいたいと思い、カレーを作るようになったこと。


 カレーがたくさん売れるように、鶴の間では有名な依存性の高いキノコを使ったこと。


 そして最後に娘は言いました。


「しかし、正体がバレてしまった以上、もうここにいることはできません……」


「いや、お前が勝手に鶴だって名乗ったんじゃろ。わしはなぜそんなキノコをカレーにいれたのか聞いただけじゃ」


「あ」


 確かにおじいさんは娘がアレなカレーを作る現場を抑えただけで、娘が鶴であるという確証はなにも得ていませんでした。


「……とにかく、正体が知られた以上は私は帰らなければなりません」


「待て鶴よ!」


「いいえ、これは決まりごとなのです」


 娘の目には涙が光っていました。

 

 命を助けられた恩を返すためとはいえ、非人道的な方法をとったことに娘は罪悪感を覚えていたのです。鶴だけど。


「それでは、さようなら」


「待つんじゃ!」


 おじいさんは引き留めようとしますが、娘は鶴の姿になって飛びたとうとしました。


「最後にひとつ教えてくれ鶴よ」


 おじいさんは飛びたつ鶴に尋ねました。


「あのキノコはどこに生えておる?」


 その後、おじいさんはキノコカレーで大儲けしましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

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