第7話 おっぱい比べなら間違いなく圧勝なのに
嗚呼。
どうしてこんなことになってしまったのか。
人間万事塞翁が馬。ひょんなことから人生が大きく変わったという人はネットでもよく見かけるけれど。
少し前までニート予備軍だった俺が戦場に放り込まれ、今こうして化け物に狙われている。世界広しと言えど、ここまで波乱万丈な展開に巻き込まれたのは人類史上俺しか居まいて。
一体どこで選択肢を間違ったのだろうか。
自分で言うのも何だが俺は他人に迷惑をかけるようなタイプの人間じゃないし、どっちかというと事荒立てずを心情として生きている節さえある。
人畜無害とはまさに俺のこと。
だというのに、超人集団のリーダー……エイミーはさっきからえげつない殺気を容赦なく俺にぶつけてきている。
なんだこれ。新手のヤンデレか?
「最初っからアクセル全開でいくわよ!」
そしてエイミーが、跳んだ。
「ちょっ、フライング!フライング!」
まだ準備もしてない俺を目掛けて、遠慮も容赦も無く光の剣を振り下ろしてきやがった。
目前にまで迫る光の刃。次の瞬間には閃光が瞬き、強烈な衝撃が俺を襲う。
「不洞さん!」
「おっと、君達の相手は我輩だよ」
飛び出そうとしたシェリーたんの先を、コバヤシ達が阻む。これじゃ本当に加勢を期待できそうにない。
「ぐっ……!」
「へぇ、やるじゃない」
エイミーが感心したように呟く。
光の刃が直撃するかしないかの刹那、俺は瞬時にマサル・パンツァーを取り出して攻撃を防いでいた。
物体と非物体の間で火花が散る。
「ふざけ……んな!正々堂々とか言っときながらいきなり不意打ちかよ!」
痛ぇな、手が痺れた。
「反応できる攻撃は不意打ちなんて言わないのよ。あんたがモタモタしてただけ」
「だぁらっしゃい!」
気合い一発、俺はごり押しでエイミーを弾き飛ばす。
結構飛ばしたつもりだったがエイミーは軽々と着地し、すかさず地面を蹴って距離を詰めてきた。
めっさ早い。そして速い。昨日はシェリーたんやヨシツネと模擬戦をしたが、あの二人とは比べものにならない速度だ。
例えるなら原付バイクとレーシングカーのような差。
「スパイク・レイ!」
エイミーの叫び声に呼応して光剣が輝きを増した。
MPどんだけ使ってんだよ、と突っ込む間も無く、強化された光剣が横薙ぎに振り払われる。
当たったら痛いじゃ済まない。迫り来るエイミーに対して俺は後ろに跳び、バックステップでそれをやり過ごした。
だが前進するエイミーと後退する俺とでは、どう足掻いても俺の方が速さで劣ってしまう。
俺が足を着いたところで、更に追撃が繰り出される。
先の剣撃をなぞるような逆方向からの薙ぎ払い。だが今度は距離を詰められているため避けることが出来ない。
故に俺は刀を縦向きに構え、真正面から受け止める。
勢いに押され、靴底が地面に1メートル程の跡を残したところで漸く止まった。
「魔法使うとか反則だろこんにゃろう」
「魔法じゃなくて
んなこと言われても……使えないんだもん。MPゼロの自宅警備員ですから。
でも正直にバラすのも癪だな。
「付け上がるな小童。貴様なんぞ刀一本で充分ぞよ」
「……言ってくれるじゃない」
エイミーの額に青筋が浮かんだ。よし、怒ってる怒ってる。
挑発は成功。冷静さを奪えばきっと隙も生まれるだろう。
攻撃力が上がるがアホみたいに突撃しか出来なくなる。まぁこれは某ポケットなモンスターの中の話ですけどね。
どっかの大佐も“怒らせてこれを乱せ”とか言ってたくらいだし。
心理戦は常套手段だぜ。
「ウェーブ・スライス!」
と、そこでエイミーの光剣の色が僅かな澱みを見せた。
また新しい魔法か。いや確か心力とか言ってたけど、ぶっちゃけ違いが分からん。
「はぁッ!!」
上から下への振り下ろし。いわゆる“兜割り”の動作を見切った俺は、振り下ろされるよりも早く射程外へ下がる。
ん……?待て、何か変だ。明らかに届かない筈なのにエイミーが剣の速度を緩めない。
ほぼ直感で体を横に反らす。
するとその直後に俺のすぐ側を何かが通り過ぎ、長く細い剣跡を地面に穿った。
えげつねぇ技使いやがる。これまともに食らったら真っ二つになってたんじゃね?
いやはや……避けておいて正解だった。初見殺しを見事看破した俺の観察眼に乾杯。
「心力というエネルギーを剣に凝縮して撃ち出す技か。光剣の色が澱んだのはエネルギーが凝縮されて濃さが増したから、ってところかな」
「……たった一瞬でそこまで見抜くなんて、あんた本当にただ者じゃないわね。ムカつくけど」
うわぉ、まさかの大正解。テキトーに言っただけなのに。
まぁこういう系の技って色んな漫画で腐るほど出てきますから。たぶん俺じゃなくても普通に想像できると思うよ?
ただ何ていうか……うん、正直めっさ羨ましい。いくら知識があったところで俺じゃとても出来ない芸当だ。
「反応したのは褒めてあげる。でも私の力は充分理解できた筈よ。しかも今のは本気じゃなかったし。これでもまだ能力使わないなんて舐めたこと言えるの?」
依然として刀を構えるだけの俺に、エイミーはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべてきた。
だから使わないんじゃなくて使えないんだよ。
でもなんか悔しいんでますます秘密にしたくなるね。
「無論だ。そんなありきたりな技が相手じゃ始解すら勿体な……」
「ブリッツ・カノン!」
「ひでぶっ!?」
まだ喋っている最中だというのに、ヤツの剣から撃ち出されたハンドボールサイズの光球が俺のどてっ腹にぶち込まれた。
寸前で盾代わりに刀を割り込ませたから直撃はしなかったが、衝撃だけはダイレクトに伝わり、猛スピードで遠くへと吹っ飛ばされる。
すっごい脳が揺さ振られる感じだ。周りの風景が瞬く間に流れていき、後頭部に衝撃が走ったかと思えば、建物の壁に激突して盛大にぶち破っていた。
ガラガラと崩れゆく瓦礫。辺りを覆う砂塵。
「痛ッ……流石に今のはやりすぎだろ……」
壁を突き破った後も随分と飛ばされたらしく、不洞ボディで空けた大穴が遠くに見える。トラックか何かが突っ込んだ跡みたいな惨状だ。
にも関わらず、痛いという以外は目立った怪我も無い。
こういう時ばかりはこの体の頑丈さに感謝したくなる。
圧倒的……圧倒的強度……ッ!
「で、さっきシカイがどうとかって言ってたけど使わなくていいの?」
大穴をくぐってエイミーが近づいて来た。どや顔が実に眩しい。
俺は埃をはたき落としつつ立ち上がる。
「生憎と俺の斬魂刀は頑固者でね。認めた相手にしか始解もさせてくれんのさ」
「“俺”ねぇ……さっきは“私”だったのに。ひょっとして多重人格者?」
「あ、そういう子供が考えるような痛々しい設定とかは無いんで。はい。サーセン」
「いい加減その腹立つ性格は何とかなんないの!?」
性分ですから。フヒヒ。
「もー怒った!意地でもあんたに本気出させてやるんだから!!」
「最初から怒ってたじゃん」
「うっさい黙れ!」
「――ッ!」
怒号と共に繰り出された一撃を受け止めると、鍔ぜり合いの状態になった。
足で踏ん張りながら上体で体重を掛けてくるエイミー。顔と顔の距離が自然と近くなってくる。
「ぐっ……このぉ!」
「おいエイミー……力み過ぎて鼻の穴が異様にデカくなってるぞ」
「嘘ついてんじゃないわよ!!」
とか言いつつ自分の鼻に目をやるエイミーさんワロス。
俺はその隙を突いて光剣を押し返すべく力を込めるが、数センチ押したところで踏ん張り返された。
このチートボディに腕力で拮抗するとはなんて恐ろしい奴だ。速さも力もチョココロネのそれを大きく凌いでいやがる。
さすが化物集団のリーダーをやってるだけあるな。
「ぐぬぬ……わ、私と張り合うなんて生意気なのよ!」
「フヒヒ……さ、サーセン」
刀と光剣の交差点が熱く火花を散らす。
「腕力は互角……体格もほぼ同じ……面白くなってきたじゃない」
「だがおっぱいは俺の方が残酷なまでに圧勝している」
「うるっさいわねこの野郎!!」
まぁ別に勝ったところで嬉しくも何ともないんだが、こいつの心にダメージを与えられたので良しとしよう。
言い合いはともかくとして、このままじゃ埒が明かない。それに拮抗しているとはいえ、エイミーがまた心力とやらを使ってきたら俺が不利だ。
その時、どうするべきか悩んでいる俺の耳に、ガラスが割れる大きな音が聞こえてきた。
「「――――ッ!?」」
二人して音の方に目を向ける。
建物の天井近くに並んだガラスが飴細工のように砕かれ、光る玉が俺たちに向かってきているのが見えた。
ここで不洞アイを発動。飛んできたものの正体は、奇妙な札を核にして構成された球状のエネルギー体だ。
おそらくは流れ弾だろう。クラスの皆の方も、今頃壮絶な戦いを繰り広げているとみた。
ご都合主義もびっくりなジャスト軌道で光の玉は俺達の刀と光剣に直撃。
僅かに伝わってくる振動を合図に、俺達は互いの武器を弾き合った。
「ウェーブ・スライス!」
少し距離が離れた瞬間、エイミーが飛ぶ斬撃を放ってくる。
だが無駄だ。一撃目でその性質は既に見切っている。
ウェーブ何とやらの概要は、おそらく単純な射程の延長。つまり光剣の軌道さえ読み取れば、その延長上にある空間から身を躱せばいい。
ふむ……エイミーの腕は左上から斜め下へ斬り下ろすように線を描き始めている。
「ふんっ!」
俺はその軌道を避けるように、脚を曲げて地面に方膝をついた。
と同時に、軸足である右脚にバネの力を蓄えておく。
「こいつ……もうそこまで見抜いて……!?」
半透明な斬撃が頭の上を通り過ぎる。
驚いている暇はないぞ、エイミー。
「不洞式クラウチングスタァアアアアアアアアアット!!」
溜めていた力を一気に地面へとぶつける。
ガゴン!と足元の部分が砕け、前へと進むエネルギーが俺を銃弾のように押し出した。
風に靡くポニーテールに我ながら萌え。
「確かお前は言ったな。本気を出させてやると」
「ぐっ……!」
ウェーブ(略)を放った技後硬直もあってか、今のエイミーには隙がある。チャンスだ。
「お望みに応えて少しだけ見せてやろう……JKの本気を!」
ちなみにこの場合のJKとは、女子高生と自宅警備員を掛けた的確な言葉を差している。
俺ってば粋。
さて、この隙に何を仕掛けるべきか。
俺の頭の中に一つの必殺技が思い浮かんだ。
それは放てば必ず命中し、かの騎士王でさえ追い詰められた反則級の技。
用いる武器は日本刀。
そしてこの超人の身体能力があれば、もしかしたら再現できるかもしれん。
テンションゲージがマックスになった今の俺に不可能は無い。
「見切った……為て遣ったり!」
「……上等ッ!」
一歩を踏み込み、そのままエイミー目掛けて真っ直ぐな斬撃を繰り出す。
「舐めんじゃないわよ!こんなもんで――」
あぁ、こんなもんじゃ終わらんさ。
一撃目を躱したエイミーに、別方向から弧を描くような軌道で二撃目の斬撃を放つ。
「――ッ!?」
驚いてるな。だが……まだだ。
続いて三撃目。先の二発とは更に別方向から神速の斬り払いを掛ける。
「こ、こいつ……!」
一ノ太刀の斬撃を躱す相手に対し、その躱した先に放たれる二ノ太刀。軌道の問題から生まれる到達までの誤差を補う為に繰り出すトドメの三ノ太刀。
目にも留まらぬ計三発の多角攻撃。これこそ、日本における伝説の侍が編み出した必殺の剣。
その名も――、
「秘剣・燕返し!!」
刀を握る両手に、命中を知らせる確かな手応えが伝わってくる。
決まった。清々しい程に決まった。
ちなみに本家はこの三撃を“連続”ではなく“同時”に放つというのだから恐ろしい。
刀が一本しかない以上、同時に三撃も放つなんて物理的に不可能だ。その不可能を“次元を屈折させる”ことによって可能たらしめるらしいが、詳しい原理はよく知らん。
そんなの出来るか、馬鹿野郎。
それはさておき、命中した以上ダメージはきっかり入っている筈だ。
俺が狙ったのはエイミー自身ではなく、光剣の出所たる奇妙な短剣。あれさえ壊してしまえば俺の勝ちは決まったも同然だろう。
そう考えていたのだが、現実はそれほど甘くはなかった。
「……それがあんたの必殺技ね。まさかこの私が防御に手こずるなんて」
「なん……だと……!?」
刀の切っ先、本当なら武器を砕いている筈の場所は、しかし光剣によって受け止められていた。
馬鹿な……狙いがズレた!?いや、俺の照準に狂いは無かった。それは間違いない。
技の再現度も、次元云々の話を除けば完璧そのもの。昔アニメやゲームで見た燕返しを自室で真似た俺の努力は伊達じゃない。それに超人の力があるから、威力だって原作に劣らないと思う。
だとすると考えられる原因は、エイミー自身のスペック。それが燕返しを上回ったという訳か。
「惜しかったわね。あとちょっとリーチがあったら危なかったけど、まぁ私にかかりゃこんなもんよ」
「……あ」
しまった、一番大切なことを失念していた。
原作で燕返しに用いられた日本刀は“物干し竿”と呼ばれており、その名の通り長さが五尺もあったという。これは現代の単位に直すと150センチ以上もの馬鹿げた長さだ。
対してマサル・パンツァーの刀身の長さは1メートル弱。日本刀にしては少し長いが、それでも物干し竿に比べたら全然短い。
やっぱりイチモツの長さって大切なんですね。痛感しました。
しかし困った。劣化版とはいえ燕返しが通用しないとなると、エイミーの実力は想像以上に高いようだ。
これは勝てる気がしない。
「いつまで呆けてんの?」
ガキン!と刀が弾かれる。
俺はその反動に逆らわず体を捻り、敢えて勢いに乗ることで体勢を崩すような事態は免れた。
「随分と手慣れた動きじゃない」
「イメトレは基本ですから」
オタクが普段からどれだけ頭の中で厨二な戦闘を繰り広げてると思ってんだ。授業中も休み時間も妄想の嵐だぞ。
そして今の俺にはその妄想を現実で振るえるだけの力がある。
たとえ勝てずとも、易々と負けてたまるか。
「面白くなってきたわね。それでこそぶっ飛ばし甲斐があるってもんよ!」
「宜しい、ならば戦争だ」
負けフラグビンビンだけど。
こうなったらやれるところまでやってやんよ。
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