第2部 20

 翌日、タクヤは日勤だったが、交番にいくのが遅くなった。

 市警察署に出勤した際、上司に呼び出された。ネットに上がっている動画について説明しろ、ということ。

 特に、タクヤが誰かを追いかけそれを背後から撮影していた映像について。

 本来ならマンションに向かうはずであるのに、なぜ誰かを追いかけていたのか、しかもそれが撮影されているのか。

「タイミングがよすぎる」

 自作自演じゃないのか。そんな疑いがかけられていた。

「確かに給料に不満はありますが、こんなマズイ仕方で副業なんかするわけがない。視聴者数だってたかだか数百ですし、リスクだけです、自分の立場が悪くなるだけです」


「逃げられてる、これじゃ単なる笑いものです。自作自演するなら、捕まえますよ、もっとかっこよく」


「要するに、メリットがありません。なんならこれを録ったヤツを捕まえてやりたい!」


「もし、こいつが警察官を貶めるような映像を撮影アップすることでなにかしら収入を得ているとするなら、それこそわたしにリターンがあっていいはずだ、公務員という立場を危うくするのだから」


「そうです、この映像で収入があるなら肖像権を主張してもいいはず。今後の任務に支障をきたす、公務執行妨害です。わたしにとって迷惑以外のなにものでもありません!」


 この中のどれかでもいえれば、箔がつくというもんだが。

 実際には、ありません、ありませんとひたすら自身の関与、自作自演を否定し続け、カメラの存在など気付かなかったと主張した。

「以後気をつけるように」

 という向こうの締めの言葉に「すいませんでした」と頭を下げて警察署を出た。


 特別、組織に対する憤りも己に対する情けなさもない。

 警察官という職業に対する執着心はあるが、「現場以外」のことには淡白だった。無関心といってもいい。

 面倒臭いことが嫌いだ。流される、流れに。

「それでいいのか」「出世したくはないのか」「逃げるのか、戦わずに」と自分に疑問を投げることもときにあるが、「答」はすぐにあった。

 交番のお巡りさんだからできることがある。自分にとっては、お巡りさんでいるほうが都合がいいのだ。

 やるべきことがあるのだ。

「覚悟」という言葉の横に真下の姿が浮かんだ、大観寺の住職の言葉とともに。

「メリットはない」といった(いってはいないのだが)が、それはメリットとはいえないが、効果はあると思い返した、あるいは「必然性」が。

 マークという薬の存在、マーカーという存在、社会に及ぼす影響。

 ヴァーチャル、いわゆる仮想(そこでは既に実体のない通貨すら流通している)ではない現実社会に与える影響、その啓発。

 結局、今日だって聞き取りをした人間から「マーク」「マーカー」に関する質問や聞き取りはなかった。

 警察という組織自体、それに対する関心はないのだ。現状秘匿している、という線もあるのかもしれないが……。

「そんなんだから、俺はあんたらに自衛隊が動いてる話をできないんじゃないか」

 今は分岐点なのかもしれない。

 将来、人がシリコンによって進化するのか、それともマイクロバイオームによって進化するかの……。

 どちらがいいのかは、まだ誰にもわからないが。


 動画が上がっているのは「hy tash Iam」というチャンネルだった。

 どういう意味か、真下やマキにもわからないという。

「『tash』には『口ひげ』て意味があるみたいですが、よくわかりませんね」

 あの夜、そういって真下もマキも首を左右に振った。

 上げられている動画は一〇本ほど。

 中にはマーカーとは関係ないものまであるが。さすがに影盗団からみの映像はない。

 面白いこともわかったという。

「タクさんがなかなかこないから、いろいろ調べられましたよ」

 そんな皮肉を挟みつつ。

 映像には様々なコメントがついている。

「マーカーってなに?」そんなコメントから「ただのヤク中でしょ」のような、「マーク」「マーカー」をそういった危険なドラッグと同一視するコメント、こういったコメントが大勢を占める、中で、「マーク」を説明するコメントやその将来性、期待あるいは危険性に言及するコメントもある。

「粗悪品だろ」「似非(えせ)マーカー」などといったある意味的を射たコメントまで。

 否定的なコメントが圧倒的に多いのだが、

「違和感があるんだそうで、マキによると」

 面白いというのはそこで、

「情報をそっち側に操作してるんじゃないかって」

「情報操作? 要するに、マーク、マーカーの実体を公にしたくない、という方向に操作しているんじゃないか、ということか。そういう意志、バイアスがかかっていると」

 タクヤにも思い当たる節はある。

 その意志に対して(そんな意志がネットワーク上で実際に働いてるとして)タクヤも意志を同じうするものの一人である。

「マキの調べによれば、運営に動画を削除して欲しいという要請もあったらしい、て、もちろん消えないんですけど。削除要請を出したうちの一つが県内のある医療機関、だっけ」

 マキは首を横には振らなかった。

 あとは「なんとかいう弁護士の名義」でも出されているという。

 法律違反を臭わせた圧力。

 悪質といえば悪質。警察対応か。

 もっとも、どうやら運営がその要請を公表はしておらず、警察に訴えを出したりもせず、その要請に対するようなコメントも出していない、ある意味「既読スルー」(恐らく既読ではあるだろう)状態ということ。

「削除要請なんていうとかえって盛り上がるんだけど。この動画については、それほど盛り上がってないね。だから既読スルーで許されてるんだろうけど」

 タクヤは確認していない、真下はどう思っているのか、マーク、マーカーの存在は広く公に認知されるべきだと思っているのか、あるいはされないべきだと考えているのか。

 そのときは問えなかった。今度、次のときに聞いてみよう、胸にしまった。

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