チェシャ猫ファンタジー

ハートの国は、ヨーロッパのような街並みで、人で賑わって居た。


そんな中、ボクとジャックは一言も会話をしていない。


ジャックはボクの事を、あまりよく思っていないの

を感じた。


だが初対面で、一言二言会話しただけで、嫌われる事ってあるのか?


人の考えは、分からない。


「やぁ、アリスご機嫌いかがかな?」


後ろから、男の声がした。


「ッ!?」


グイッ!!


振り返ろうとした時、ジャックがボクの手を引き、背中に隠した。


「何の用だ帽子屋。」


ボクに声を掛けて来た奴は、帽子屋だったのか。


姿がよく見えないがジャックの声が低くなった。


警戒してるのが分かる。


「相変わらずアリスの騎士をしているみたいだねぇ。アリスが倒れたって聞いたから顔を見ようと思って来ただけだよ。」


ツンツンッ。


肩を指で突かれた。


「っ!?」


バッと勢いよく振り返った。


色々な飾りの付いた帽子の中から見える綺麗な黒髪はウルフスタイルにされていて、色白な肌にエメラルドグリーンの瞳。


黄色のチェック柄のスーツを、スマートに着こなしていた。


この男が帽子屋…?、


名前が、マッドハンターだったか。


コイツ気配を消して、ボクの背後に回ったのか?


それに、隙が全く無い。


ロイドの言ってた通り、この男はプロの殺し屋だ。


気配と足音を消すのが、癖になってる。


「あれ?アリス痩せた?」


帽子屋はそう言って、ボクの顔と体をジッと見つめた。


「なっ!?」


ジャックは、驚きを隠せない様子だった。


あぁ…、そうか。


"あの時の役"になりきれば良いか。


ボクはスッと、女の表情に切り替える。


ハニートラップを仕掛ける時と同じようにすれば良い。


「食欲がなくって、少し痩せちゃったの。」


軽く、笑いながら髪を耳に掛ける。


本物のアリスに見えるかどうかは、分からない。


だが、女だったら…。


こう言う風にするだろうなと、思う行動をする。


そうすれば、大抵の男は落ちる。


「そうだったのか、動いて大丈夫なのか?」


「うん、もう大丈夫よ。」


「あんまり、アリスをジロジロ見るな。」


スッと、ボクの手を引き、再び背中に隠した。


「怖い怖い、これを渡して、俺は帰るよ。」


ポケットから取り出したのらは、可愛らしい袋に入ったマカロンをジャックに渡した。


「またね、アリス。」


そう言って、帽子屋は立ち去った。


ジャックは振り替えって、ボクに問い掛けた。


「お前…、笑えたのか?」


「あー、なりきっただけだ。」


「なりきった?アリスにか?」


「ボクは軍人だったからからね。この見た目の良さで、よくハニートラップをさせられてね。だから、その時の役になりきっただけさ。」


ターゲットに近付き、ハニートラップを仕掛ける為、ボクはいつも指名されていた。


その事に対しても、何も感情が湧かなかったら、隊

長からしたら、扱いやすい駒だったのだろう。


ジャックは、ボクの話を黙って聞いていた。


「ん?どうかしたか?」


ボクがそう言うと、ジャックの手が伸びて来た。

スッ。


癖で、思わず後ろに下がった。


「何する気だ?」


「え?あ、悪い。頭を撫でようとした。」


「ボクの頭を?何でだ?」


ジャックの行動の意図が分からなかった。


「さっき、キツイ事言って悪かった。お前は、そんな事に慣れちゃ駄目だ。ここの世界にいる間は、そんな事忘れろ。」


さっきまでと違って、優しい口調に驚いた。


ハニートラップの話をしてから優しくなった?


ジャックの中で、心境を変えたのだろうか。


人の考えてる事は、分からないな。


「良いな?分かったな?」


グイッと、顔を近付いて来た。


近くで見ると、目付きは悪いが、整った顔をしていた。


トクンッ。


心臓が早く脈を打った。


「分かった。」


胸を押さえながら、答えた。


そう言うと、ジャックが軽くボクの頭を撫でた。


ワシャ、ワシャ、ワシャ。


トクンッ、トクンッ。


まただ。


なんだこれ…?


走った訳でもないのに、心臓が早く脈を打つ。


ジャックと話していると、心臓が知らない痛みや脈をする。


分からない、こんな事。


こんな感情、ボクは知らない。


「さ、次に行くぞ。」


ジャックの後に付いて行こうと、足を一歩踏み出した。


ザッ。


すると、さっきまでの街並みではなく森になった。


「ん?」


ボクは今、街にいたはずじゃ?


「キミ、誰?」


目の前に知らない男の顔が現れた。


「は?」


ピンクと紫色のツートンヘアーはツンツンに立たせていて、黄色の猫目、猫耳には、沢山のピアス。


服装はファーを使ったパンクファッション、体はタトゥーだらけ。


「ねぇ?キミは、アリスじゃないでしょ?」


コイツ、ボクがアリスじゃないって気付いてるのか?


なら、手っ取り早く殺すしかないな。


ボクは隠し持ってた銃を、男の額に付けた。


カチャッ。


「ボクはアリスじゃない。バレた以上、お前を殺す。」


暫くの沈黙が続いた。


「ップ!!アハハハ!!キミ面白いね?オレに、銃を突き付けた女の子は、キミが初めてだよ!!」


男は、お腹を押さえながら爆笑している。


な、なんだ、コイツ?


頭おかしいのか?


「大丈夫だよ、心配しなくても。キミ他所(よそ)の世界の子でしょ?エースが、連れて来たアリスの代わりの子でしょ?」


この男は、どこまでの情報を知っているんだ?


エースは、ボクの事を話していないだろうに…。


「何で、その事を知ってる。」


カチャッ。


再び銃を向けた。


「オレは、あらゆる空間を自由に移動出来るから、知ってるだけだよ。アリスが殺された事もね。」


「それ、本当なのか?」


「うん。オレの話聞きたいなら、銃を下ろしてくれないかな?ボクは、キミに嫌われたくないな。」


そう言って、ニカッと笑った。


この男に、話を聞く必要があるしな…。


怪しいが、ここは奴の指示に従った方が良さそうだ。


ボクは、渋々銃を下ろした。


「キミと話がしたくて、オレのfieldに呼んだ。」


「field?」


「つまりは、オレの庭って事さ。この世界に慣れれば分かる事さ。」


「ファンタジー小説を読んだ事があるが…、つまりは結界の事だろうか。」


「そうそう!!アリスを殺した犯人を探しているんだろ?」


「あぁ。その為に、ボクはエースに呼ばれたからな。」


「オレも、一緒に探してあげるよ。」


「は?お前、犯人を知らないのか?」


「オレは、アリスに興味がなかったからね。見てないよ。だけど、キミには興味あるよ。」


そう言って、顔を近付けて来た。


「キミなら、オレを飼い慣らせるじゃないかと思ってる。オレの主人にならない?」


「気に入られる要素が分からないな。何故、ボクの猫になりたがる?どうして、アリスに興味がない。

この世界の住人は、アリスの事が好きだろ?」


この男が、アリスに興味を持ってなかった事に驚いた。


またどうして、ボクを気に入ったのかも分からなかった。


「アリスは、つまらないんだよ。」


「つまらないとは?」


「普通過ぎてつまらない。どうして、皆んなはアリスの事が好きなのか、分からないな。アリスの言葉は、どれも嘘臭い。」


「嘘臭い…。」


つまりは、良い人ぶっていると言う事か。


この男は、人を見抜く才能でもあるのだろうか。


「だけど、キミの言葉には嘘がない。それに強いしね。キミの考えている事、感情が分からない。だから、知りたい。知りたい為に、キミの猫になりたいんだよ。」


この男はただ、興味があるかないかで判断しているのか。


ボクの感情が読めないの当然だ。


何故なら、感情がないからだ。


だが、コイツはボクの為なら動くだろう。


ボクは、男の胸ぐらを掴んだ


ガシッ!!


「なら、ボクの役に立って見せろ。主人を喜ばせる事が、ペットの役目だろ。」


「アハハハ!!だから、キミは面白いんだ!!オレの主人に相応しい。」


そう言って、ボクの手の甲に口付けた。


「オレの名前はCAT、チェシャ猫のCATだ。キミの名前は?」


「ボクの名前はゼロだ。CAT、ボクの役に立って。」


「分かっているよ、マイロード。」


偽物のアリスが交わしたのは、主人とペットの誓いだった。


森で2人、気ままな猫が奏でるチェシャ猫ファンタジー。



街を歩く帽子屋の口元には、笑みが浮かんでいた。


「アリス。いつから煙草を吸うようになったのか?」

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