第2話

 龍の姿に変ったシンは、飛んでいった鷹の行き先をすぐに見つけた。遠く東方の国の大きな城の天守閣の窓に入って行った。

「ここはだれの住処だろう」シンは姿を隠して様子を窺った。

 家来らしき若い男が鷹の足から何かをほどき、

「殿、雷太からの知らせがまた届きました」

 と、言いながら、奥へ入って行った。

 それから先のことは窓の外からは見えないのであるが、シンのような格の高い龍には眼通力という、どんな事でも見通す力があった。その龍の能力によって程度の差はあったが。

 シンは見通していた。奥には年配の目つきの鋭い男がいた。たぶんこの国の領主だろう。

「紅国は、やはり西国から鉄砲という武器を百丁も買ったそうです」

 若い男は、鷹の足からほどいた手紙を見て報告している。

「ふむ、鉄砲で吾が兵を無駄死にさせるわけにもいくまい。どうじゃ焔の童子ほのおのどうじ、名案があれば申してみよ」

「はい、紅国の山方麗山には年頃の姫が居ると先日の雷太からの報告の中にありました。名を桜雅と申すそうで、その姫を殿の二番目の若君の下に越し入れさせては如何でしょう。このような良縁を断る事は出来ますまい。とは申せども、人質ですな。その後に山方麗山に、領土の変更を命令すれば如何でしょうか。紅国は山岳地帯で農地は少なく、米や野菜は隣国から買っております。農地の多い領土であれば、表向きでは文句のつけようはありますまい。これであの金山は、あなた様のものです」

「ははは、さすがは策士、よくぞ申した。ではそちの思うように致せ」

「かしこまりました」

 若い男は深々とお辞儀をして、階下へと下がった。

 シンはじっとその若い男を見つめた。見たところ年の頃は十台半ばの小姓の様だが、眼通力のあるシンをだます事は出来なかった。

「あの男人間ではないな。以前に母上が話してくれた事のある鬼だろうか。帰って母上に聞いてみよう」


 シンは紅のせせらぎ姫の所へ帰ると、今見てきた事を話した。紅のせせらぎ姫はその眼通力を使ってシンに教えてくれた。

「まあ、この子は彼女を見つけに行ったのかと思えば、そのような所へ行っていたのですか。シンや、あまり人間の事に構うとろくな事は有りませんよ。あなたは知らないでしょうが、人間は鬼と手を組んでいる者もいます。あなたの話の大河俊重がそうです。あの男は自分の野望を実現したいが為、地獄からの使いの中でも悪賢い鬼、焔の童子と手を組んでいるのです。あの鬼は地獄の紅蓮の炎を操る事が出来る、厄介な鬼です。あの鬼がどうして人間の手先のような事をしているのか、私も心配です。鬼は見返りがなければ動かないはずです。あの鬼は何を手に入れるつもりなのでしょうね。私達龍でもあの鬼に敵うものが居るかどうか分かりませんよ。だからシンや、これ以上あの鬼に近付いてはなりませんよ」

 二人の話を横で聞いていた北の大露羅の尊は、しばらく考え込んでいた。

「どうなさいましたか。父上」

 シンは気になって聞いてみると、

「いや、焔の童子と言う名に、聞き覚えがあってなあ。まさかとは思うが、鬼のやつも同じ名前を持つ者がいるとも思えんしな」

「まあ、大露羅殿。焔の童子をご存知なのですか」

「うむ、あれはまだ姫が生まれてくる前の事だった。私はまだ若く、この世界のことをすべて知りたくて、一日中うろうろ飛んでおったんだよ」

 へえ、そういう考え方もあったのかとシンは感心して聞いた。自分はそんな事思っても見なかったので、自分は本当にこの龍神の子かなと少し反省気味だ。一方紅のせせらぎ姫は大露羅殿はまずい事を言い出した、シンが父龍を真似て此処を出て行きはしまいかと、内心舌打ちである。

「まあ、大露羅殿ともあろうお方が、酔狂な。それから如何なされました」

「それでなあ、南方の大陸の上を飛んでいるとな。今では南国は砂ばかりだが、そのころは大きな都があってのう。そりゃあ、この辺の比ではないくらい人間が居ってにぎわっておる所があった。しかし難を言えばあまり雨が降らず、水は横に流れる大きな川から取っておって、わしはそこに居った姫の所へ時々、いやいや、おほん」

「はあ?」

 父上の話は時々変になるとシンは思った。父上はいろんな言葉をしゃべる事が出来るから、こんがらがるのかなと思った。 姫の視線を気にしつつ、北の大露羅の尊は話しを続けた。

「ある日いつものようにその川の辺りをうろついて居るとな、なんとその南国の大都に、火の手が上がりだしたのが見えた。あの辺は気温は高いし空気は乾燥しているから、あっという間に燃え広がりおった。それに風があったし、火の粉がどんどん別の家々に飛び火して、人は次々に焼け死に、その有様は正に地獄絵のようだった。わしは見かねて、雷雲を呼び起こし雨を降らせてやったよ。つまり人間に構ってしまったわけだが、その時に出くわしたのが焔の童子だったよ。その大火は奴の仕業だった。そのころ奴はまだ子鬼で、あちこちの都に火を掛けては人々を苦しめて楽しんでいたのだ。わしは懲らしめてやろうと思って、尾っぽで奴をビシバシぶちのめしてやった。奴は『覚えておけ』とほざいて逃げていったのだが、そういうわけでわしも奴を覚えておいてやったのだ」

 紅のせせらぎ姫は、眉をひそめてつぶやいた。

「まあ、なんと言う事でしょう。焔の童子は大露羅殿に仇を返すつもりなのかもしれませんよ」

「なんとも飛躍したご意見をありがとう」

 北の大露羅の尊は、なおも呑気そうに答えた。

「冗談を言っているのではありませんよ。鬼は執念深い者です。おそらく焔の童子は私と大露羅殿の事を承知の上、この紅国に災いをもたらそうとしているのでしょう。鬼などの下賎の者を相手にする龍神など居ません。大露羅殿、そろそろご自分の住処に帰られた方が良いでしょう。当分此処へは来ないでくださいまし」

「何を言われる姫。この北の大露羅が子鬼ごときを恐れてなるものか」

 北の大露羅の尊は悠長に構えていたが、紅のせせらぎ姫はきっぱりと言った。

「さあさあ、早くお帰りにならないと。私、あなたとはこれっきり縁を切らせていただきますよ」

 この一言には、北の大露羅の尊も敵わず、しぶしぶ帰り始めた。

 シンは焔の童子がどんな災いをこの紅国にもたらそうとしているのか気がかりだった。紅国への災いは夕霧の不幸へとつながる事は明らかだ。

 シンはまた夕霧の様子を見に、村里へ行った。

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