第18話 『神風』

ロックのロケットボートが小惑星帯へと突入して、1時間が経過した頃、ミツルとパイソンのロケットボートも小惑星帯へと差し掛かった。


「まもなく小惑星帯に突入する。速度も問題ない。ここでリスクは犯さないさ。見ていてくれ」

パイソンは司令塔へ無線を入れる。


「了解した。八幡㈱のロケットボートはムチャをし過ぎだ。絶対にボロを出す。焦る必要は全くない」

司令官は応答した。


だがパイソンは、ミツルの操縦を見ている内に、ある考えを持ち始めてきたのだ。

それは、ミツルのレース展開の仕方が、あの伝説の女性レーサーであるクリスティーヌを真似ているのではないかと。

彼女のレースには脱帽させられたのを覚えている。

第2回大会では、ロックと彼女に及ばなかった。小惑星帯を高速で疾走する様は、見事と言うしかない。あのロックがレース後に「彼女のレースはとてもエキサイティングだった。正直勝てたのは運が良かったと思っている」とまで讃えたほどだ。


ミツルが彼女ほどのテクニックがあるかは正直疑問だが、余程小惑星帯攻略には自信があるのだろう。

そうでなければ、これ程までにスピードは出していないはずだ。


様々な事をパイソンが考えていると、レーダーに最初の小惑星が確認出来た。

1キロ先に直径50メートルほどの小惑星だ。

パイソンは操縦桿を操り、針路を調整する。軽やかに1個目の小惑星をやり過ごすが、すぐさま次の小惑星がレーダーに反応した。

現在のロケットボートの速度、位置、そして角度。それらを頭に入れ、パイソンは着実に操縦桿を微調整する。


だがその時、パイソンは信じられないものを目にした。

前を行くミツルのロケットボートが一瞬レーダーから消え、また現れたのだ。

「なんだ?どういう事だ?」

パイソンは何が起きているのか理解出来なかった。

レーダーの故障かと思ったが、ロックのロケットボートは正常に表示されている。

パイソンは小惑星を躱しながら、レーダーを眺めていた。

「まただ!」

ミツルのロケットボートは再びレーダーから消え、また現れた。

「司令塔、これはどういう事だ?ミツルのレーダー表示がおかしい」

パイソンは司令官に尋ねる。

「いや、計器の故障ではない。考えられないが、八幡㈱のロケットボートは小惑星を避ける為に、急上昇と急降下を繰り返していると思われる。だから一瞬レーダーから消えるようだ」

「そんなバカな」

今までのレーサーは小惑星を左右どちらかに避けるようにしてきたのだが、ミツルは上下に避けているようだ。

それはかなりのリスクを伴うものだ。操縦ミスを犯しやすい。


パイソンはふと日本の軍人、岩本徹三を思い出した。

第二次世界大戦の際に零戦と呼ばれる艦上戦闘機を自在に操り、米軍を恐れさせた男だ。

昔、彼の著書を読んだ事がある。

ミツルの操縦はまるで彼のようだ。

まさかこの宇宙空間に、八幡㈱のロケットボートを護る『神風』でも吹いているのだろうか?

それほどミツルの操縦は神憑り的だ。


パイソンは驚きを隠せなかったが、今はただレーダーを見つめ、確実な操縦をするしかない。

この後のレース展開もそれこそ神のみぞ知るだ。

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