第11話 『焦り』

パイソンは平静を装ってはいたが、内心若干の焦りがあった。

火星をスイングバイしたロックとは違い、ピットインしたパイソンとミツルのロケットボートは、火星の大気圏を抜けるために、またブースターエンジンをフル稼働させなければいけない。

いくらメンテナンスをし、燃料をフルに出来たとしても、ロックに追いつくためには更に加速度を上げなければならないだろう。


「なあ、このロケットボートで地球からガニメデまで燃料補給なしで行けるだろうか?」

パイソンは整備中のロケットボートを指差しながら、メンテナンスクルーに尋ねた。

「不可能ではないだろう。ただガニメデまでギリギリ到着出来るかどうかだな。不測の事態が起きた時に、対処が出来なくなってしまう」

メンテナンスクルーは手早く作業を進めながら答えた。


ギャラクシーファクトリーは、ロケットボートの改良に成功したのだろうか。

企業秘密であるロケットボートの性能の差は、推測でしか分からないが、MWコーポレーションとほぼ変わらないはずだった。

となると、トップに立つ為に敢えてリスクを犯したのかもしれない。

彗星群の接近を知り、スタート当初にスピードを上げれなかったロックの心情を考えると、ここでトップに立ちたかったに違いない。

彼は完璧主義者だ。

最終的にトップに立てれば良いという考えはなく、最初からぶっちぎりで勝利をかっさらいたいタイプなのは、パイソンがよく分かっていた。


「ロックはこんな序盤で勝負に出たのか?それにしても、あまりにリスキーすぎやしないか?」

パイソンはメンテナンスクルーに話しかけた。

「ああ。まだ勝負に出るには早すぎるな」

メンテナンスクルーは答えた。

「今回のようなレース展開は初めてだ」

パイソンはポツリと呟いた。


だがその時、パイソンは火星の上空に、信じられない物を見た。

それはセクター06でメンテナンスをしているはずの、八幡㈱のミツルが操縦するロケットボートだった。

「そんなバカな!八幡㈱の奴ら、もうメンテナンスを終えたっていうのかよ」

パイソンは驚愕の表情で叫んだ。

メンテナンスクルーたちも唖然としながら、八幡㈱のロケットボートが加速していく様を見上げていた。


「焦るんじゃない。まだレースは序盤だ。挽回は可能だ。慌てる必要はない。しっかりメンテナンスをしてくれ」

パイソンはメンテナンスクルーたちに向け言葉をかけた。

だがそれは焦りを感じ始めた自分へ向けた言葉でもあったのだ。

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