【episode15-花とブラック】


『ごく普通のデートをしたい。』


思いの募った2人は、一泊二日で旅行の計画を立てていた。



海を見に行こう。


携帯電話に映る文字さえも踊って見える。



沙楽さらは、いつきに申し訳ない気持ちを抱きつつ、魁人かいととの約束に心をときめかせている自分がいることを感じていた。



そんなある日のことだ。


画面の文字を見た沙楽は、自身の中に冷たい何かが滑り込んできたのを感じた。



『お互いハマっちゃう前に終わりにしよう。』


そこには、魁人かいとからの別れの言葉が並んでいた。



『急にどうしたの?』


震える指で沙楽が返信を送ると、すぐに着信があった。



「会って話そう。」


大好きな魁人の声が耳元に響く。



「わかった。」


電話を切った沙楽は、クローゼットを開けると花柄のワンピースとブラックのサロペットを手に取った。



どちらを着て行こうか…。


迷った挙句、沙楽はブラックのサロペットを選んだ。



「沙楽は、前髪を分けていたほうが可愛いよ。」


魁人の言葉が思い出される。



鏡の前に座ると、沙楽は丁寧に前髪を整えはじめた。


もし、これが魁人に会う最後の時になるのであれば、最高に可愛い自分を彼のまぶたに焼き付けたい。



沙楽の心は、魁人に会える喜びと、別れまでのカウントダウンに揺れていた。



玄関の姿見に映った自分を見つめる。


そこには、別れの瞬間に強くいられるよう選んだブラックウェアに身を包み、魁人好みに前髪を整えた沙楽がいたのである。

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