エピローグ

第46話 エピローグ(上)

 警備隊総隊長の行方不明という前代未聞の事件は、その代理となる人物の逮捕という、これまた衝撃的な結末を迎えた。


 行方不明になった総隊長ことヒューゴは、姿を現したその日から総隊長職に復帰するつもりであったが、諸々の事情によりそれが叶ったのは数日後のことであった。


 久しぶりに総隊長室のイスに座ると、すぐにドアがノックされる。一言、入れと告げると、姿を現したのは、隊員服を着たクリスだった。


「本日よりナナレン警備隊に入隊しました、クリスティーナ=クロスです」

「知ってるよ。まさか、こんな形でまた迎え入れることになるとは思わなかったな」


 以前、この場所でクリスにクビを言い渡した時のことを思い出す。あれからまだ二ヶ月も経っていないのに、ずっと昔のような気がした。


「でも総隊長。本当によかったんですか? 私を隊に入れると、他の女性の入隊も認めることになるって言って反対してたじゃないですか」


 なのにクリスが再びこうして隊に復帰できたのは、仲間の隊員達の後押しがあったからだ。

 元々クリスがクビになった時から、正式な入隊を認めてはという声が少なからずあったが、ロイドに纏わる一連の事件を終え、その声はいよいよ大きくなった。

 数日間監禁されていたにも拘らず、すぐさま他の隊員達に混じって戦いに加わったその胆力。特に現場で一緒に戦った者達は、隊には彼女が必要だと、声を揃えて主張した。それが、晴れて認められることとなったのだ。


「あれだけの声と実際の功績があるんだ。無下にするわけにもいくまい。それにだ。俺としても、優秀な隊員がいるのは、なんと言うか……助かる」

「あ、ありがとうございます」


 優秀な隊員。素直に誉められることなど滅多にないものだから、そんな風に言われると、なんだか照れくさい。もっとそれはヒューゴも同じのようで、不自然に口をモゴモゴさせていた。


 それでも、いかに実績があったとはいえ、女性に対してあんなにも頑なだったヒューゴが、こうも考えを改めてくれたのだ。彼の中で、何かが大きく変わってきているのかもしれない。


 しかし変わるといえば、クリスにはひとつ、これからのことで気になっているものがあった。


「そういえば、隊員はこれからも、ナナレン警備隊の総隊長でいられるのですか? 正式に、アスター家の当主になったのですよね」

「ああ、それか……」


 当主という言葉を聞いて、ヒューゴは疲れた顔をする。

 少し前まで、ヒューゴはあくまで、次期当主の座に近い、候補者の一人という立場だった。だが今回の事件を経て、正式に当主のになることが決まったのだ。隊長職に復帰するまで時間がかかったのも、そのための対応、手続きがあったからだ。


「ここの総隊長は、今まで通り続けるぞ。今回、国内にホムラが持ち込まれたことで、国境警備の重要性が改めて認識されたからな。より一層取り締まりを強化せねばいかん」


 それを聞いてホッとする。個人的な感情と言ってしまえばそれまでだが、ヒューゴにはまだまだここにいて、今までのように指導してほしかった。


「むしろ大変だったのはそれ以外だ。ロイドの一件を報告するため祖父殿を訪ねた時、あの人は自決しようとしていた」

「自決!?」


 いきなりの衝撃的な展開に、目を丸くする。話を聞いただけこうなのだから、実際にそれを見たヒューゴの驚きはどれほどのものであっただろう。


「身内が罪を犯したこと。それを見抜けなかったこと。あの人は、全ての責任は自分にあると言って、命を絶つことでケジメをつけようとしたんだ」

「それで、どうなったんですか?」

「もちろん止めたよ。だが、老いたとはいえ歴戦の勇士だ。俺を含めた数人がかりで取り押さえたが、何人やられたことか……」


 遠い目をするヒューゴ。

 何しろ相手は、英雄、猛将としてその名を轟かせた、アスター辺境伯だ。もしかすると、ロイドや賊の一味と戦った時以上に苦労したかもしれない。


「で、でも、辺境伯は死なずにすんだのですよね」

「なんとかな。結局、自らは引退し、後任に当主の座を譲るということで、なんとか落ち着いたよ」


 その、当主の座を渡された後任というのがヒューゴのことだ。

 元々次期当主の筆頭候補であり、最大のライバルであったロイドが失脚したこともあって、これまで揉めていたのが嘘のようにすんなりと決まったそうだ。


「お、おめでとうございます」


 ヒューゴ自身は別に当主の座など望んでいないのは知っているが、一応そう言っておく。

 ヒューゴは微妙な表情でそれに頷いたが、すぐに真面目な顔へと変わる。


「それから、祖父殿と二人で話をしたんだが、その時、母親とのことを謝られたよ。お前達親子を引き裂いたのは、自分の責任だってな」


 ミラベルが、ヒューゴを引き渡す際、辺境伯に何度も頭を下げられたと言っていたのを思い出す。

 強く厳格なイメージがある故、すぐにはその姿を想像することはできない。だが、真実なのだろう。


「もしかするとあの人もあの人で、貴族のしがらみや当主という役目に縛られていたのかもな」


 そうなのかもしれない。いかに英雄豪傑と謳われようと、一人の人間だ。ヒューゴやミラベルがそうであったように、自らの運命に苦しんでいたとしても、何も不思議はない。


 今のヒューゴが、辺境伯に対してどんな感情を抱いているかはわからない。だが寂しそうに語る姿は、純粋に祖父の身を案じているだけのように見えた。


 しかし、これからはその当主という役目をヒューゴがこなさなければならないのだ。もしかすると、彼もまたこれまで以上に大変な思いをすることになるかもしれない。


「総隊長。これからも、私に何かできることがあれば言ってくださいね」


 気がつけばそんな言葉を口にしていて、それから急に照れ臭くなる。


「って言っても、できることなんてそんなにないかもしれませんけど」


 恥ずかしさを紛らわすため、慌ててそう付け加える。

 いきなりこんなこと言うなんて、変に思われたらどうしよう。そんな思いが頭を過るが、ヒューゴは真顔のままだった。


「それなら話が早い。早速だが、大事な話がある。お前に頼んでいた恋人役を、これからどうするかについてだ」

「はい?」


 そういえば、ヒューゴの恋人として社交会に出席したまではいいが、それからどうするかはほとんど話していなかった。


「もしかして、また恋人のふりをしてくれってことですか? まあ、いいですけど」


 決して楽ではないだろうが、どうせ一度やったこと。それなら、もう少し続けてもいいだろう。

 そんな風に思うクリスだったが、事態はそんなものでは収まらなかった。


「それが、少し事情が変わってな。当主となると、伴侶を決めるというのも重大な義務となり、恋人という中途半端な関係では納得しない者達も出てくる」

「えっと……それってつまり、どういうことですか?」


 まさか、自分ではふさわしくないから、偽の恋人関係は終了と言いたいのだろうか。

 しかし、それもまた違っていた。


「つまり、その……正式に婚約する必要があるってことだ」

「へっ?」

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