第28話 警備隊モード発動

 今は辞めたとはいえ、クリスも街の治安を守る警備隊員として勤めていた身。ヒューゴにいたっては現役の隊長だ。二人とも、誰かの助けを求める声が聞こえたとたん、瞬時に身構え、声の主を探す。


 声をあげていたのは、人を掻き分けながら悲痛な顔でこちらに向かってかけてくる中年の男。そしてそれより少し先を、鞄を持った若い男が走っている。

 どうやら、若い男が中年男の鞄を引ったくったようだ。


「クリス、少し下がってろ」

「いえ、私もやります」


 捕まえるなら、一人より二人の方が断然いい。ヒューゴも異論はないのだろう。一言、「頼むぞ」と呟くと、二人して若い男に向かって駆け出した。


「ちっ!」


 男、真っ直ぐこちらにやってくる二人を見て状況を察したのだろう。すぐさま向きを変え、脇にある狭い路地へと入っていく。

 もちろん二人も、すぐにそれを追いかける。


 男がこの街の人間だとすると、十分な土地勘があるものと考えられる。対して二人は余所者だ。一度見失ったら、再び見つけるのは難しい。だからこそ、絶対にここで捕まえる必要がある。


 幸い、犯人よりもヒューゴやクリスの方が足が速かった。要り組んだ路地裏を走りながら、少しずつその距離は縮まっていく。

 だが、もう少しで追い付けるところまで迫った時だった。急に男が足を止め、ニヤリと笑いながらこちらを振り返る。


「観念した、というわけではなさそうだな。一応言っておくが、大人しく捕まれば、手荒なことはしないでおくぞ」

「誰が捕まるかよ。観念するのはお前達の方だ」


 ヒューゴが忠告するも、やはり聞く耳を持たない。

 すると、そんな男の言葉に応えるかのように、辺りから柄の悪そうな奴らが数人姿を現し、男の側へとやってくる。


「全員、こいつの仲間のようですね」

「ああ。追われたらここに誘い込んで、全員で返り討ちにするつもりだったようだな」

「そういうことだ。残念だったな」


 数で勝っていることで、完全に勝利を確信しているのだろう。男達は二人を囲みながら、ニタニタと下卑た笑みを浮かべている。

 しかしそこには一つ誤算があった。確かに、数の上で不利なのは間違いない。だがヒューゴもクリスも、それだけで臆したりはしなかった。


 まずは一人が、ヒューゴに向かって殴りかかってくる。だが、その拳は空しく空を切る。そして、続く二撃目を放つよりも先に、ヒューゴがその男を殴り飛ばした。


「がっ……てめえ!」


 それを見て、ようやく男達にも緊張が戻ってきたようだ。それぞれが身構え、中には懐からナイフを取り出す奴もいた。


 対するヒューゴも、護身用に持っていた短刀を抜く。一方クリスは丸腰のままだが、彼女が最も得意とするのは、武器ではなく素手による格闘戦だ。


 だがそんなことを知らない相手は、丸腰の女と見て侮ったのだろう。もしかすると、ヒューゴに対する人質に使えるとでも思ったのかもしれない。一人が、力ずくで押さえつけようと飛びかかってくる。

 しかしそんなもの、クリスは今までに何度も経験し、その度に返り討ちにしてきていた。


「ぐぁっ!」


 彼女より二回りは大きな体が、クルリと一回転して地面に叩きつけられる。

 男はうめき声をあげながら仰向けになるが、その鳩尾に、さらなる一撃を見舞う。これでこいつはしばらく動けないか、例え動けてもろくに戦力にはならないだろう。


「警備隊を辞めて一月経つが、腕は鈍っていないようだな」

「ええ。実はダンスの練習をしている合間にも、気分転換に武術は続けていたんです」


 もう役立つことはないかもしれないと思っていたが、意外と早く出番がきたものだ。


 ヒューゴも、クリスの動きを見て安心したのだろう。いよいよ本格的に、ごろつき達に向かって攻撃を仕掛けていく。


 もちろん、まだまだごろつき達の方が圧倒的に数が多い。だが二人は次々と相手を打ち倒し、その差は次第に縮まっていった。


 ごろつき達もそれなりに喧嘩慣れはしているようだ。だが警備隊として厳しい訓練を重ねた二人は、そもそもの練度が違う。

 個人的な強さだけではない。ヒューゴもクリスも、どれだけ強くても一人の人間だ。不意を突かれれば重い一撃をもらうこともあるし、場合によっては、そこから一気に崩れることだってあり得る。だが互いに庇い合いながら戦うことで、決して死角を作らず、数の不利も最小限に止めている。


 そして相手が頼りにしていた数という優位も、もはやほとんどなくなりつつあった。


「ちくしょう。なんなんだよお前ら!」


 まさかこんなことになるとは思ってなかったのだろう。僅かに残った男達は、そのほとんどが逃げ腰になっている。

 そんな中、一人だけ、戦意を失っていない奴がいた。


「うわぁぁぁっ!」

「くっ!」


 クリスの頬のすぐ近くを、ナイフがかすめる。幸い命中することはなかったが、今のは少し危なかった。このごろつき連中の中でも最も強いのは、どうやらこいつのようだ。

 だがそれ以上にクリスが気になったのは、彼の尋常ならざる様子だった。


「がぁぁぁぁぁぁっ!」


 言葉にならない雄叫びをあげながら、次々と攻撃を仕掛けてくる。その目は真っ赤に血走っていて、今が戦闘中だというのを考慮しても、少し異常だ。


「恐らく、薬物でもやっているんだろうな。クリス、あいつは俺がやるから、お前は他のやつらを頼む」

「わかりました!」


 ヒューゴも、多少手強い相手と判断したのだろう。合図ひとつで、それぞれ戦う相手を変更する。


 クリスが担当することになったのは、残った二人の男。単純に人数だけだとより厳しいように思えるが、この二人は既に戦意を失いつつある。そして戦意を失った奴というのは、本気で向かってくる相手の半分の強さもない。


 事実、クリスが飛びかかっていくと、一人は実にあっさりとやられた。残る一人は、それを見て逃げようとしたが、すぐに追いかけ、その背中に飛び蹴りを食らわせる。

 元々逃げ腰だったところに、この一撃だ。これ以上、彼に暴れるだけの気力は残っていなかった。


 これで、残るはヒューゴが戦っている一人だけだ。

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