第14話 紹介を終えて

 当主の妻として、何ができるか。そう問うたレノンではあったが、内心では、例えどんな答えが返ってこようと、否定し、やり込めるくらいの気持ちでいた。

 しかし実際にクリスの言葉を聞いてできたのは、ただ呆気にとられたまま、再度尋ねることだけだった。


「失礼。聞き違いでなければ、今武術と言っていたような気がするのですが、間違いないですか?」

「は……はい。その通りです」


 失敗しただろうか。

 貴族の事情などさっぱりわからないクリスではあるが、目の前でとられた反応が良好でないことくらいは理解できる。


 レノンは少しの間ポカンとしていたが、やがてハッとしたように我に返る。そしてその時、クリスは既に彼女の眼中には入っていなかった。


「ヒューゴさん。あなた、仕事のしすぎで疲れているのではありませんか。女の身でありながら武術などとははしたない。しかも、それを隠そうともせず堂々と口にするとは。アスター家を世間の笑い者にでもするつもりですか!」


 実にひどい言われようだ。とはいえ、嫁として誇るものが武術というのは、何かおかしいというのはクリスにもわかってる。

 しかし悲しいことに、クリスにとって人より優れていると自負できるものがこれしかなかったのだ。


 ヒューゴははたして、これに何と答えるのだろう。それ次第では、クリスが恋人のふりをするという作戦もおしまいだ。


 だがそんな状況にも関わらず、ヒューゴは涼しい顔で一笑した。


「何を言うかと思えば。武術に秀でる、素晴らしいことではありませんか」

「なっ──!?」


 なんと、クリス自身でさえ失敗としか思えなかった武術を、ヒューゴは迷うことなく肯定した。


「今でこそ大きな争いからは遠ざかっていますが、辺境であるアスター領は、常に隣国との争いの場。中でもこの国境の街ナナレンは、その最前線とも言えるでしょう。私はその治安を任されている身として、誰よりも勇猛なる戦士でなければなりません。ならば、その伴侶となる者もまた、武術を嗜むことに何を恥じることがありましょう」

「な、なにを?──いくら武術を習ったからといって、実際にこの娘が戦いに出るわけではないでしょう!」


 いえ。盗賊団相手ではありますが、昨日までは実際に戦いに出ていました。そう言いそうになったが、さすがにそれは飲み込む。

 その間にも、ヒューゴの言葉はさらに続いた。


「戦いには出ずとも、苦労や痛みを理解してくれる者が側にいてくれる。それだけで、遥かに心強いものです。何より彼女には、その身を鍛えることで培った、心の強さがある。例えば有事の際、我が身にもしものことがあったとしても、決して心折れることなく、アスターの家を支えてくれることでしょう。俺が妻として求めているのは、そういう人です」

(ヒューゴ総隊長……)


 これでもかと言うほど、惜しみ無い賛辞を繰り返すヒューゴ。それを聞いて、クリスはなんだかむず痒くなる。

 この言葉は、偽の恋人に説得力を持たせるための、ひいては自分が見合いや結婚を避けるための方便だ。そうとわかっていても、こうまで言われると、なんだか胸が熱くなる。

 その後もヒューゴは、クリスがいかに素晴らしい女性かを、本人が驚くほど誇張しながら得々と語り続けた。


「──ですから叔母上、クリスならきっとよき妻になってくれるでしょうし、俺が妻に望む者も、クリス以外におりません。これでもまだ、何か不満がおありですか?」


 爽やかに笑顔を浮かべるが、恐らく、例え不満を言ったとしても、その倍の言葉を尽くしてやり込めようとするだろう。レノンもそれをわかっているのか、悔しさを顔に滲ませているものの、反論することはできなかった。


「いいでしょう。ヒューゴさんがそこまで言うのなら、一度本家にいる当主殿に紹介すること、それに、社交の場に顔を出すくらいのことは認めましょう。ちょうど一か月後、本家で夜会が行われます。ヒューゴさん。あなたは何かにつけて出席を拒んでいますが、次はそうはいきません。彼女と二人、必ず出席なさい。逃げることは許しませんよ」


 これは、一応は認めてくれたということでいいのだろうか。しかしそれにしては、刺のある態度が一切和らいだ気がしない。


 それになんだか話を聞いていると、一ヶ月後に、本家とやらに行かなければならないように思えてくる。


「わかりました。ご心配なく。二人で必ず伺いますよ」


 ヒューゴの返事に、レノンもようやく、多少は満足したような笑みを浮かべる。

 そしてそれから、話はもう終わったと言わんばかりに、驚くほど早々と帰り支度を始めた。


「わたくし、他にも用事があるので、これで失礼させていただきますわ。それではヒューゴさん、それにクリスさんも。一ヶ月後に会えるのを、楽しみにしています」


 そうしてレノンは、ヒューゴの屋敷を後にする。

 おそらく時間にすると、そう長々と話し込んでいたわけではないだろうが、クリスを疲弊させるには十分だった。レノンが屋敷を出ていった瞬間、全身から力が抜けたようにへなへなとその場に座り込む。


「ずいぶん疲れたようだな」

「そりゃ疲れますよ。いつ本当の恋人じゃないってバレるか、ずっとヒヤヒヤしてました」


 嘘をつき続けるというのは、思った以上に心臓に悪い。

 しかしヒューゴもヒューゴで、クリスとは別の苦労があった。


「それを言うなら、俺だって大変だったぞ。特に、お前が武術が得意と言い出した時だ。まさか、恋人の紹介で強さをほめることになるとは思わなかった」

「うぅ……あれ、そんなにダメでしたか?」

「別に武術が悪いとは思わん。だが警備隊の入隊試験じゃあるまいし、あそこで強さを誇るする奴はそういないだろう。吹き出すのに苦労したぞ」

「す、すみません……」


 嫁入りの挨拶に、武術はあまり役には立たない。今後、本当にいい人を見つけて、その家族に挨拶しに行く機会があったら参考にしようとクリスは思った。

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