第6章 決戦のとき

第6章(その1)

 さて……。

 火の山を後にしたルッソとリテルの二人でしたが、魔王の軍勢に闇雲に立ち向かっていくというわけにもいきません。賢者ルッソは軍勢を追跡しつつ、王国軍の対応にも道中目を配らせておりました。王国軍はやはりホーヴェン王子が人質になっていることから、迂闊に手出しをするわけにもいかず、もっぱら敵軍の進路上にある村々の住人達の避難を指示して回る程度で、あとは遠巻きに敵の動きを見ているより他になかったのでした。

 魔王の軍勢は粛々と前進を続け、やがて王都の城門を臨む、クアルダル河の対岸にまで迫ってきていたのでした。

 そのクアルダル河にかかる大橋は、その昔はいくさになるとすぐに流せるようになっていたそうですが、今では交通の要所として堅牢な石造りの橋が架けられており、ちょっとやそっとのことではびくともしませんでした。魔物どもは対岸にずらりと居並んだまま反対側の人間の都をにらみ据え、今にも隊列を組んで大橋を渡ろうとしていたのです。河のこちら側からみれば、不気味な影が川岸を埋め尽さんとでもいうかのように延々と連なっており、その数すら容易にははかり知れませんでした。

 そもそもクアルダル河は川幅も広く、季節によっては増水し渡河するにも難儀な場所でしたが、魔物どもはどれもこれもが屈強で大柄な体躯のものばかりでしたので、仮に橋などなくとも、勢いに任せて渡ってきたところで、そう簡単に流されたり溺れたりするようには見えませんでした。河が決して天然の要害とはなり得ないのであれば、迎え撃つ人間の側も決して心中穏やかではいられるはずもありません。魔物どもがいつこちらへと殺到してくるのかと、気が気ではいられないのでした。

 そのうちに、数体の魔物が、まるで彼らの代表であるかのように静かに大橋の中程までゆっくりと進み出てきました。彼らは大きな丸太を荒縄で組み合わせた、十字架のようなものをそのがっしりとした肩に担いでおり、その十字架の先に、あのホーヴェン王子がまるで徒刑場に引かれていく大昔の殉教者のように、磔にされているのが見て取れました。

 一体何事か、と人間達が落ち着かぬ様子で成り行きを見守っておりますと、橋の上のその集団の方から不意に盛大な炎が吹き上がったのでした。

 ホーヴェン王子が火勢に呑まれたのか、と一瞬錯覚してしまいましたが、そうではありませんでした。吹き上がった炎はそのまま巨大な火の玉となって上空へとのぼっていき、やがてまるで巨大な猛禽が誇らしげにつばさを広げ哀れな獲物を威嚇するかのように、暗い空いっぱいに炎の幕が広がっていくのでした。人々が何事かと見ていると、その炎はすぐにかき消える事もなく、やがて夜空に巨大な人の顔となって浮かび上がるのでした。

(王国の愚か者どもよ! そなたらの大事な王子の身柄はここにあるぞ! 腕に覚えのある者は奪い返してみるがいい!)

 その顔がしゃべったとでもいうかのように、大きな声が上空から人々の上に降り注いできたのでした。けたたましい哄笑を散々に響かせたかとおもうと、その炎の顔はすぐに大きな炎の塊に戻って、人々を挑発するかのように王都の上空をぐるり、ぐるりとゆっくりと旋回して見せたのです。まるで眼下の人間どもの街など、簡単に焼き尽くせるのだぞ、とでも言いたげです。人々が狙いどおりに恐れおののいていると、炎は再び先ほどの顔に戻って、人々に不遜な言葉を投げかけます。

(このようなちっぽけな都、灰にするのもべつだん難しいことではないが、それではあまりに事が簡単すぎる。お前達人間にも少しくらいは抵抗してもらわねば、面白くもなんともないというものだ)

 炎の顔はそのように告げたかと思うと、今度は顔の形をしたまま、おのれの力を誇示するかのように二度、三度と人々の頭上を旋回して見せたのでした。やがて、もやもやと人の顔のような形をかたどっていたのが、そこからさらにおおきく羽根を広げるように左右に炎の紗幕を広げていったかと思うと……それが各々上下にも分かれて、左右それぞれの下側がゆっくりと位置を下げていくのでした。上側はそれぞれ羽根のようにめいっぱい広げられていましたが、下側のそれは丸太のような太い棒のような形状になっていき……それはそのうちに人間でいうと腕のような形状となり、人々の頭上でぶんぶんと振り回されるのでした。

 気がつけば、顔だけだった炎の怪異はいつの間にか巨大な上の半身をかたどっていたのです。

(そなたらは我の名を知っているはずだ! 知らぬとは言わせぬ、我が名はバラクロア! そなたらがかつてあの忌まわしき火の山に封じ込めたはずの、暗き闇の国を統べる王だ! その名を聞いて存分に恐れおののくがよいわ!)

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