第20話 風雲急を告げる

「頼もーっ」


 小鬼三兄弟が先陣を切って大広間に突撃すれば、やはり朱門も蒼馬も起きていた。

 しかし先客があった。見たことがない一人の男性と向かい合うように座して、二人はともに深刻そうな表情を浮かべていた。


「帰ってきた時にお前たちの気配を把握してはいたけど。こっちに来る気配もなかったから放っておいたのにさ……勘弁してよ」


 蒼馬が三兄弟とムジナを一瞥いちべつして溜息を吐く。驚いたことに、いつもその頭に被せている布がなかった。金色の柔らかそうな髪をくしゃりと白い手で掴んで、蒼馬はいかにも気だるげに後頭部を掻いている。本当に疲れている様子だ。


「透夜。起きていたのだな」


 その場に佇む透夜たちを見て朱門が声をかける。


「こちらも先ほど帰ってきたところでな。しかし妙な組み合わせだな。なにかあったのか?」


「あ、えっと。ごめんなさい。お客さんが来ているとは知らなくて。話はまた今度にするよ」


 その場の空気を読んで透夜がきびすを返そうとすれば、「かまわないよ」と声がかかった。振り返れば見知らぬ男性が立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。


「そもそも私は客人ではないからね。この寺の者さ」


 たしかに衣の色は違うが朱門と同じ道服を身にまとい、頭は坊主だ。歳は朱門と同じくらいか、少し上か。腰を折って透夜に視線を合わせると、彼がほほ笑んだ。


「初めましてだね。私は眞海しんかい。君が噂の空の守人だね。たしか名は」


「黒須透夜です」


「そうだった。彼らから話には聞いていたけれど、すでにこちらに馴染んで多くの者と心通わせているらしい。素晴らしいね。和尚も早く君に会いたいとおっしゃっておられたよ」


「天海大僧正が?」

 

 眞海と名乗った彼は「ああ」と頷く。ムジナが肩に飛び乗って耳打ちしてきた。


「ぼう坊の兄弟子じゃ。いっつもこのようにへらへらしておる。胡散臭そうじゃろ」


「やあムジナ。君も遊びにきていたのかい」


「あべべべべ! んなわけあるかいっ。わあはこやつの使妖じゃからな。警護もといお守りの真っ最中じゃ!」

 

 鼻息も荒くムジナが言ったものだから、朱門は「なんと」と口をあんぐり開いた。


「おや。そうだったのかい」


 眞海がにこやかに応えれば、彼の体の側面から白い手が矢のように飛んできた。危険を察したムジナが透夜の肩から素早く飛び退く。


「ちょっと。この短い間になにがどうしてそうなったのさ?」


「いや、これには色々と訳がありまして……」


 胸倉を掴まれれば、憑き物でも落とすかのように激しく揺すられる。そしてTシャツがだいぶ伸びてしまった頃、我に返ったように蒼馬がその手を放したのだった。


「そうだ。こんな事にかまっている場合じゃなかった。大事な話の最中だった」


 よくも邪魔してくれて、と視線で責められる。「ごめんなさい」とムジナを除くみんなで謝れば「まあいいじゃないか」と持ち前の笑顔で眞海がり成した。


「今ちょうどこれからの予定を話していてね。君にも承知しておいてほしい事があったんだ。とても大事なことだよ。だからこのまま話を聞いていってもらえると助かる」

 

 そう言われてどうしたものかと透夜が朱門を見やれば、


「そうですね。時期尚早と思っておりましたが、もはや悠長な事を言っている場合ではなくなりました。この者にも覚悟を決めてもらう必要があります」


 兄弟子の意見を肯定するように彼も頷いたのだった。


「あの。覚悟ってどういうことですか?」


 透夜の問いに眞海は細かい瞬きをすると、顎に片手を添えて言葉を練る。


「ええっと。そうだなあ。まあ端的に言ってしまえば……そう。一大事なんだ」


 ずいぶんと爽やかな表情で物騒なことを告げられたものである。

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