第11話 疑惑Ⅱ

 ────原真人


 この名前には見覚えがあった。いや、実際に話したこともあった。だからこそ、余計に信じられない。


「あの、先生が・・・」


 思わず、感想をつぶやいてしまう。


「なあに?知っているの?こいつのこと?」


 殺意が混じった声でユキは訊く。


「ああ、ちょっとだけね・・・」


 言い逃れはできないと思った僕はその経緯を説明する。勿論、黒田のこと、SWのことは秘密にしてだ・・・


「フーン、そう。それにしても、天斗の前で倒れた女性も脳梗塞とは。大丈夫かしら?日本人?」


 あまり、興味なさそうな様子で助かった。もし、感付かれでもしたら、最悪オレは───


「会って見て、やつのことどう思った?」


 ユキが名前で呼ばないなんて相当だな。まあ、無理もないか「正直な感想でいいか?」


「当然でしょ。嘘ついてどうすんのよ?それに、私に嘘はつかないんじゃなかったかしら?」


 この、言い方。ある程度答えは予想しているようだ。


「とても良い医者だと思った。助けた僕に対して感謝の言葉を述べてくれた。あれは、本心だと思う。救急で運ばれた女性の治療に当たって、命の危機に瀕した状態から救った。」


(SWで粛清した奴の命を助けたという事実)


「だから、医者としても、人間としても、優れた人であることは間違いない。」


 僕は思った印象をストレートに告げた。


「・・・・・」


 ユキは何も言わず口をつぐんでいる。考え事をしている・・・とも違う。まだ、僕が見たことのないユキの側面。


「ど、どうだろうか?」


「・・・・・つまんない。」


「え?」


 予想外の答えが返ってきて困惑が言葉にでる。


「なんか、好きな人自慢話でも聴いてる気分だったわ。あなた、あいつとそういう関係?」


「んな訳あるか。それにあの人は男だろ。」


 まさか、ユキがこんな事言うなんて・・・


「医者にそういう人多いわよ。元々、奇人変人の集まりみたいなものだしね。」


 ユキもその一員だろという言葉を必死に飲み込む。


「で?ユキの印象はどうなんだよ。勿論、被害者遺族の立場からすれば、見方は違ってくるんだろうけど。」


「一緒よ。」


 即座に答えるユキ。


「同じよ。天斗と。悔しいけど、医者としての技能、判断力、患者対応、どれをとっても非の打ちどころがないわ。私もアイツに主治医が変わったって決まった時喜んだぐらいなんだから。ホント忌々しいくらい医者として優秀よ。以前、月刊医学ジャーナルこの医師がスゴイ100撰に選ばれたくらいなんだから。」


「じゃあ、人間性の方に問題があるんだな・・・」


 この言い方からそう判断する。


「いいえ、残念ながらそうでもないわ。確かに看護師や他の医師に厳しく言うこともあったみたい。けど、それは・・・」


「医者としての接し方ってわけか・・・」


「そう、典型的な医者に厳しく、患者に優しい医者の例ね。」


「じゃあ、やっぱり医療過誤じゃないんじゃないか?」


「確かに、そう思うわよね。」


「でも、そんなスゴイ医者が状態が良くなっていた患者のミスをするとは考えられない。勿論、医者だって人間だから失敗ぐらいするかもしれないけど・・・」


「ええ、アイツはそういう奴じゃない。少なくともこんな簡単なケースで事故ったりしない。」


「だから、ユキも怪しいと思ってる。原医師の能力を信頼してるがゆえに怪しいとそう考えてるんだろ?いや・・・・それだけじゃない。まだユキしか知らない、何かがあるんじゃないか?その何かのせいで、ユキは奴がやったと思ってる。違うか?」


「・・・・・・」


 また、突然だまりこんだ。ネジを巻かないと喋らないカラクリ人形か何かなのだろうか?


「・・・・驚いた。」


 口を開く。どうやら、ネジは巻けたらしい。


「何が?」


「天斗の鋭さ、いや裏を見抜く力かな。はあ~以前の天斗は純真で素直だったのになあ~」


 正直な感想だろう。もっとも、僕もそういうことに気がつけるようになったのはごく最近のことだが・・・・


「いいえ、なんでもない。忘れてくれる、今の発言。」


「でも、天斗の言葉はホント、キタ。」


「どこに?」


「ん~~~~~~どこかしら?でも、その通りよ。私はアイツがミスを、いいえ、意思を持って母さんを殺した。その確信が。」

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