進化が問われるとき

囚われのデューク


 気がつくと私の目の前に青いティラノサウルスのような機械が格納庫に鎮座しているのが目に映った。


 なぜ目の前にが……?


 そんな疑問を抱えていると、機械ティラノに一人の若い女性が白い服をまとった男に案内されてやってくる。


 あれはハンナじゃない。目の前の女性はもっと肌の色が濃いし、髪型も長い茶髪を三つ編みにしたうえで垂らしたものだ。


 おまけに服装もやけに古めかしい民族衣裳に見えるし、私は何を見ているのだろうか……?


「こちらが新たなアニマジン、ティラノ機のバトレックスです、ラケルト中尉」

「これが私の新しい相棒か~!」


 ラケルト中尉と呼ばれた女性は、機械ティラノに興味津々といった様子でペチペチと触れはじめる。


 そんな彼女に機械ティラノはくすぐったそうな顔を向けた。


「ゴルルルルル……」

「私はフィーナ・ラケルト。お前は……そうだ、デュークがいいな。お前の名前はデューク、いいか?」

「ゴウッ!」


 ラケルトによって気さくに名付けられた機械ティラノは、威勢よくうなづく。


 デューク? それは今の私の名前のはずだ。


 それからラケルトは、今名付けたデュークの脚の装甲に何か文字のようなものを綴る。


 あれは私の脚に書かれていた文字、しかも綴られた字体も全く同じだ。


「これでよし。よろしくな、デューク!」

「ゴオウウ!」


 これで確信した、私はかつての自分・・を見てるのだと。


 そうかと思えば急に目の前が砂嵐と共に暗転し、それが晴れた時には周囲が一変していた。


 かつての私が咆哮と共に口から青く太いビームのようなものを放ち、無数の機械ラプトルを一瞬にして消し飛ばす。

 そして辺り一面は青白い炎で埋め尽くされていた。


 かつての私はこれほどまでに強大な力を持っていたのか……!?


 再び視界が暗転すると今度は辺り一面廃虚と化した風景のなかで、白髪が混じり顔に小じわが目立ち始めたラケルトがかつての私の顔に手を触れてこう言った。


「お前はよく頑張った。これからはゆっくりと眠りにつくといい」

「グルルルル……」


 どこか侘しげなラケルトにかつての私は甘えるように鼻先を擦り寄せるが、彼女は突き放すようにこう告げた。


「こんな醜い世界にこれ以上お前を付き合わせるわけにはいかないんだ、デューク。分かってくれ」


 その言葉を最後に、私の視界は真っ白に染まっていった……。




 一瞬迸った電流と共に、私の意識は再び覚醒する。


 視界にはライフルを構えて私を取り囲むように陣取る仮面の連中の姿が。


 どうやら私は不思議な夢からこの現実に戻ってきたようである。


 それはそうと全身が鎖とワイヤーでがんじがらめにされているのか、身体の自由が利かない。


 拘束の鎖を断ち切ろうと力を込めた途端、強烈な電流がまた身体に流れて悶絶してしまう。


「ぐ、あああああああ!!」


「無駄だ、大人しくしてろ!」


 仮面の連中の一人がいきり散らすように私の顔を蹴りつけた。


 こいつ……!


「な、何だその目はぁ!」


 にらみつけたら仮面越しでもそいつの顔が真っ赤に燃え上がるのが見てとれる。


 なんて傲慢な奴なのだろう、それよりもこんなところでぐずぐずしてる場合じゃない。


 鎖を引きちぎろうと懸命にもがくも、その都度高圧電流が流されて抵抗する力を奪われてしまう。


「く……っ」


 苦痛に目を細める私の程近くで、仮面の連中がバッテリーのようなものを囲んで警備に当たっている。


 あれが電流を流すバッテリーか。


 そこへ手をパチパチと叩きながら、装飾が過剰な服装で緑色の髪をした男と、白髪で鼻がやけに大きなふとっちょがやってきた。


「ヒドーラ様っ」


 そいつを見るなり仮面の連中が揃いも揃って敬礼をする。


「これが伝説のティラノ機か。いい面構えだ」

「それにラプトル機などとは機構も全く違いますぞ」

「あんたらは何者だ?」


 私が問いかけると、目の前の二人は大層に自己紹介を始めた。


「自己紹介が遅れたな。我輩はヒドーラ、リバイス団のボスとしてのちに全世界の頂点に立つ男だ」

「わしはオロシ、リバイス団の科学者である」


 見た目といい口ぶりといい、あの二人は悪の組織を束ねるボスと悪の科学者といったところか。


 そんなことを感じたのもつかの間、ヒドーラと名乗った男は手を前にかざしてこう言い放つ。


「ティラノ機の貴様に命ずる、我輩の機体ものになれ」

「断るっ」


 即答だった、なぜ私がこんな悪党の親玉などに従わなければならないのだ。


「私にはハンナという心に決めたパートナーがいるのだ、あんたを乗せる気など毛頭ないっ」

「ハンナ、それは先ほど捕らえたあの小娘のことですな?」

「なっ!?」


 思わぬ口から出たハンナの名前に驚愕する私の前で、ニヤリと笑みを浮かべたオロシが指パッチンをして仮面の連中に何かを差し出させる。


「ハンナ! そこにいるのか!?」


 それは画面がついた小型の通信機で、その向こうでは虚ろな目をしたハンナが膝を抱えて座り込んでいたのだ。


『デューク!』


 どうやら中継で繋がっているのか、ハンナが画面の向こうで鉄格子につかみかかる。


『大人しくしてろ!』

『きゃあっ!』


 しかし向こうの見張りが彼女を突き飛ばし、ハンナが尻餅をついた。


「ハンナ! おい、ハンナになんてことをするんだ!!」


 ハンナへの乱暴な仕打ちに激昂する私を、オロシがあざ笑う。


「見ての通り、彼女は我々リバイス団の手中にある。貴様が下手な真似をすればあの小娘がどうなるか、分かりますな?」

「卑怯な真似を……!」


 歯をギリリと噛みしめる私に、ヒドーラは不敵に笑って命令した。


「改めて命じる、我輩を乗せて世界征服の道具となるのだ」


『デューク、そんなやつの言うこと聞いちゃダメ! ――ああっ!』


「ハンナ!」


 画面の向こうで今度はハンナが見張りに鞭で顔を叩かれる。


 彼女の白い頬を紅の血が伝うが、見張りはさらにハンナの前で鞭を鳴らして威圧した。


「ほら、貴様が首を縦に振らねば彼女はもっと傷つくぞ?」

「貴様ぁ……! ――がああああ!!」


『デューク!!』


 煮えたぎる怒りで身体に力が入るも、やはり強烈な電流で悶絶してしまう。


「ふはははは、貴様の強情もいつまで持つかなあ?」


 下衆に笑うヒドーラを尻目に、画面の向こうで怯えるハンナの姿に胸が締め付けられた。


 くそっ、こんなときに相棒の私はどうして無力なのか……!?


 絶望しかけたその時だった、空から何か小さな点がこっちに向かってくるのが目に映った。


「はわわわわわ、どいてくださ~~~~~~い!!」


 そしてまっすぐに突っ込み、仮面の連中を弾きながら滑るように不時着したのは、ウィルを乗せたクワガタくんだった。

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