ウィルの秘密

 コックピットの中でハンナがVサインをしてキャッキャ喜んでいると、ボギーが肘で私のすねを小突いた。


「ったく、そいつがいるなら最初から乗れってんだ」

『いや~、アタシもデュークに乗って戦ったことなんてないからさー。反射的にいつものスタイルで飛び出しちゃったっ』


 拡声器越しに舌を出すハンナに、ボギーは深くため息をつく。


 そこへカレンとウィルも駆け寄ってきた。


「やっぱりそいつすごいじゃない!」

「はいっ、デュークさんがいてくれたらボクたちも百人力です!」

『えへへ、そんなに誉められたら照れちゃうよ~』

「誉められてるのはお前じゃなくてデュークだろっ」


 ボギーが皮肉ったところで、四人はどっと笑い出す。


「カレンも狙撃であの機械ラプトルを撃ち抜いたではないか。さすがだと思う」

「それほどでもないわデューク。これくらい当然よっ」

「それじゃあ奴に傷ひとつつけられなかったオレは何だっていうんだ」

「あらボギー、こうしてわたしが狙撃に専念できるのもあんたがいつも前に出てくれるおかげなのよ」

「そうですよ! ボクなんかと比べたらボギーくんだって立派な戦力ですって!」

「それもそうだなっ。それに皆が無事でいてくれてよかったぜ」


 カレンとウィルのフォローで、ボギーは軽く笑った。


 やはりこの四人、いい仲間たちだと思う。


 私がそう思っていたら、クリアオレンジのキャノピーを開けたハンナが軽やかに飛び降りた。

 私が適度な高さにまで頭を下げてないにも関わらず、である。


「ハンナ、そんなところから飛び降りても平気なのかい?」

「これくらいへーきへーき! それよりアタシ汗かいちゃった!」


 そう言いながらハンナが胸元のチャックを下ろそうとしたところで、顔を背けるボギーに気づいたのかこんなことを確認した。


「ねえねえボギー、これから水浴びしたいんだけど~」

「好きにしろっ。オレは向こうで休んでる」

「はーい!」


 ボギーがこの場を離れたところで、ハンナは改めて服を脱ぎ始める。


 ――待て、こんな野外で服を脱ぐのか!?


 固まる私のそばでは、ウィルもなぜか目を白黒させている。


「ん、どうしたのウィル? なんか変だよ~?」

「……やっぱりボクもボギーくんのところ行ってます!」


 慌てて立ち去ろうとしたウィルの手を、服を脱ぎ捨てて下着一枚になったハンナが引き留めた。


 黒いチューブトップに包まれた彼女の豊満な胸が、こんなときでもピッチリとその存在感を主張している。

 それでいて腰回りはきゅっとくびれており、肉付きのいい尻と脚も相まって理想的な女体美といえた。


 ――待て待て、冷静に分析してる場合か!?

 しかし彼女の身体を見たおかげで、さっきまでの疲労感が消えたのも事実。

 これは素直に喜んでいいものだろうか……?


 思考回路がショート寸前な私のそばで、ハンナが恥ずかしげもなくウィルを誘っている。


「せっかくだからウィルも一緒に水浴びしようよ~!」

「いや、でもボク……」

「遠慮なんてすることないわよ~。女の子同士でしょ?」


 気づけばカレンも長いブーツを脱いですらりとした脚を見せながら外堀を埋めようとしていた。


「ですからその――」

「それぇ!」


 するとハンナがまごついているウィルのかぼちゃパンツを一気にずり下ろす。


「――へ?」

「うそでしょ……!?」


 下着も一緒に脱がされたウィルの下半身に、ハンナとカレンが目を丸くして言葉を失った。


「あ……ヒヤアアアアアアアアアア!!」


 下半身を露わにされてしまったウィルが、前をおさえてけたたましい悲鳴をあげる。


 もちろん私にもバッチリと見えたわけなのだが、彼女の股間にあるはずのない息子・・が小さいながらもしっかりとついていた。


 そう、ウィルは男だったのである。




 それからハンナとカレンは、ショックで落ち込んでしまったウィルに謝っていた。


 ちなみに二人とも今はきちんと服を着直している。


「ウィル本っ当にごめん!!」

「まさかあなたが男の子だなんて知らなかったわ!」

「……そうですよね。こんな格好してたら誰だってボクのこと女の子だって思いますよね、アハハ……。もうボク結婚できないよ……」


 すっかり心ここにあらずなウィルに、ハンナとカレンの二人は困り果ててしまう。


 そこへボギーが気だるそうに戻ってきた。


「――何だ三人とも。一体何があったってんだよ?」

「あ、ボギー。あのね、実は――」


 ハンナがことの顛末を話すと、ボギーは重くため息をつく。


「前々から気にはなっていたが、やっぱりそうだったのか」

「え~、ボギーは知ってたの!?」


 ボギーの思わぬ反応に、ハンナは目を見開いてビックリ仰天。


「知ってたってわけじゃねえけどウィルの奴、女にしてはなんか違和感があってな。けどこれで合点がいったっ」

「ちょっと待て、仲間の性別のこと誰も知らなかったのか?」


 私の素朴な疑問に答えたのは、リーダー格のカレンだ。


「わたしたちの中でウィルは一番の新顔なの」

「技師として入れてほしいって、あいつがオレたちに頼み込んできたのがほんの二ヶ月前のことだからな」


 なるほど、そのような事情があったのか。


「んっ、と」


 ふと当のウィルに目を向けてみると、彼は自分の頬を叩いたかと思うと泉のそばで散らばっている機械ラプトルの残骸に駆け寄っている。


「やっぱりすごいですね~、デュークさんみたいな機械の恐竜が他にあるなんて思いもしませんでしたよ!」


「ウィル……?」


 さっきまでの落ち込みぶりが嘘のように、ウィルは動かなくなった機械ラプトルに目を輝かせていた。


「さっきのことはもう大丈夫なの……!?」

「カレンちゃん。全く気にしてないって言ったらうそになりますけどね。二人とも悪気がなかったのは知ってますし、こんなことでいつまでも落ち込んでいたってしょうがないじゃないですか。――それよりも見てくださいよ、本物の生き物と遜色のない機構!」

「は、はあ」


 すっかり立ち直ったウィルに、カレンたちは目を点にしている。


「ったく、いつものウィルに戻ってよかったぜ」

「それどういう意味ですか~?」


 皮肉混じりなボギーの言葉にウィルが口を尖らせたところで、四人はどっと笑いだした。


 何はともあれ、この四人の絆に亀裂が生じる事態にならなくてよかったと思う。

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