森の中の泉

 頭のコックピットにハンナを乗せた私は、仲間のジープと並走しながら荒野を進む。


 カレンから聞いた話によると、ここから東のタンタの森という場所で謎の存在について調査するとのこと。


 二本の脚で独りでに歩く恐竜のような機械という情報が今の私そのもので、とても他人事には思えない。

 もしかしたらまだ見ぬ私の仲間が他にいるということだろうか?


『デューク、デュークってば~』

「ん、どうしたハンナ」

『やっと返事してくれた……。何回も声かけてるのに返事しないから~』


 そう言うハンナの頬が不満げにプクーっと膨らんでるのが、スコープ越しに見えてしまう。


「そうだったか。これはすまない」


 考え事をしていたばかりに相棒の声が届いていなかったとは、私としたことが迂闊であった。


 すると隣を走るジープの窓からウィルが顔をちょこんとのぞかせてこんなことを。


「もしかしてボクたちが調査する謎の存在が気になるんですか?」

「ああ、そうかもしれない」

「そうですよね~。デュークさんと同じような機械が他に存在するかもしれないと思うと、ボクもワクワクして仕方がないですから!」

「お、おう」


 やはりこの娘、機械のことになると他とは違う感性を発揮するのだな。

 さすがの私でも彼女の思考にはついていけそうにない。


「機械だろうが関係ねえ、オレたちは仕事を全うするだけだ」

「相変わらずストイックねー、ボギーは」

「うるせえっ」


 助手席に座るカレンの言葉に、ボギーは素っ気なく返す。


 粗暴でやさぐれた少年だと思っていたが、意外と真面目なところもあるのだな。


「あぁん、何見てんだてめぇ」

『ちょっとボギー、デュークにガンつけちゃダメだよ~』

「ちっ」


 仲間同士のそんな会話に耳を傾けながら走っていると、昼前には件の森の前にたどり着いていた。


 どこまでも広がる荒野の中にポツンと点在する森、これがタンタの森というわけか。


 私に停止の指示を出すなり、ハンナがキャノピーを開けてコックピットから飛び降りる。


「ん~っ。やっぱり狭いコックピットの中じゃ身体が凝っちゃうよ~」


 私の目の前で身体をほぐすハンナ。

 続いてカレンたちもジープから降りてくる。


「それじゃあ行くわよ。みんな気をつけてね」

「んなこと分かってるよ」

「も、もちろんですっ」


 カレンの一声で、私たちはタンタの森に足を踏み入れた。


 身体の大きな私が先頭を歩いて下草を踏み均し、邪魔な横枝やつる草を引きちぎってハンナたちが通りやすいようにする。


「ありがとね、デュークっ」

「これくらいどうということはないさ」

「デュークがいてくれるとすっごい心強いよ~! がーんばれっがんばれっ」


 ハンナくらい可愛い女の子の応援とあらば、こちらも男として応えねばというもの。


 気合いを入れて森の道なき道を切り開いて進むと、程なくして小さな泉が姿を現した。


「わ~っ、きれーい!!」


 泉を見るなりハンナがブーツを履いたまま、清らかな泉に足を踏み入れる。


 ピシャピシャと水をはねてはしゃぐ姿は、さながら年相応の初々しい美少女だ。


「なるほど、この泉があるから荒野にも森ができるんですね~」


 ウィルもまた泉の畔でしゃがみこんで感心している。


 ふとカレンが皆に突然注意を呼び掛けた。


「みんな気をつけて、何か近づいてくるっ」


 スナイパーライフルを取り出した彼女の言葉で、ハンナたちもそれぞれの武器を手にして身構えた。


 ボギーは大剣、ハンナは右脚に装着していたホルスターから拳銃を取り出している。


 一方ウィルは私の足元で小さく身を潜めていた。


「あの……護衛お願いしますっ」

「あ、ああ」


 どうやら仲間の中で一番小柄なウィルは、こういう状況では力にならないようである。


 緊迫する空気の中で、向こうの藪から飛び出してきたのは銀色の毛並みをした三匹の狼だった。


「なーんだ、狼か~」


 狼を目にするなりハンナたちは、構えていた武器を取り下げる。


 それもそのはず、目の前の狼たちは中型犬程度の体格で、ハンナたちを脅かす存在にはなり得なかった。


「ガルルルルル……」


 しかしその狼たちは顔にシワを寄せて恐ろしげな唸り声をあげている。


 そんな狼の気迫にたじろいだ私の足を、ハンナが優しくさすった。


「大丈夫だよデューク。ほら見て、尻尾を丸めているでしょ? 怖がってるんだよ、あの狼たちっ」


 ハンナの言う通り、尻尾を丸める狼たちは腰が引けていて、あの唸り声もなけなしの虚勢であることがうかがえる。


 泉を挟んでにらみあう狼とハンナたち、しかしこの均衡は思いもしない形で破られた。


「グーギュルルルルル!!」


 なんと狼たちが来た方向から何かが飛び上がってきて、そのまま一匹を踏みつけたのだ。


「キャイーーン!?」


 甲高い悲鳴をあげた狼を踏みにじるのは、身体が機械でできた恐竜。


「あれは!?」


「デューク、じゃあないよね……?」


 目を見開くカレンと、私と奴らをチラチラと見比べるハンナ。


 確かに強靭な二本脚で立つその姿は、私と同じ肉食恐竜として遜色のないものだ。


 しかし奴らは私よりもいくぶんか小型で細身。


 それでも足の爪は鋭く尖っていて、踏みつけた狼の脳天をやすやすと貫いている。


 私がティラノサウルスならば、奴らは俊敏なラプトル恐竜といったところか。


「キャーーーーン!!」


 仲間を踏み潰されて逃げ惑う二匹の狼たち、だが機械ラプトルは一体だけでなく次々と姿を現しては狼たちを難なく捕まえていく。


「グーギュルルルルル!!」


 そして奴らは捕まえた狼をそれぞれなぶるように弄んだ。


「う、ウソ……!」

「なんてことなの……!?」


 機械ラプトルの残虐極まる行動に、ハンナとカレンは揃って言葉を失う。


 しかし私の目には少し異なって映っていた。

 あれは悪意ではなく単なる好奇心というか遊び心がもたらした行動だと見える。


 同じ機械恐竜として、私にはなんとなくそれが伝わったのだ。


「グギャーーーーーッ!!」


 程なくして息絶えた狼に興味を失ったのか、続いて機械ラプトルたちは我々に吠えた。

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