第7話 一歩前に進むために

 『冤罪の真実~こうして少年は万引き犯にされた!~』の動画が拡散されてから、僕の周りに変化が訪れた。


 まず、両親が僕に頭を下げた。

 下げてくれたけど…僕はその場で「許す」と言う言葉を言えなかった。

 動画を見て帰宅してくれた兄さんがその場に同席してくれて、両親にぼくの気持ちを代弁してくれた。


 今は両親と面と向かって話せない、と…。

 信じてもらえなかったことで傷ついているのだ、と…。


 兄さんに話す形で、今後のことも話した。

 学校には行けない、行きたくない、と言っら


 「行けるときだけでいいから『フリースクール』にいってみないか」


 と、兄さんから提案を受けた。

 僕の答えは「考えてみる…」だったのに、兄さんも両親も嬉しそうにしていた。


 それから、あの本屋の店長と僕を捕まえた店員が謝罪に来た。


 両親と兄さんとフリースクールの話を終えたタイミングの来訪だったので、僕は部屋に戻り、両親と兄さんが対応してくれた。


 正直両親と同席していると思った以上に疲れたみたいで、僕は部屋に戻るなりベッドに身体を投げ出し、横になっていた。



コンコンコン

「総、ちょっといいいか?」 


 30分ほどして健兄さんが部屋を訪れた。


「入っていいよ、兄さん」


 僕は横になったまま答えた。

 兄さんもベッドに腰かけ、僕の目の前に封筒を差し出した。


「これは?」

「『見舞金』だそうだ」

「見舞金?」

「あの本屋の対応も冤罪を受けた少年が引きこもる原因になった、と今相当バッシングされているらしい」

「でも、本屋も同級生にだまされたわけだし…僕は本屋だけが悪いとは思っていないよ。あの本屋には二度と行きたくない、とは思うけど…」


 僕の答えに健兄さんが笑みを浮かべる。


「行きたくないと思うほどには店も総を傷つけていた、ってことじゃないか?」

「そうかな…」

「本屋も言わば被害者だと俺も思ったよ。だから見舞金を受け取った」


 被害者だと思ったから見舞金を受け取った?


「なぜ?」

「店側は冤罪被害者の少年に謝罪した、という事実が欲しかったんだよ」

「謝罪した事実?」

「そう、バッシングから逃れるためにね。このままだと店がヤバいから」

「あ……」

「謝罪のために訪問して見舞金を受けってもらった、って公表したいんだろ、って言ったら『誠に勝手ながらお願いいたします』って頭下げてきたから了承した。総の意見聞かなくて悪かったな」

「健兄さんが相手を見て決めたんだから、僕はいいよ」

「そうか…ただし、街中で弟にあっても接触しないこと、って条件は付けといた」

「兄さん…」


 兄さんの気遣いが嬉しかった。


「兄さんにしては上出来だよ」

「なにお!」


 半ばふざけて笑いあった。

 こんな風に笑える日が来るなんて、引きこもったあの日からは想像もできなかった。


「で、この見舞金の使い道なんだが…タブレットパソコン買ったらどうだ?」

「タブレットパソコン?」

「ビートボックス続けたいんだろ?」

「続けたい!」


 それは、ハッキリ答えた。


「一人でもできるし楽しいんだ!それに、ビートボックスに出会っていなかったら僕はまだ引きこもっていただと思うし…」


 答えた僕に健兄さんはうなずいてくれた。


「父さんと母さんにも総がビートボックスにハマったこと言ったよ。『ビートボックス?』てよくわかってなかったみたいだったけどね」

「だろうね」


 二人して苦笑する。


「見舞金で練習動画を見るタブレットパソコン買ってやりたい、て言ったら賛成してくれたよ」

「本当に!?」

「もし見舞金で足りないなら父さんが出してくれる、とよ」

「マジで…?」


 信じられなかった。

 あの、父が?嘘だろ?


「スマホも中学生には早い、って持たせてくれなかった父さんが……」

「父さんも総が前に進む手助けをしたいんだろうな…最初に総を信じてやれなかったから、なおさら……」


 両親はまだ普通に話せないけど、僕がビートボックスを続けるのを応援してくれるって知っただけで、さっき話した時と感じ方が全然違った。


 健兄さんは僕をささえてくれている。

 両親も変わってくれようとしている。


 僕も一歩前に進むために勇気を出してみようか。


 そう素直に思えた。


「兄さん…次のお休みいつ?」

「3日後が休みになってるけど?」

「僕と一緒にタブレットパソコン見に行ってもらえるかな?」


 兄の顔にぱあーと笑顔がひろがる。


「もちろんだ!愛する弟よ!!」


 がばっと僕に抱き着いてきた。


「うわっ!やめっ!抱きつくな!ウザイ!」


 じゃれつく兄を押しのけようと腕に力を入れながら、一歩前に進むために勇気を出して良かったと僕は思っていた。

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