第4話 おすすめの『ビートボックス』

 兄がいなくなると、僕は机に向かいバッグからノートパソコンを取り出した。

 白いノートパソコンは誰かが使っていたとは思えないほど綺麗だった。


 これといって検索したかったこともなかったので、ブックマークバーにあった動画サイトを開く。


「リョウさんの好みかなぁ」


 おすすめにはボカロ曲、ダンボール工作、猫、ゲーム、Jポップなどいろいろ上がっていた。


「そう言えばボカロのソフト入っていたんだっけ」


 おすすめのボカロ曲をクリックしてみる。


「へえー結構いいじゃん」


 最近はボカロ曲を生み出しているボカロPと呼ばれる人達がJポップでも活躍していて、何曲かはボカロの曲を聴いたことがあった。

 改めて聴いてみると心に訴える歌詞と曲に感心する。

 他の曲も訊いてみようかみようか、とスクロールしていたら、見慣れない言葉にカーソルが止まった。


「ん!これはなんだ?ビートボックス??」


 初めて見る『ビートボックス』に興味をかれクリックしてみた。


 軽い前置きの後に始まるパフォーマンス。


「うわっ!」


 僕は驚いた。

 目の前に流れる音の波。

 楽器もなく人の口のみで奏でられていく音。

 4人しかいないのに音は厚く深く心をえぐってくる。


 アカペラでボイスパーカッションというのなら知ってたけど、ビートボックスというのに触れたのは初めてで、衝撃的であった。


「なんだ…これは…」


 動画の再生が終わり画面が止まったのに、僕は動けないでいた。


「スゴイ…」


 なかば放心して止まった画面につぶやく。

 本当に驚いた時、人はありきたりの言葉しか出ないんだと実感した。


 ふぅーと息を吐き力を抜く。


 万引きの冤罪を受けたことも、両親に信じてもらえなかったことも、同級生に冷た

い目で見られたことも、引きこもっていた思いも何もかも、ビートボックスが流れているうちはどこかに行ってしまっていた。


 止まった画面を閉じようとして、関連動画に『ビートボックス講座』の文字が

あるのに気付く。


「ビートボックス講座…僕にもできるようになるのかな……」


 部屋に引きこもって以来初めて何かをしてみたいと思った。

 カーソルを操作してクリックする。


 動き出した動画に習いビートボックスを始めてみた。


「うっ…なかなか難しい」


 ビートボックスもどきなら僕にも音が出せる。

 でも、初めて見たビートボックス動画の音には遥かに及ばない。


「そりゃそうだよなぁ…今始めたばかりだものなぁ…」


 でも、もっと何かをやってみたい、と思ったのは引きこもってから初めてだった。


「知らない世界を教えてくれたパソコン…本当に幸運をもたらしてくれる妖精が住んでいるのかも…なんてな」


 僕は思いながら、新たなビートボックス動画をクリックしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る