「隊長」


 預かりを開始して二日目。

 ホームの通路を歩いていると聞き慣れない声に呼ばれた。俺かどうか分からなかったがひとまず振り返る。その先に、やはり見慣れない顔がこちらを見てニヤニヤと嗤っていた。

 ああ、あの白い彼の相棒だ。

 こちらは染髪したように赤い髪をしている。ブルーグレーの狼のような双眸に、嗤った口からギザッ歯が覗いていた。相棒と違って顎髭もなく整った顔立ちをしているはずなのだが、嗤い方のせいか、これを見て最初に好印象を抱くのは難しそうだ。


「俺でいいのか」

「預かりとなった隊の隊長だ、俺がそう呼ぶのはお前しかいないだろ」


 はい、で終わる回答をいやに長い言い回しで返してくる。お、なんだお喋りな男だな。

 そうか、と頷く俺の傍らまでやってくると、しげしげと見下ろされた。


「相棒から聞いていたが、黙ってると本当に子どもと間違いそうだな。

 これで一隊の隊長で、俺たちより年上になるとは、データを三度見したわ」

「相違ないぞ、たしかだ」

「恐れ入るよ」


 と言うものの、絶対そうは思ってないな? と感じざるを得ない口調だ。なお、この男とはこれが初対面であり、初めての会話である。印象最悪から始めたいのか。

 いつもならこんな感じで絡まれるとさっさと会話を切り上げて立ち去るのだが、今回ばかりは相手が調査対象である。できるだけ会話はしておきたい。


「何か用だったか」

「ああ、アルパカを見なかったか」

「なんでだよ」


 なぜごく自然にらくだの仲間を見ていると思ったんだ。

 盛大に眉を寄せてしまったらしく、相手は俺を見て嗤った。


「ああ、すまん、俺の相棒のことだ」

「なんて呼び方してんだお前は」

「似てないか、頭のあたり」

「逆に頭以外に似てるところが無いだろ」

「可愛いと思ったんだがな、アルパカ。まあいい、見てないか」


 そう質問されながら、しかし大して期待をしていないようにも聞こえた。なにか別の目的が後ろにあるような。なんて思ってしまうのは、彼の第一印象に引っ張られ過ぎているだろうか。

 俺は多少警戒をしつつも、「見ていない」と返した。

 すると、相手は俺が持っているものを指す。


「そのスヌード、あいつのだろ。

 前にお前に貸したと言っていたが、これから返しに行くってことか」


 俺が持っていたのは、降雪の中庭で借りた白いスヌードだった。結局あの日、段ボールを設置した後に返そうとしたのだが、寒いからそのまま部屋まで戻って欲しいと言われ、巻いたまま持ち帰ったのだった。

 洗って返したいと思いつつ下手に洗って縮んでしまったりするのが怖かったので、素直にクリーニングに出したのだが、その後しばらく遠征やら年末やらで取りに行けずに今日まで来てしまった。

 彼の指摘に俺は頷いた。


「ああ。長いこと借りてしまってすまない。洗いに出してたら取りに行くに行けなくなってしまってた」

「構わんよ。他にもいくつか作ってたからな」

「つく、…… てた?」


 ん? なんか今、ちょっと理解が飛んだぞ。

 俺の動揺に彼は鼻で嗤う。


「男でも編み物くらいする。自分の文化に無いからってそんなに驚くな」

「編み物するというか、デザイン可愛くないか」

「なんだ、可愛いといけないのか。そもそも可愛いと思うのはお前の文化に照らし合わせて言っているだけじゃないのか。もしかしたら俺たちの文化ではそれは標準のデザインかもしれない。ではまあ仮に、あらゆる価値観の上でもやはり可愛いデザインであったとして、それを自分の相棒に贈るのはそれほど戸惑うことか。自分が良いあるいは好いと思ったものを愛する人間に贈り与えるのはそれこそすべての文化の上で共通する概念だと思っているのだがなあ」

「ちょ、ま、っ…」


 いや喋り過ぎでは! てかお前さらっと愛する人間と言ってきたな、そしてなんで俺はちょっと窘められてるんだ。

 相棒がアルパカならば、さしずめこの彼は九官鳥としておこう。これからお前は九官鳥だ。

 と思いつつも別に馬鹿にしてるわけではなく(若干引いたかもしれないが)、純粋に文化の違いとやらに驚いているだけなのだ。だが、どうリアクションしても失礼になってしまいそうである。もはや言葉にできない。

 という俺の様子を、九官鳥はニヤニヤと眺めており。

 こいつ確信犯なんじゃないのか実は。


「まあまあ、つまりお前もそのスヌードを返したいんだろ。あいつがいそうな場所は分からないか」

「相棒のお前の方が分かるんじゃないのか」

「邪険にするなよ、俺と話したいんじゃないかと思って気を遣ってやってるんだ」


 邪険にしたつもりはないのだが、続いたその言葉に俺の方が驚いた。ぎょっとしてブルーグレーを見上げると、確かに口は釣り上がって嗤っているのに、その目はちっとも緩んでいないことに気付く。

 観察しているのだ。俺を。何一つその反応を見逃さないように。


「調べているのが自分ばかりだと思うなよな」


 そうして、ほら案内しろ、とでも言うように頭を軽く振る。

 ごもっともであるが、氷で心臓を貫かれたような気分だった。




 中庭なのではないか、と俺が提案すると、そんなところだろうな、と彼も頷いた。本当に俺に話しかけるためだけに尋ねただけだったらしい。

 隣を歩く男は、やはり相棒… アルパカと同じくらいの背丈であるようだ。頭一つ分ほど高い。

 アルパカがパーカーにスウェットであるのとは逆で、こちらはしっかりと糊の効いた白シャツに灰色のスラックス、おまけに革靴である。タイを締めてはいないものの、ラフとはいいがたい。どこかで会議でもあったのか、これからどこかへ向かうのか。

 隊預かりとなったと言ったところで、彼の持っている仕事が劇的に変わるわけでは無い。


「聞いてもいいか」

「そのための時間だ。中庭に着くまでに整理が付くといいな」


 鼻で嗤って、九官鳥が言う。さらっと中庭までの期間限定を食らったのか、今。

 そんな約束を守らなくてもいいのだが、そう言われてしまうと焦ってしまう心理が働く。俺は慌てて彼に質問を飛ばした。


「なぜ『ナックブンター』を預かり先に選んだ。お前と相棒なら、もっと大きな部隊を選ぶこともできただろう」

「自分の隊を卑下するなよ」

「事実を言っている」


 せせら笑うような九官鳥に、間髪入れず返した。そこは即座に否定しなければならない。


「余剰を含め自分たちに必要な分しかない。イレギュラーに増えた人員を擁することができるほどの隊ではないところで、お前たちがやりたいことができるのかどうか、て話だ」

「人の好い話だな」


 端的に鼻で嗤われたので、俺は訝し気に彼を見上げた。すると、九官鳥もまた俺を見下ろして、おや、とばかりに眉を上げた。


「なんだ、本気か」

「なんだよ」

「厄介払いのために言われてるのかと思っただけだ」


 九官鳥の答えに、俺はぽかんとしてしまった。なんでそうなるんだよ…

 俺を見下ろす彼の眼差しは、冷たくは無いが暖かくもない。温度の無い視線でこちらを見ている。…… たとえば、彼らがこれまで扱いを受けてきたならば、俺の言葉を受け取る姿勢がそうなっててもおかしくはない。

 先ほど、向こうも俺のことを調べていると言っていたが、『ナックブンター』の隊員の経歴を見てもらえれば、どれだけカオスなのかは分かってもらえると思うのだが。


「そりゃ、厄介払いではなくて、これ以上目立ちたくはないという思いはあるけどな…

 こちらだって仕事で請け負ったことだ。なおざりなことはしない」

「なるほどな」

「お前がどう思おうとも結構だが、二人の目的が分かるのであれば、もっと相応しい隊を案内することもできると言っている」


 持ち掛けてみると、九官鳥は、そこで初めてブルーグレーを細めた。「相応しい、な」

 俺を見下ろしてニヤニヤと嗤う。なにか変なことを言ってしまっただろうかと自分の言葉を反芻してみたが、とくに見当たらない。

 少し不安になりかけたところで、彼はひらひらと手を振った。


「そういうことなら心配するな。ただ足が欲しいだけだ」

「足、とは」

「お前の隊の作戦に入れろと言っているんじゃない。俺たちはこれまで通り自分たちだけで仕事をする。

 そこまでの足が欲しいと言っているんだ」


 作戦場所まで運べということか。早々都合よく派遣先が近いなどあるだろうか。少し疑問に思ったが、相手がそれを目的としている以上、まさか「見当違いでした」というわけでもあるまい。


「『ナックブンター』は多くの戦場に赴き、ここまで確実に帰還している。

 途中で足が無くなっては困るんだ」

「なる、…… ほど ?」


 戦線を共にしないならば足が無くなったら別の足に… としても良い気はするが。その最初の足が我々だった、と言われればまあ、分からなくはない、か。

 納得できたようなできないような、釈然としない感触はあったが、それらを整理する前に中庭に到着してしまった。

 期待通り、中庭の木陰に白い背中が見えた。


「アルパカ」


 傍らから明るい声が掛かる。ちょっと驚いて九官鳥を見てしまった。さっきまでの冷笑的な響きはない。

 相棒を呼ぶのだ、そりゃそうか。てか、やっぱりアルパカって呼ぶんだな。

 呼ばれた方も呼ばれた方で、違和感無さそうな様子で振り返る。しゃがみ込んだまま、頭だけ。…… 何かを抱えている。

 九官鳥も相棒の様子に気付き、足早に彼へ近づいた。その後を追い、彼らの背後から覗き込むと──


 アルパカは、一匹の猫を抱えていた。

 おそらくその猫は、もうすぐ死を迎えるのだ。

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