「今日は保護者はいないのか」


 列車襲撃作戦後である。

 直属上官の執務室に入るなりずいぶんな挨拶である。重厚なデスクから突き刺さる半分以上嫌悪感を含んだ眼差しは、俺が曲がりなりにも傭兵小隊『ナックブンター』の隊長であり、実情、本隊にとって厄介極まりない存在であることと無関係ではないだろう。


 我々が所属しているのは、某国の国軍。世界有数の規模を誇り、現状では各国が保有する軍の規模・設備において頭一つ抜きんでている。

 我々はもっぱら「本隊」と呼んでいるが、確かちゃんとした名前があったような無かったような。

 抱えている傭兵隊の数も多いし、大小さまざまだ。母体が大きな軍に付くのは当然で、単純にお給金が安定しているからである。

 その中で、我々『ナックブンター』という傭兵部隊は人数も30人に満たない程度の小隊規模。他の部隊と比較しても小さい方だ。


 その小さく身分も無い集団が、厄介な理由は。


「先日の作戦の情報操作で外に出ています」


 素直に『副隊長保護者』がいない理由を告げると、半分の嫌悪感はしっかり満タンになった。仮にも自分たちの不始末を洗ってやってる人間に対する態度ではなかったが、そのくらいの温度で良い気もしている。

 切り捨てるときに気持ちが楽だからだ。

 我々だけでなく、本隊と傭兵部隊は、同志ではない。我々にとっては本隊はお得意様ビジネスパートナーの一つである。

 向こうはなんか、適当にお金を払うと使える都合のいい資材くらいに思ってるのではないかと。


 数ある傭兵部隊の中でも、『ナックブンター』はかなり毛色が違う。

 小回りが利くというところが多分にあるが、本隊の都合の悪い部分の掃除であったり特殊技術の要する作戦をお値打ち価格で承っている。一部運用を外部委託されてもいるので、つまり、本隊の内情に異様に詳しいのだ。

 まあ、得体の知れない相手に委託せざるを得ないお宅のスキル内容もどうかと思うが、嫌悪感を向ける気持ちも分からないでもない。痛いところを掴まれてるもんな。

 もちろん、その痛い部分と一緒に我々が切り捨てられる可能性は大いにあり、そういうわけで、気持ちの上でしっかりと分けておきたいのだ。

 切り捨てる素振りが見えれば、その前に、躊躇なく釘を刺した上で切り捨てられるように。


「この間の受け入れの件だが、本日より開始する」

「入金確認は済んでおります。相違ありません」


 胡乱気な眼差しが送られたが、言いたいことは分かる。初めに保護者の存在を気にしていたし。


 例のバディの受け入れについて、副隊長とは合意を確認している。

 ホームに戻ってから話そうと言っていたのだが、列車襲撃の後、帰路に就く直前に腕を引っ張られた。




 列車襲撃は、若干のイレギュラーイベントがあったもののほとんどオンスケジュールで完了した。ということは、どこかで巻き返しがされていたのだ。まだ詳しくは聞けていないが、おそらく副隊長の采配だったのだろう。

 自隊の欠員もなく、今回も完璧にお仕事したなあと一息吐いていると、ぐっと腕を引かれた。

 振り仰ぐと、暗い空色の眼差しが落ちてきた。


「手短に話がしたい」


 そう言うと、俺の承諾を待たずぐいぐいと引っ張られてしまう。帰路の荷運びをしていた部下たちが、心配そうにこちらを見ていたので「問題ない」とひらひらと手を振っておいた。

 部下たちを視認はできるが声は届かないあたりで腕は解放された。


「なぜバディの受け入れを承諾した」


 副隊長の声は詰問の形をしてはいないが、「承諾すべきでは無かった」と言っていると思って間違いないだろう。

 俺はうん、と頷いて答えた。


「お金がもらえる」

「いつから拝金主義になったんだ」

「お金はあって困らないだろ」

「俺の言っている意味が分からないのか」


 四角い額の下で眉が寄ってしまったので、俺は軽く頭を振る。そうして、指を三本立てた。


「おとといにお前と話して、ポイントが三つあるとは理解した。

 一つ目、得体が知れない。彼らの個人的な情報を我々はほとんど持っていない。噂話と、彼らの正式な立場だけだ。

 そのため二つ目、目的が不明。彼らが何のために本隊に属しているのか分からない。二人部隊だなんて映画みたいな話しがまかり通っている、通している。相当の理由が無い限りできはしないし、しようとも思わんだろう。

 最後に三つ目、『ナックブンター』を選んだ理由が不明。相当の理由があるにも関わらず、人員設備が豊富であるとは言えないココを選んでいる。我々が気づいていない理由が、我々の側に存在する可能性が高い」


 そこで一度切り、副隊長の反応を窺った。とくに異論が無いようなので、自分の認識は正しかったようだ。よかった。

 副隊長が気にしているのはもうほとんど最後のポイントだろう。

 ならば、解決策もばっちりだ。


「基本的に、本隊の仕事を断る選択肢は無いはずだ。受けた仕事を自隊への利潤に最大限変えてこなす。

 その方針に違いはないな?」

「引き受けたときのリスクを鑑みて、という前提がある。今回の話しは不明確な点が多い。不明確はリスクだ、そのリスクの割合に対してどの程度利潤に変えられるというんだ」

「利潤については、少なくとも前金を受け取っているはずだ。戻ったら確認する」


 前払いにしておいて良かった。「断る選択肢は本当に最初から無かったんだな」 すいませんでした。

 じとりとした声音が降ってきて、これには俺もそっと視線を外してしまう。その俺の顎を大きな手がわっしと掴んで自分の方へと戻した。

 そうして、上体を屈めるとしっかりと俺と目を合わせる。


「何か入り用があるのか。そこまでして欲しい金額だったか」


 青い眼差しに心配そうな色が浮かんでいた。その光を見つけて、俺は小さな安堵とどうしようもない申し訳なさを感じた。

 顎を掴んでいる彼の腕をそっと押しのけて笑う。


「お金はあって困らないって言っただろ。それだけだ。なにか明確な金額があるわけじゃない。

 それに、あの二人を迎え入れるには破格だなと思っている」

「何を根拠にそんなことを…」

「そこまで手の付けられない厄介者でもないと思うんだよなあ」


 その二人の顔を思い浮かべてみるのだが、やはり噂で聞くほどの人間とは思えない。

 副隊長は深いため息を吐いて、今度は俺の両肩に重く手を乗せて掴んだ。


「正常性バイアスという言葉を知っているか」

「概ねのところは。

 まあ、だから俺の勝手な想像に隊を付き合わせるわけにもいかない。お前を含め、部下に二人を近づけさせるのは良くない」

「……… おい、待て」

「二人に伴うリスクが軽くなるまでは、俺が二人の監視と調査をしよう」


 今ここで明確になっているのは前払いで受け取っている金額である。それに対してリスクがどの程度であれば、差分で利潤となるかという話しだ。

 不明確は不明確だが、

 そこさえ明かしてしまえばいい。


 どうだろうか! と胸を張って副隊長を見上げてみた。

 すると、返ってきたのは実に端的な一言だ。


「どうしてそうなる…!」



 ─── とまあ、手短と言いながらその後もしばらくやり取りが続いたわけなのだが、最終的には一週間で調査をし切る、という妥協点で合意に持ち込んだ。

 一週間が過ぎても解決できなかった場合は、そのまま副隊長に引き継がれる。二週間欲しいと強請ってみたが、そこは譲られはしなかった。




 上司のデスクの向こうから差し出された資料。

 いまどき紙媒体に落とし込んでくれたらしく、クリップで止められた数枚の資料を受け取る。

 例のバディの個人資料だ。それぞれ二枚ほどしかない。必要最小限の情報しかないということだ。


「彼らの籍はあくまで本隊にある。指揮権はこちらが持っているということだ、勘違いするなよ」

「では、本隊でそのまま預かればよいのでは」


 なぜ負け戦となる方向に喧嘩を売って来るのかよく分からず、俺が返したのは素直な疑問だけだった。のだが、相手は苦々しく口を閉ざしてしまう。そうなるって分かってたじゃん…

 そうなると分かってても、あくまで彼らの管理を握っていると言いたいようなのだ。この二人を手放したくないと思うのは分かるけども、それならば本人たちの意志を無視してでも繋いでおけばいいものを。


 そう。『ナックブンター』預かりにしろ、というのは本隊の本意ではない。

 このバディの要求なのだ。

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