第16話 暗部

 夕食が終わったら、わたしはすぐに用意してもらった部屋に下がった。


 若奥様を休ませたかったのもあるし、今日のことを記憶が鮮明なうちに記録しておきたかったからだ。


「魔女様。なにかありましたら遠慮なくお呼びください。隣の部屋がわたしの部屋ですので」


 館の三階は住み込みの部屋なようで、ミルがわざわざ隣の部屋にしてくれたようだわ。


「うん。ありがとう。なにかあれば呼ばせてもらうわね」


「はい。では、お休みなさいませ」


 ミルが戸を閉め、わたしはすぐに記録を開始した。


 机に向かいながら書に写していると、手紙が転送されてきた。


「あら、もう返事がきたのね」


 明日くらいに返事はくると思ったのに、まさか出したその夜にくるとは思わなかった。上層部も村人さんの影響を受けてるんだね~。


 手紙には明日昼過ぎくらいに偽装した馬車でいくと書いてあった。


 誰がくるかまでは書いてないけど、暗部が動いているそうだからすべて任せて大丈夫のようね。


「もうきてるかもしれないわね」


 近所の目もあるし、街には黒徒こくとが──あ、そのこと書いてなかった。あ、でもまあ、暗部ならわかっているでしょう。陰から大図書館を守る組織だしね。


 手紙をもう一度読み直してから証拠隠滅で手紙を灰にした。


 記録を続け、カメラの画面を見ながら料理の絵を描き、睡魔が襲ってきたらそのまま眠りについた。


 ──トントン。トントン。


 なにか音がして意識が覚醒し、寝ぼけ眼で上半身を起こした。な、なに? もう朝なの?


 部屋を見回すと、窓に仮面をした同胞がいた。も、もしかして、暗部の人?


 慌てて寝台から飛び降り、窓を開けた。


「休んでいるところ悪いわね。明日の準備のために作業させてもらうわ」


「は、はい。わかりました」


 暗部の存在は知っていても付き合いはまったくないし、役職(?)はわたしより上。いや、どのくらい上かも知らないけど、暗部の命令は絶対だと教えられている。新米魔女にどうこう言える存在ではないわ。


「家主を起こしますか?」


「いえ。しなくていいわ。明日の下準備だからね」


 だったら手紙に書いて欲しかったです。なんて言えるわけもなし。続々と入ってくる仮面の暗部の邪魔にならないよう壁の前に立った。


「役目は順調のようね」


 寝台の上にあった書や絵を見た暗部の一人が声をかけてきた。この人が下準備班の頭だわ。


「はい。まだ二日なのにたくさん知ることができました。あ、市場で黒徒を見ました。おそらく近所に住む者かと思います」


 報告を忘れたら叱られるのでしっかり伝えておいた。


「黒徒をわかるとか、さすが館長が許すだけはあるわね。旅が終わったら暗部に推しておくわ」


 わ、わたし、そんな裏でコソコソできる性格ではありませんよ!


「そう怖がることはないわ。あなたたちの留学で外を知る者も必要とわかったからね。表に立つ者が必要なのよ」


 それはもう暗部ではないのでは?


「ふふ。さすが村人殿が認めただけはあるわね。賢くてなによりだわ」


 なんだか過大評価されてる気がしないではない。わたし、器用ではあるけど、賢いと賞されるほど賢くないわよ。


「二ノ一。館に結界を仕掛けました」


「わかりました。近所に黒徒がいるようだから探り出して」


「わかりました。三ノ班に当たらせます」


 なんと言うか、わたしが聞いていいことなんだろうか? 将来、わたしを暗部に入れるから構わないと思ってる? いや、暗部のすることは口が裂けても言えないけどさ!


「手紙にも書いたけど、医療部が当たるわ。あなたは補佐をすること」


「わかりました。邪魔にならないよう補佐させていただきます」


 それはわたしの管轄ではない。他の担当の邪魔はしたりしないわ。


「外に三ノ班、四ノ班がいるけど、あなたはあなたの役目をまっとうしなさい」


「はい。わかりました!」


 元より暗部の邪魔などしようとも思わないし、関わる気もない。わたしの役目を全力でまっとうさせていただきます!


「あなたとは長い付き合いになりそうね」


 暗部と長い付き合いなどゴメンであるが、なんだか長い付き合いになりそうな予感がひしひしと感じるわ。食は人と人の繋がり。きっとこんなことが起こるでしょう。


「あ、館長より伝言。連絡は密にしなさい、とのことよ」


 わたしの役目、食を記録することだよね?


 なんだか密偵のような役目を押しつけられてるようにしか思えないんですけど。


 ではと、暗部の人たちが窓から出ていった。


 完全に暗部の人たちがいなくなってから膝から床に崩れ落ちてしまった。


「ハァー。今日一番疲れたわ……」


 どっと出た汗を流すためにお風呂を展開し、熱いお湯で気分を落ち着かせた。

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