第3話 お茶

 女の子の家は、一般的に見れば大きいのでしょう。


 住み込みの針子もいるようで、数十の人の気配を感じる。


 街に出て思ったけど、人の魔力が薄くてぼんやりとしか感じない。大きな力を感じなくするより小さな力を感じる技術のほうが難しいとは本当ね。街に出て鍛えろ、を痛感させられるわ。


「ただいま、おかあさん」


 これだけ大きい家でも玄関と言うものはなく、ドアを開けたそこは居間みたいなところで、部屋の真ん中に大きいテーブルがあった。


「あら、ミル。お帰りなさい。お休みもらえたの?」


 部屋には中年の女性が三人と男性が二人、しわくちゃなおばあさんがいた。


 女の子はミルと言うのか。で、お帰りと言った女性が母親。中年の男性のほうが父親。クッションが敷かれた椅子に座るのは祖母。他は針子、ってところかな?


「あら、そちは?」


「大図書館の魔女様だよ。道で転んでたところを助けてくださったの。泊まるところがないとおっしゃるからお礼にとお誘いしたんだ」


 やはりミルはどこかのお屋敷で働いているみたいね。所作が上品だし、口調が所々使用人言葉になってるよ。


「大図書館の魔女?」


「はい。大図書館の魔女、ライラと申します。世の食を書に残す旅をしております」


 まあ、まだオボロ鳥の焼き串しか写真に収めてないけど、もう何年もやっている体で挨拶をした。ハイ、見栄です。


「魔女、本当にいたんだね」


「ふふ。大図書館の魔女は滅多に外に出ることはありませんからね」


 じゃあ、なんで帝都の人々が知っているかと言えば、薬を売ったり病気を治したりしてるから。それでお金を稼いでいると、最近知りました。


 ……小さい頃から大図書館にいたのに大図書館がどう成り立っているか知らなかったのだから世間知らずだったわよね……。


「魔女様。席へどうぞ。おかさん、お茶をお願い」


 そう言うと、椅子に座るおばあんのところへと向かった。


 祖母と孫か。まっとうな家族も家庭も知らないわたしには共感することはできないけど、人を思う気持ちは知っている。この家の人たちはいい関係を築いているのでしょうね。


「魔女様。お茶をどうぞ」


 差し出された木の器になににか黒い液体が入っており、香ばしい豆の匂いがした。


「これはなんてお茶なんですか?」


 初めての香りね。帝都でよく飲まれるものなの?


「南部地方でよく飲まれる豆茶です。姉があちらに嫁いで、時々送ってきてくれるんですよ」


 南部は帝都から見て南の地を指す。田畑が広がる地だったはずだ。


「南部ではこのようなものが飲まれているんですね」


 あとで書き残しておかないとね。毎日、日誌をつけることも命じられているんです。


「美味しい」


 豆がお茶になるとは夢にも──いや、コーヒーも豆だったわね。豆はお茶に適したものなのね。


 この味なら甘味を加えてもいいかもしれないわね。あとで試してみよう。


「これは南部にいけば手に入るものなんですか?」


「はい。日常的に飲まれるものなので簡単に手に入りますよ。少し、お分けしますか? 最近、紅茶を飲むようになって余っているんです」


 紅茶か。きっとゼルフィング商会が売り出したのね。紅茶は帝国で栽培されてないものだからね。


「では、交換しませんか? わたしも紅茶が余っていますので」


 大図書館でも紅茶を飲むようになって、大量に購入している。いつでも飲めるようにとティーパックを三百ばかり収納鞄に入れてきたのよ。


 収納鞄から五十パック入りの箱を一つ取り出した。


「これが紅茶なのですか?」


「はい。すぐ飲めるようにしたものです。カップを一つ、よろしいですか?」


 カップを出してもらち、包み紙からパックを出してカップに入れる。


「糸がついた紙はカップから出してくださいね」


 指先からお湯を出してカップに注いだ。


 ……ふふ。お湯を出す魔法もお手の物になったわね……。


 最初はなんの役に立つのかと思ったけど、やってみるとなかなか便利な魔法だったわ。


「どうぞ」


 ミルの母親へとカップを差し出した。


 戸惑いながらもカップを受け取り、恐る恐る紅茶を口にした。


「……美味しい……」


 よく飲んでいるようで、紅茶を美味しいと感じる舌になっているようね。


「五十個入っていますので、しばらくは楽しめると思いますよ」


 まあ、何人で飲むかわからないけど、五十パックもあれば数日は楽しめるでしょうよ。


「よろしいんですか?」


「はい。紅茶はよく飲んでるので構いませんよ」


 と言うことで豆茶と紅茶を交換した。で、これ、どうやって飲むんです?


「飲むときは豆を砕いて、濾してて飲むんですよ。欠片が残ると苦くなるから注意してください」


 粉にしたものと濾す布も見せてもらった。


「この豆は焙っているんですか?」


「はい。緑色がこのくらいに焦げれば美味しくなります」


 フムフム。なるほどなるほど。焦がし方にあの香ばしさの秘訣があるのね。やはり南部にいったときに購入しましょうっと。


 頭の中で試していると、ミルに声をかけられた。


「あ、あの、祖母をみていただけませんでしょうか? 目が悪いんです」


 ミルからおばあさんへと目を向けた。


 なるほど。そのためにわたしを連れてきたのね……。

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