chapter4. 希望ってなんだろう

第19話 想定外の結果

 ◆鈴木裕一


 VSP最初の試験運用が終了して、1週間が経過。


 テスターとして参加した者には、仮想世界での出来事は門外不出として念を押し、監視の目を付けた。


 まだ検証の進んでいないフルダイブ技術を7日間運用するという、リスクの高い検証だった。

 しかし、死者や後遺症の残るような障害を負ったテスターは一人も出なかった。


 フルダイブ技術の人体実験、と言った意味では今回は成功したと言える。


 しかし——


「……これは由々しき事態ですな」


 加納社長から受け取ったVSP検証の速報を見て出た、瀬田首相の開口一番の台詞がそれだ。


 遺憾ながら、私も同意見である。


 最終的には日常生活のすべての活動をバーチャル化するという『バーチャル社会化計画』、通称VSPは実用化に向けて検証を実施。


 仮想世界時間でいう3年間で、どのくらいのパートナー間の信頼関係を築くことができるかの検証であった。

 お互いの信頼度が高いパートナーには、多額な賞金を出すことを提示していたし、生活する上で必要なものや娯楽を用意していた。

 余程のことがない限り、生活に困らないだけのお金は最初から所持していたから、仕事に追われることもない。


 不安になることは何もない。

 あえて、テスターは犯罪者や貧困層の者を多く選抜したから、日頃の飢えを満たす絶好の機会だったはず。

 彼らにとって、毎日がパラダイスだったにちがいない。


 それなのに——


 終わってみたら、何も我々にとって都合の良い結果は得られなかった。


 ファンタジー世界での冒険がテーマではないのにもかかわらず、テスター300人のうち半数以上が死亡判定で途中リタイア。

 とても安全性を謳うことはできない。


 では、3年間で信頼関係を構築できるのか?

 その点では、最初の1年は順調に互いに信頼度が高まっていったが、ほとんどのパートナーがそれ以降は緩やかに下がっていく傾向で。

 検証後にとったアンケートでも、パートナー相手に対する信頼度・好感度は多めに見ても高いという結果は得られなかった。


 言い換えると、お金で何でもコントロールできるかと思ったけれど、我々が最も不得意分野がすべて裏目に出た結果とも言える。


 それに、こういった事態で終わらないように、布石を打っていたが——


(また負けた……ということか)


 負けたと言っても、誰かと勝負していたわけではない。

 ただ、一度の失敗をがどう捉えるかで、我々の生死は決まる。


 特に、瀬田首相は明らかに動揺している。

 前首相がが、彼の中では常にプレッシャーのようだ。


「今更浮き足立っても仕方ないのではないでしょうか?」


「クッ。も、元はと言えば、あなたの作ったVR機の出来が不自由分だったのが原因なんだぞ!」


 加納社長の一言に、瀬田首相が食ってかかる。


「それについても、お引き受けする条件として提示したはずです。『たった一年で、フルダイブ技術をゲームとしてではなく、実用レベルで使えるものにするのは不可能。不具合や意にそぐわない結果が起きても、一切こちらに責はない』と。何でしたら、契約書を再度ご覧になりますか?」


「クッ……そんな必要は、ありません」


「それでは、私は社長としての仕事がありますので。こちらで失礼いたします」


 どこまでも冷静な加納社長は、淡々と事実だけを話す。

 その態度に瀬田総理は怖気付いてしまっている様子。


 明らかに器としての差が見て取れる。


 明治時代から続く会社に、叩き上げで社長の地位まで上り詰めた加納。

 片や、親子代々政治家の家系だというだけで、首相の座に祭り上げられた瀬田。


 そして、加納はあの誰も議論では勝てない草薙誠と、唯一対等に渡り合った男でもある。


 客観的に見ていると、自分とあいつとの関係によく似ている。

 あいつも常に冷静沈着で、度胸もあって、才能もあって。

 いつも淡々と物事をこなしていき、ポーカーフェイスで大胆不敵な策を——


「(まさか!? ……いや、奴ならあり得る)瀬田首相、今回のゲーム開発はすべて日本産業社に一任していましたよね?」


「はい。それが彼が提示した条件の一つでしたから」


「では、今回の仮想世界ユートピアの設計書および設定資料を、すべてもう一度洗い出してください」


「すべて、でしょうか? 社長から受け取ったものだけではなく」


「そうです。彼の側近を極秘裏に買収しても構いません。期限は、気付かれる前の三日以内で。彼は我々に隠れてがあります。白ならばよし。ただ、もし黒であれば——」


「はっ、早急に対応いたします!」


 瀬田首相は威勢よく返事をすると、部屋を退出していく。


 そして、部屋には私一人だけ残った。


 すると、目の前にはかつては友と呼び、後に敵対した草薙誠の幻が見え——右手で一気に薙ぎ払うと、姿はゆっくりと消えていく。


「決して、私はやられっぱなしでは終わらない。最後に勝つのは私だ」


 自分自身に言い聞かせるように、言葉を投げかけるのであった。



 *



 瀬田首相に設けた期限までの三日間、私は何をすることもなく日常を過ごしていた。


 特に私や瀬田首相に対する制裁もなく、VSPも今は検証期間に入っているため、今はすることがない。


 家族はいるが、現在妻とは別居中で、子どもたちともずっと疎遠になっている。

 友と呼べる者もなく、ただ時が過ぎるのを感じる日々だった。


 そして、今日は瀬田首相からの報告を受け取る日。

 いつもより早く目覚めた私は、宿泊先のホテルから朝食を摂らずに外出。

 約束の時間までまだ時間があったから、寄り道をすることに。


 どこに行くか決めずに歩き始める。


 気が付いたら、なんの気の迷いかわからないが、10年前に訪れて以来一度も立ち寄ったことのない場所に辿り着いていた。


「7月7日——今日この日に、まさかこの場所に来ることになるとは……なんの因果だろうか」


 ここは、死者が眠る墓地。

 私にとっては、親族ではなく、かつて友だった者が眠る場所。


 草薙彰の父であり、私のたった一人の友であった草薙誠の、7月7日の今日は命日——10周忌であることを、今思い出した。


 どうしようか考えながらも、気がついたら足は誠の墓石に向かっていた。

 墓石の前に立った時に、自然と手を合わせて参拝している自分に、正直驚き、苦笑してしまった。


(あいつに対して、私が拝んでどうする? 今更友達面して——)


「鈴木さん?」


「!?」


 突然横から声を掛けられて、パッと振り向くと、そこには見知った人物——草薙誠が立っていた。


「誠!? ど、どうしてお前が?」


「誠? 違いますよ。私は父の誠ではなく、息子の彰ですよ」


 返答を聞くと、誠に見えていた人物が消えていく。

 声を掛けてきた人物は、次第にあいつの息子である彰に変わっていた。


 そして、彼は今まで見たことのないような笑みを浮かべていたのであった。



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