第18話 選んだ道

 ◆カーミア


「なぜ、お前がここにいる?」


「あんた、よく私たちの前に姿を現したわね?」


 険悪な表情のゲイルとエイミーに、詰め寄られる。

 ナギさんとアキトさんを除いて、他のみんなも同じ表情。


 こんな表情をこれまで向けられたことはなかったから、一瞬決意が鈍りそうだった。


(……でも、もう決めたのよ。もう私の大切な人たちを失わせない)


 みんなの視線をグッと受け止め、再度アキトさんの方に向き合う。


「お話、したいことがあります」


「何でしょうか?」


「ここは危険です。今すぐできるだけ遠くに逃げてください。それこそ、私やサンドレが知らないようなところへ。そのことを伝えるために、ここに戻ってきました」


「……あちらで何があったのですか?」


「それは——」


 ナギさんに気絶させられた後のことを語っていく。



 〜〜〜


 バシャーという音を夢現つに聞こえたとの同時に、冷たい感触が全身を覆い——


「うっ……」


「カーミア、起きなさい!」


 激しき揺すられて、私がゆっくり目を開けると、一人の女性が目の前にいた。


「あなたは……ローラ?」


「そうよ。起きたのなら、あの女にやられた奴らを救出しなさい」


「は、はい」


 寝ぼけた頭で返事をして、罠を解除する。


「クッ。あの女、よくもやってくれたな」


「サンドレ、大丈夫!?」


「あぁ。ローラ、作戦は失敗してすまない」


「いいのよ。そのための無慈悲なる番犬ピットブルという保険があるのだから」


 ローラが目線の先を見てみると、とても図体の大きい犬の大群が勢揃いしている。


「こいつらは一体?」


「……」


 サンドレはじっと押し黙っている。

 何か嫌な予感がした。


「こいつらはね、エスティ特殊部隊の無慈悲なる番犬ピットブル。生物を確実に仕留める殺戮部隊とも言えるわね、機械のね」


「殺戮……まさか!?」


 サンドレを見ると、目を瞑って黙認の姿勢を見せる。


「約束したじゃない! どんな手段だろうと、人殺しには加担しないって」


「相変わらず、あなたのパートナーは甘ちゃんね。ここは仮想世界、現実世界ではないわ。人殺しの手引きをしたところで、罪に問われることはない」


「だからと言って——」


「カーミア、僕たちは『秩序ある社会を創るために結束する』。これは皆の総意だ。秩序を乱し、協調しない者たちは排除する、それだけだ」


 サンドレの眼は、今までにないくらい冷酷さに満ちていて。

 かつてのような優しさは微塵も感じなかったのが、とても悲しかった。


 〜〜〜



「どこまでも腐り切ってるな、サンドレスのやつは!」


「……」


 マクシムにそう言われても、何も言い返せない。


「でも、話を聴く限りでは、そのローラってやつが黒幕なんじゃない?」


 マーサの一言で、みんなの視線がアキトさんに集まる。


「いえ、彼女ではありません。……」


「よくわからんが……それでどうするよ、アキト?」


「私の作戦を伝える前に皆に確認があります。彼らの要望を受け入れますか?」


 私と知らない少女以外が、首を横に振る。


「では、最後まで徹底抗戦しますか?」


「……」


 その問いについては、誰も反応できずにいた。


「対抗しようにも相手の土俵で争う限りは、数がものを言います。つまり、数で勝るような戦法が使えない時点で、我々の負けは確定しています」


「でも、暁斗は諦めない——そうよね?」


「えぇ、もちろんです。皆と同じように」


 強い。

 この場にいるだけで、この人たちの生きるための強さをヒシヒシと感じる。


 私は周囲と違うことを指摘されるだけで、仲間外れと感じるだけで、自分の意見を変えてきた。

 けれど、私とサンドレを除いた立ち上げメンバーは、他者と違うことを恐れず、自分をしっかり持っている。

 だから、羨ましく感じるくらいの輝きを感じるのだと思った。


「作戦の成否の鍵は、ゲイルさんの発明品にかかっています」


「「「???」」」


 いつものように、アキトさんの語り始めは誰も理解できず、首を傾げるところからスタートする。


 別にみんなに許してももらったわけではないけれど、戻ってきた感じがして嬉しかった。







 ◆サンドレス


 ナギとの一件があった後、やはりカーミアが姿を消した。


「パートナーを行かせてよかったの、サンドレス?」


「えぇ、構いません。彼女が行ったことで、彼らが降伏してくれるなら上出来。彼らの逆鱗に触れて、


「さすが、私が新しいパートナーに選んだだけあるわね」


 そうだ。

 現時点では、所有権を主張し、獲得できるのはカーミアだけ。

 けれど、例外がある。


(所有権を主張できるものが僕一人になれば、<開拓士パイオニア>である必要はなくなるのだから)


「さて、そろそろ彼らの下に行きましょう」


「そうね。今度こそはあの女狐に勝ち誇った顔をさせないわ」


 ローラはまだ初対面での出来事を根に持っているらしい。



 ローラ。

 彼女はあの一件があった後も、実はコンスタントにコンタクトを取っていた。

 実際、最初の頃は彼女からの一方的なコンタクトだった。

 しかし、<バンピィ>に僕やカーミア以外に人が加わってから、僕の心中は穏やかではなくなっていた。


 はっきり言って、僕とカーミア以外の立ち上げメンバーは才能に満ち溢れていて、色んな意味で規格外な連中だ。

 それぞれ好きなことをやって、言い合って、それで成り立つ。

 凡人な僕にはできず、次第に居辛さを感じるようになる。


 そんな時、ローラからの提案で、新しい秩序を創ればいいと言われた時、これだと思った。


 組織のトップにリーダーを置き、ピラミッド体制で管理・統制する。

 そうすれば、僕のように惨めな想いをするメンバーもいなくなるはず。


 幸い、彼らは第三者の行動には不干渉。

 それを利用して、エスティに戻ったローラと8ヶ月以上前から綿密な計画を立てる。

 ローラには、エスティの重要な権限を持つという人物を籠絡してもらう一方で、僕は採掘したレアメタルを売りまくって莫大な金銭を確保。

 一生遊んで暮らせるお金を手に入れたら、あとはお金をエサにして、他のプレイヤーだけではなく、NPCも買収していく。


 もちろんこの行動を起こすにあたって、一番気を付けていたのはアキトさんの動向だった。


 あの人は妙に勘が鋭いし、行動力や人脈もある。

 下手な行動をして悟られるのは避けたかったため、じっくりとじわじわと準備を進めていった。


 それで昨日まではすべて予定通りにことが進んだけれど——


(やはり、アキトさんがいる限り正攻法は通用しない。やるしかないんだ……新たな秩序を創るためには)



 考え事をしている間に、<バンピィ>の集落入り口に辿り着く。


 すると、予想通りに全員入口付近に集まっていた。


「みなさん、わざわざ出迎えていただきありがとうございます。そこにカーミアがいるということは、彼女からすべて聞いているはず。大人しく投降してもらえませんか?」


「……一つ質問をよろしいですか、サンドレスさん?」


「(やはりあなたから来たか、アキトさん)はい、何でしょうか?」


「我々のこの仮想世界での時間も、残り3ヶ月を切っております。それなのに、今回のような強硬手段をして、あなた方に何の徳がありますか?」


「それは——」


「あなたも当然ご存知かと思います。なぜ、この土地を私とナギが選んだかを」


「えぇ、それは知っています」


 アキトさんの言いたいことはわかる。

 <バンピィ>を選んだ理由、それは各種資源を調達するには一番都合の良い位置だったから。

 しかし、その一方で集落を離れれば、周囲全てが危険地帯。通常、一人で出歩くことは禁じていたし、新しく入ってきたメンバーで守らなくて命を落とした人もいるくらいだ。


「それでも、僕はこの土地が欲しい。この土地でないと意味がありません」


「そうですか……わかりました」


「それでは——」


「いえ、残念ですがあなた方の要望に応えることはできません。お引き取りください」


 アキトさんは特に感情をぶつけてくることなく、ただ単に断るという意思を伝えてきた。


「お引き取りくださいって言われて、今更引き下がるわけないでしょう。交渉が決裂したのなら、あとは——」


「ちょっと待ってください!」


「どうしたの、サンドレス? まさか引き下がるつもりじゃないでしょうね?」


 ローラの怒りはごもっともだが、僕は最後まで諦めてはいない。


「……明日の朝6時まで待ちます。もし降伏するようでしたら、それまで今日ナギさんが来た地点で待っています。もし、期限を過ぎても来なかった場合には、もう容赦しません」


 僕はそれだけアキトさんに伝えると、クルッと後ろに振り返る。


「かしこまりました。最期にあなたともう一度会話ができてよかったです、サンドレスさん」


「……僕もです、アキトさん」


 そう言って振り返ることなく、元来た道を戻っていく。


 賢いアキトさんなら、この状況を正確に把握しているはず。

 だから、念を押せば、きっと降伏してくれる——そう思った。


 けれど、翌朝時間になっても彼らは現れず。

 しばらくして、時計で相手とコンタクトするためのフレンドリストから、彼らがシグナルロストしたのを確認。


「終わった……か」


 呟いた僕の頬に、一筋の涙が流れたのであった。


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