第4話 謎かけは突然に

「ごめんな、わからないよ」


「そうですか……わかりました。ありがとうございます」


 街を歩く男性から紙切れ(メモ)を受け取る。


「ふぅ〜。こんなことになるのなら、推理小説を読んでおくべきでしたね」


 紙切れに書かれている内容を見て、溜息をついた。



 なぜ街を歩く男性に声を掛けたのかというと、受付の女性から受け取ったメモに書かれている謎を解くためである。


 <はじまりの場所>で待ち合わせるはずだった女性——三位凪沙は、私の到着が遅くて待ちきれなくなり、外出してしまったようだ。

 それだけなら問題ないのですが、今日中に彼女を見つけることができなかったら、彼女はプログラムが終わるまで雲隠れする、とメモには書いてある。

 今日中、つまり、今が18時だからタイムリミットまで気づいた時点で後6時間。


 ちなみに、今は22時過ぎだから残り二時間を過ぎている。


(三位凪沙にこのVSPで会いたいという私情のために、私はこの計画のために一年間すべての時間を費やしたのです。このくらいのアクシデントで諦めません)


 もう一度メモを見直してみる。

 そこには以下の文書が書いてある。


『未定の夫・暁斗様

 もしプログラム開始日中に私を見つけることができない場合は、結婚の話はなかったことにします。三年間雲隠れします。

 私はG0205Rにいます。

 凪沙』


(余計な情報は捨てろ。G0205Rだけについて考えるんです。このアルファベットと数字の組み合わせ暗号は、彼女がいる地点を表している。そして、一見すると意味ない並びに見えるこの暗号も、きっと規則性があるはずだが……ん?)


 街中を歩いていると、ユートピア全体のマップが表示されている広告が目に留まる。


(そういえば、都市内のマップはこの時計を操作すると表示できるんでしたね)


 受けた説明の内容を思い出し、時計についているボタンを押し「マップ、オープン」と唱えると、ユートピア全体のマップがウインドウに表示された。


 ユートピアは、大きく分けて五つのエリア成る巨大都市で、全体像の形だけ見ると花弁のような形をしていることがわかる。

 トレードヘブン:商業エリア

 ホビーヘブン:娯楽エリア

 ファクトリーヘブン:工場エリア

 グランドヘブン:住居・宿泊エリア

 ナチュラルヘブン:自然エリア

 各エリアが交わる中央部には、管理塔が立っている。

 管理塔の1階は<はじまりの場所>と呼ばれ、プレイヤー、つまり、今回でいえば自分たちテスターの事務手続きをする場所になっている。


 しばらくじっとマップと暗号を見比べること五分。

 突然バシッと異なる二つの情報が繋がった感覚がした。


「……そうか、そういうことでしたか!」


 私はウインドウを閉じ、彼女が待っているだろう目的地へと急行した。


 目的地までは駆け足で向かう。

 走る、という行為をしたのは何十年ぶりだろうか。

 現実世界だったらすぐに疲れてバテてるだろうが、仮想世界ではそんなことはない。

 快走という言葉がしっくりくるような気持ち良い走りができているのは、疲れをあまり感じないからだけではない。



 *



 目的地にたどり着くと、一人の女性が屋上から夜景を眺めていた。


「ハァハァ、23時55分。遅くなり申し訳ございませんが、ギリギリ間に合いましたでしょうか?」


「……そうですね」


 私の出現にも特に驚くことなく、落ち着いた様子で女性は振り返る。

 そこにいた女性は、私が探していた三位凪沙、本人だった。


 綺麗なえんじ色の髪で、髪型はポニーテール。

 スタイルも女性らしいところが出ており、歌姫という表現がとても似合う美少女だろう。

 だが、個人的にはやはりリストを見た時にも感じた、凛とした雰囲気を感じさせる瞳がとても印象的だ。


 そんな彼女は今、怒っている感じはしないが、彼女からはピリピリした緊張感が伝わってくる。


「合流が遅れた理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


「……はい」


 私を見つめる真っ直ぐな瞳に応えるように、私はここまでの出来事について彼女に伝えた。


「ログインが遅れたのではなく、質疑応答だけで?」


「はい……説明の内容がどうしても確認したいことだらけでして」


「……もう一つ。あなたはこの世界で何をしたいですか?」


「そうですね。今回のテストの目的であるあなたとの生活も大事かと思いますが……現実世界ではやらずにきたことを、この世界で挑戦します。そのために、私は今ここにいます」


(そう、目の前の彼女に会うこと以外に、私は仮想世界でやってみたいことができたのだ)


 すると、彼女はふふふっと晴れやかな笑い声をもらした。


「——なるほど、さすが私の結婚相手に選ばれるだけありますね」


 意外そうに、けれど、とても嬉しそうに。

 恍惚とした様子で微笑みを浮かべている。


「改めましてあたしの名前は三位凪沙、凪沙と呼んでくださいね。不束者ですが、これから三年間よろしくお願いします——桐谷暁斗さん」


「こ、こちらこそ。よろしくお願いします、凪沙さん」


「凪沙」


「えっ?」


「凪沙、と呼び捨てでお願いします」


「では……凪沙、これからよろしくお願いします」


「はい♪」


 なんだろう。

 よくある出会いは最悪だったがパターンからすぐに脱出できたのか、凪沙は明らかにご機嫌の様子だ。

 別に彼女に何かしてあげたわけではないのだけれど……裏があると思えばキリがないから、これ以上詮索することはよしておこう。


 今はただ、一年間ずっと会いたいと思っていた少女に会えた喜びに浸ることにした。



 *



「それで、あたしが考えた暗号についてはどうだった?」


 出会った場所から建物の外へ出たところで、凪沙が砕けた口調で声を掛けてきた。


「地図を見るまではさっぱりで。ただ、アルファベットと数字の並び方にはなんらかの法則性がある、ということは理解していました。あれは即興で考えたものだったのですか?」


「そうだよ〜。暁斗さんを待っている間に、地図を眺めていたらピピンってね」


「すごいですね」


「全然すごくないよ。ただ、いつでも遊び心は大切にしてるんだ」


 遊び心、か。

 自分には一切ないものかもしれない。


「それにしても、あたしたちの住まいのあるこのエリアは、本当に作られた都市って感じがするわよね」


「確かにそうですね」



 そう、作られた都市というのが暗号を解くヒントになる。


 暗号のG0205R。

 これが特定の地点を表すとすると、住所のような並び順になっている。

 例えば、東京都・千代田区・外神田のように、大きいエリアから小さいエリアのような順番で。


 まず、暗号をG・02・05・Rに分ける。


 最初のGはユートピアのエリア名を示していて、Gに該当するエリアといえば『グランドヘブン』。


 次に、二桁の数字は座標を示していて、02が横座標か縦座標のどちらかを示していて、05がもう一方を示す。

 この時点ではどちらかはわからないけれど、そこでどちらかを決めるのが最後のR。

 これは建物の屋上を示すREEFのRだとする。

 つまり、グランドヘブンの0205座標にある建物の屋上が、目的地ということになる。


 あとは、どの位置を基準として座標を特定するか。

 これについては、これはグランドヘブンの区画が格子状、碁盤上になっているので、四隅のどこかを基準においてみる。

 すると、座標に合う地点に屋上のある建物は、管理塔に近い側の左隅から右に2つ目。上から5つ目の区画で屋上がある建物――ニューゲートホテルが唯一該当する。



 謎解きというのを初めてやってみたが、とても勉強になる。

 誰も解けないような暗号にしたらゲームにならないし、かといって簡単過ぎてもゲームにならない。

 それに、物事に関する状況の理解や知識がないと、回答にたどり着くことは不可能だし、暗号を作り出すことも難しい。


「ここがあたしたちの住まいみたいね」


「……えぇ、そのようで」


 グランドヘブンの中央部に位置する30階建て高層マンションの10階の一室が、私たちに割り当てられた住まいである。

 この試用期間中は家賃無料。

 とりあえず、水や1週間分の食料、家具類はすべてあるようで、生きていくために必要なものは完備されている。


(至れり尽くせり、ですか。金銭も無駄遣いしなければ、一年間は少なくとも何も稼がなくても生活できるそうですね)


 生活面はひとまず問題なし。あとは——


「ささっ、今日のところはもう寝ましょう」


「……そう、ですね」


 設置されたダブルベットに座って、手招きする凪沙を見て、彼女との夫婦生活がどうなるのか。

 想像できない未知の領域すぎて、トラブルの予感しかないのは決して気のせいではないだろう。


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