第3の選択肢

うめさだ

プロローグ

 超高層ビルに囲まれた雑踏の中を、ゆっくりとした歩調で歩いていく。

 すれ違う人々はどの人も無表情で、まるで指示通りに歩くだけのマシーンのようだ。


(私も一年前まではきっとこの人たちと同じだったんだろうな)


 当時のことを思い出して、クスッと笑いを浮かべる。

 突然何も変わったことが起きていない中で笑い浮かべている私だが、きっと気に掛ける人はいないだろう。


 周りに関心がないから?


 変な人に関わりたくないから?


 もちろん誰も答えなんて持ち合わせていないだろう。

 けれど、今の私は周囲の人たちに「今何を感じているんですか?」って訊いてまわりたい衝動に襲われる。


 明らかに変人だ。

 私が一番軽蔑し、避けてきた存在。


 いわゆるアウトローとも呼ばれる人たちは、社会の秩序を乱す悪人くらいに思ってきた。

 しかし、そう言われる人たちから私は直接嫌がらせを受けたことや、被害を被ったことは一度もない。


 今思えば、私は彼らに嫉妬していたのだろう。

 その時その時を楽しんで日常を過ごしている彼らのあり方に。


 だが、今の私はただ歩くことだって無性に喜びを感じ、心から楽しんでいる。

 足の裏から伝わってくる地面の感触。

 髪をなびかせるビル風の激しさ。

 腕を振るたびにウキウキする感じ。

 娯楽に頼らなくたって身近にこんな楽しいことがあるという事実に、衝撃を受けているくらいだ。


 これまでの生きてきた三十五年間は、一体なんだったんだって。


 こういった心境の変化は、突然起きたわけでは決してない。

 変わらない日常が当たり前だと思っていた日々。

 それが変わるきっかけになったのは、まさに先日までの7日間——仮想世界での時間で3年間参加したあるプロジェクトだと言っても過言ではない。

 まだ解決していないことは多いけれど……。


 そして、彼女の存在がなければ、変わらない日常をこれからもずっと過ごしていたはずだ。


 仮想空間でとはいえ、彼女と過ごした一年間は、私の生き様を変えるには十分過ぎるくらいインパクトがあり、かけがえのないものになった。


 そう——私の第二の人生は、あのプロジェクトに参加した時から始まったのである。

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