リーの過去 後編




 何気なしに訓練をこなす日々、 その後、リーは人目を盗んで施設を探索しだした。



 時間は2時間が限界。 


 隅々まで施設を歩いて回った。 いつも見ている風景。 何ら変わりはない。 思い出されるのは仲間と呼んでいいのか、同期との辛く厳しい訓練風景だけ。


 探索は時に配管の中も、狭い溝の隅々までのぞき込んだ。


 家に帰ると、両親は今日もいない。


 いつもは家にいて晩御飯を作ってくれている姿を、ここずっと、見ていない。


 孤独だった。 だから探索は彼女の気分の紛らわしにもなった。 



 あれ以来、自分なりに気になるもう一人の存在を探しては見るものの、それ以上、何かを思い出すことも、気づくこともなく、彼女の中でまた薄れ、消えていくのだった。




 探索の最中、リーは友達を見つけた。 名前はチュートル。


 彼女よりも幾分か小さい、鼠だ。 


 チュートルはとてもリーに懐いてる様に見えて、勝手に友達になった。


 言葉はわからない。



 そんなある日チュートルに何気なしについてくと、そこに隠し扉が現れた。 入っていくと、どうやら施設の裏側?らしきところに出た。 


 こんな景色は見たことがなかった。  リーには新鮮に見えた。 だけど、どこか本能が警戒していた。 この場所は危ない。



 それでも、探究心が引き返すことをさせなかった。 ここには来る必要がある。 


 ある日、また探索をする。 いく場所は決まっている。 チュートルの見つけた部屋だ。 



 部屋が沢山あり、人が何やら作業をしている。 暗殺の訓練はここでは大いに役立った。


 そして時間。 いつも帰っている時間にリーがいなければ、親に怪しまれるから長居はできなかった。 


 今日の探索はこれで終わり。 

 一つ分かったことは、ここで何かの研究か、調べもののようなものをしているという事。 



 家はと言うと、昔よりももっと会話がなくなった。 話すのは、朝の挨拶と、いただきますと、ご馳走様、そしておやすみなさいだけ。 両親が長く相手をしてくれるの叱る時だけになっていた。 家では何かが変わっていたのだ。



 彼女は今で12歳。 孤独だけが彼女を強くしていった。


 今日の探索は収穫がありすぎた、 書物が大量に保管されている部屋。 そこで書物を読んだ。 何やら人間の脳について色々書かれていた。 難しすぎてまだわからなかったが、イラストで大体の事が分かった。  どうも、争いでとても強い人間を作り出そうとしているのだと思うという事。 ここはその為の施設でもあるみたい。

 まぁ、暗殺者を育てているのだからそれはわかるのだが、そういうのではなく、もっと人体の構造をいじる様なことに近いようなそんな何か。 人を超越した何かを作りたいのだろう。


 それから少し奥に行って、ある部屋を見た時、とても気持ち悪さを感じた。 誰かを縛り付けて寝かせるような部屋。 あそこに入ったら? そう思った時、恐怖が、頭が痛くなって吐き気がした。 だからリーは逃げた。 もう時間だし、今日は出よう。



 リーが隠し通路の入口から出ようとした時だった。 誰かが向かってくる。 複数の話し声だ。



「それではお願いしますよ。 くれぐれも内密に」


「わ、わかったわ。 それで私たちは……」


「えぇ、その通りです。 なにも不自由なく、いい暮らしができますよ。 ここにいる限りは。 まぁ、あなた方が失敗しなければね」


「よかった。 大丈夫ですよ。期待を裏切ったりはしませんから」


「それはそうと、扉開けっ放しじゃないですか? わかってます? ここの重要性」


「え? そんなことは。 ちゃんと閉めたはずなのに」


「そ、そうよ 間違いなく閉めたわ」


「ふーん。 だと、あなた達以外に誰か入ったという事ですかねぇ」



 最後の言葉だけ声がでかい。 目の前の男女に言っている言い方ではない。 気づかれた。

 辺りは静けさに包まれている。それはそうだ、 ここで物音を立てる訳にもいかない。


 耳を澄ませていた白衣の男が口を開く。


「嘘をつくと、あなた方の首が飛びますよ」


「ほ、本当に私たちでは」


「もういいです。 早く行ってください。 今度こんなことがあったら……」


「わかっています。 でも本当に違うんです」



 扉から、男と女は出て行った。 


 リーは目を疑った。 お父さん、お母さん!? 一緒にいたのはリーの両親だ。

 どうして二人がこんな所から出てくるのだろうか? 

 いつも遅いのは施設で何かをしている?



 そして、あの白衣を着た男は誰なのだろうか? リーは見たことがない。


 開いていた扉が閉まる。


 しまった。 閉じ込められた。 リーは扉の開け方を知らない。 


 両親が先に帰ってしまうし、これはとてもまずい。



「で、誰ですか? 早く出てきなさい。 いるのはわかっているんですよ。 隠れても無駄です。 扉が開いていたのですから。 出てこないなら。 殺しますよ」



 白衣の男は必要以上に声を荒げる。 


 まずい、 出て、ちゃんと話すべきか。 見つかったら、もっとやばい。探されたら、すぐに見つかってしまう。 リーが隠れたのは壁にできた少しのへこみの隙間。


「っなんて。 こんな姿を見られた恥ずかしい。 まるで狂いはてた人間みたいじゃないか。 一人で声を荒げて」


 静かすぎる空間。まったく生き物の気配を感じさせなかった。


 だから、白衣の男は去っていった。


 急いで扉に近づいたが、どうも、開かない。 押しても引いてもびくともしない。そもそも入口には、天井を押せば開いたのだが、ここはそうでもないみたいだ。


 こんな時チュートルがいれば、とリーは思った。

 リーはとにかく中へ引き返す。 何か開ける方法を探さなくては。 リーはとても焦っていた。



 そんな中、鼠の鳴き声が聞こえてくる部屋があった。 そこには沢山の鼠がいて、捕まってる。 どういう訳か、反対側の檻に入っている鼠たちはひっくり返って動いていない。 方や反対側は元気にしている。その奥の部屋では何やら、いかれ狂ったような声が沢山聞こえてきた。

 鼠は鼠。みんな同じ形をしているが、奥の鼠たちは凶暴性に満ち溢れていた。 逆毛立ち、目が釣り目だ。 牙をむき出し、檻を嚙千切ろうとしてる。 


 その中にチュートルがいるのを見つけた。 間違いなくチュートルだ。 リーにはわかる。 彼女はモノの繊細な部分まで見分ける事にたけている。 


 しかしチュートルに意識はない。 手を伸ばそうととすると嚙み千切ろうとする。 


 チュートル……。


 誰かが入ってくる気配を感じ、リーは部屋を後にした。 


 走った先に来たのは、あの気持ち悪い部屋。 ここは何故だか見たくない。 



 そんな時女の子の悲鳴が聞こえた。 こっちに来る。 



 小さな女の子だ。 6歳? いやもっと若い? 4歳ぐらいだろうか?


 彼女はその部屋で縛られて身動きが取れないでいた。 そこには長官と上官、そして男と女? 彼らは長官達と親しい何かなのだろうか?



 女の子は泣いていた。 さしずめ誘拐か何かか、初めて見る子。 彼女の頭に何かが刺さっている。一本、また一本と。激痛なのだろう、彼女は泣き叫んでいる。


 リーには特段いつもの訓練風景と何ら変わりない。 むしろ自分もやっている。 何のなぜか、この光景は体を震え上がらせた。 


 針を刺しているのはあの白衣の男。 



 そのあとも、体に焼き印を押されている 痛々しい光景だった。 そして彼らは楽しそうに、何かのスイッチを押した。 彼女は今までにないような悲鳴を上げた。 

 リーはそれを目撃して吐いた。 これには耐えられなかった。


 そうだ…… 私も、されたことがある。

 長く響いていた少女の声は、だんだんと小さくなって聞こえなくなった。



 ずっとあの状態で寝かされた彼女の眼は、うつろになっていた。 



 長官達が歩み寄り意識を確認している。 彼女は生きている。 意識があることを確認すると、男と女が彼女の方へと向かっていった。


「おはよう、ルナーシャ。 大丈夫かい?」

「よかった、目が覚めたのね」



「……あ、なたたち、は、だ、れ?」


「お父さんと、お母さんだよ、ルナーシャ」


「ぱぱ、とま、ま?」


「そうだよ、ルナーシャ」


「よか、った、わた、し、怖い、夢、をみ、て、……知らない人に、連れてい、かれて、痛い、事、いっぱい、」


「もう大丈夫よ、ルナーシャ、ほらお母さんの顔を見て」



 ルナーシャはうつろな目から涙を垂れ流した。


「ぱ、ぱと、まま、だ」


 二人は嬉しそうに顔を合わせる。


「ルナーシャ。怖い夢を見たね。 疲れてるんだ。 さぁ、安心してゆっくりお安み」


「う、ん」



 そうしてルナーシャは眠りについたみたいだった。 むろんまだ頭にはたくさんの何かが刺さったままだ。



「うん。素晴らしい。 よくやった。 これで彼女は君たちの子だ。 ちゃんと育てるように」



「はい、ありがとうございます」



 男と女は出て行った。 



 その時リーの腕が締め上げられた。 痛い。 



「おやおや、ダメじゃないか。 なぜ君がここにいるのかな?」


 声で分かった。 教官だ。 



 リーはそのまま後頭部を強打された。 目がぼやける。 体は、防衛本能で意識を飛ばそうとしてるのだ。 だが、リーは訓練を受けた身。 どうも体がその本能に抗う。



「なんと、こいつは頑丈な。 まだ気絶しないのか。 こんな奴はいつ以来か」


 リーは口と鼻を布で覆われ眠らされた。 


 目覚めると手足は縛られて動かない。 頭が割れるように痛かった。 



「目が覚めたようだね」


 気づくと、彼らがいた。 そして両親も。


「お父さん、お母さん」


 両親は冷徹にリーを見ていた。 


「いや、まさか君が侵入者だったなんてな。 驚いたよ。 君の両親を疑ったことを詫びなくては。ね?」


 白衣の男が嬉しそうに語り掛ける。 



「もうすべて見たんだろ。 君は。 せっかくの逸材だったのに……失望だよ」


 上官が話しかけてきた。 


「何を見た?」


 全部だ。 だけど怖くて口がすくむ。


「もう知ってるならいいが、この男と女はお前の両親ではない」


 あ、あっぱり……  ルナーシャの一件を見てもしかしたらと、信じたくない妄想をした。


 リーの頭が混乱する。


「ココの施設の子はみんなそうだ。 お前だけではない。安心しなさい」


 長官が話を変わる。


「お前はすごい子だ。 君だけだよ。 ここまで真実にたどりつき目にした子は。 何がそこまで君にさせた? 真実を知りたかったのか? それか、

 ……君には、あの薬が効いていなかったのかな?」


 長官は白衣の男を見る。


「そんなはずなはいんですがね。 興味深いですね。 現に彼女は彼らを両親として信じてきた。 かかってないわけがない。 それも演技か? いや、何かが彼女に気づかせた? そんな事例はない。 だから調べたくて、調べたくてもう」



「もういい。 はぁ。 とにかく、褒美だ。 君は実に素晴らしい。 君の知りたいことなら、今ここでなんでも教えてやろう」


 長官はそう話を続けた。


「なぜ、こんなことを?」


「それは暗殺者を育て上げるためさ」


「私の本当の両親はどこ?」


「それは、……君が殺したではないか。 残酷に」


「え?」



リーは言葉を失った。



「覚えてないのか? これもここにいる君の”もう一人の両親”の計らいだったんだが。 君があまりにも反れたことをしていたからね、君の心を変えるために、本当の両親をいたぶらせてはどうかと。 なんとも酷い事をいう男と女だよ。 彼らは」


「う、嘘、私の両親じゃなくて、……私が両親を殺した? ……なら、彼らは、彼らは何? 誰なの?」



「彼らはただの人さ? ただ、自由に平和に暮らしたいから、ここにやってきた協力者でしかないよ。 彼らは疲れていたんだ。自分の時間を割いて必死に働くことに。疲れ切っていた。 だから、そうではない自由に時間を使える暮らしを求めて自分からここにやって来た、自分主体の人だよ。 自分が良ければそれでいいのさ」



「うそだ、嘘よ!!  だって私には、彼らと過ごした記憶がある。 山登りに、海に、それから……」


 あれ? だんだん記憶の中で両親の顔に靄がかかってくる。 

 あれ?一緒にいるのは誰? 今目の前に立っている両親? いや、違う……


「んー、まだ信じているのか。 そうなると何を言っても信じてもらえん事になるが。 君の頭に刺さっているのは記憶を塗り替える装置だ。 君もさっき見ていたんだろ。あの娘を」


それはルナーシャの事だ。 鮮明に覚えている。 つまり今の自分の状態が想像できる。




「君の父と母は君が殺した。 それが事実で変わることは無い」


 今はっきりと、見える。 楽しい思い出の中で笑っていたのは、今いる男と女ではない。 


 私が殺した、お父さんとお母さんの顔。 それがはっきりとした時、リーは大声で泣いた。 


       お父さん、お母さんごめんなさい。


 リーは自身がしたことを後悔した、あの時言う通りに逃げていれば、何かが変わったのだろうか? いくつもの暗疑が頭をめぐる。


「理解できたのか。 じゃあ、もう聞くことは無いだろう。 先生。 やってくれたまえ」



 リーは、止めて! と叫んだ。


「お願いします。 もう記憶を消さないで。 本当のお父さんとお母さんがやっとわかったのに、会えたのに……」


 それはリーが求め続け欲した安らぎと幸せの想いで。 それをくれる存在は自分で消してしまった。

 だから、思い出だけは絶対に消さないで欲しかった。 塗り替えないで欲しかった。 真実だけは。



「それは無理だ。 君は必要なんだから。 君の両親はこれからもこの彼らだ」



「……嫌ぁ、いやぁ、お願い、消さないでぇ。私の両親はその人たちじゃない。 その人たちは何もくれてない……」


 長官達は黙ったままだった。


「早くやれ」



 白衣の男はスイッチを入れる。 ルナーシャの時と同じ悲鳴が上がる。 


 リーの頭の中でどんどんと思い出が消えていった。 いや、消えたのは本当の両親たち、そして誰かもわからないあなた。これは女の子だったような……妹? 弟? 私の大切な人? 動物、もう、わからない。 最後まで分からなかった。 ……本当にいたのかな? ……君は、


 ああ、もしまたこんなことがあったなら、逃げだせるかな、こんなところから。誰を信じたら良かったんだろう。 私が悪いんだよね。 誰か助けてよ……。


 ……そっか、誰も助けてなんかくれないよね。 これが人だもん。  自分が一番なんだから。 利用される人が悪いんだよね……、





彼女の中でそれは憎しみへと変わっていた。



人とは酷い生き物だ。

自分の事ばかりが大事なんだろう。 それは私も含めて。そう彼女は思った。


 酷い、痛い、苦しい。


  止めて、誰か助けてよ。


 彼女の悲痛の叫びは、人が憎い、こんな事をする彼らが憎い。 誰も助けてくれない、こんな世界が憎い、そんな感情が生まれるとすぐに消えていった。 


まるで何も思ったことすらないように真っ白になった。








「おはようリー。 大丈夫? うなされていたわよ?」


「だ、れ、?」


「もう、忘れたのかい? お父さんとお母さんだよ」



「お父、さんと、お母、さん?」



「そうだよ、ほら、ちゃんと見て」


ダメだ、見ちゃ、ダメだ、見ちゃ、ダメだよ、私……



「ほん、とだ。お父さんと、お母、さん、だ。 私、怖い、夢を、」


「いいのよ、私たちがついているから、ゆっくりお休み」


リーは安心して眠りについた。
















後日談


この後彼女はある女性によって助けられる。 


それはリーにとって忘れられない、一生の恩として、彼女と生きる道を選ぶほどに彼女に惹かれていくのだった。

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