第44話 花火はふいと視線を逸らした。
***
西の空から沈みかけの太陽が微かな茜色の光を発する中、俺たちは静かな公園の中を駅に向かって歩く。
普通に南気通りを抜けて駅へ向かった方が明らかに近いのだが、花火がこの公園の中を通って帰りたいと言ったのだ。
こちらを通っても、少し遠回りにはなるが駅にはちゃんとたどり着く。
道の両側には草木が生い茂っていて現在人もあまりいないことから、一瞬都内であることを忘れそうになるが耳を澄ませばどこからともなく都会の喧騒が聞こえてくる。
しかし、今この瞬間顕著に聞こえてくる音は何と言っても二人分の足音だ。
「探偵さん、私のこと『大事』なんですね〜!」
「そ、それはあれだよ。依頼人としてだよ」
すると俺の言葉を聞いた花火はむっとし、なぜか立ち止まった。俺もよく分からないまま立ち止まる。
そして花火は突然、頬を朱に染めると目をうるっとさせて俺に上目遣いを向けてきた。
「……じゃあ、依頼人じゃない私は……『大事』、じゃないんですか?」
声をわずかに震わせながら、何とか紡ぎ出されたその言葉。ブレザーの袖口をぎゅっと握りしめている両手は、緊張を抑えるかのようにそっと胸元に置かれていた。
突然風が吹き、花火のヘアピンを微かに揺らす。
それら全てから感じる儚げな様子に、花火に乗せられているだけだと分かっていながらも、俺はこう言ってしまった。
「……大事、だ」
するとその直後、花火がしたり顔を浮かべた。
「そぉ〜ですかぁー! 大事なんですね私のことー!!」
「……今のは、ずりぃだろ」
俺は花火から視線を外して、意味もなく頭を掻く。
取り敢えず話題を変えよう。
「お前の能力、家族は知らなかったのか?」
「はい〜」
「そうか……」
「だから、探偵さんと私だけのヒ・ミ・ツです!」
花火は人差し指をちょんと口元に当てた。さっきからなんなんだこいつは……。
でも花火の能力、
そうだ、まだ花火本人に言えてなかったことがあった。俺は別段咎めるようではなく、だた自然に言う。
「花火、お前亜井川の妹だったんだな」
「そうですよ〜!」
花火は俺を見上げて明るく答える。しかしすぐに俯きだし、歯切れの悪く言った。
「……騙したことは、怒ってないんですね」
「いや、逆に騙してくれなきゃ俺は動かなかった」
そう言いきれる自信が俺にはある。
もし最初から亜井川の妹だと分かっていたら、「あの亜井川が事件を起こすはずない」とか思って、ただの兄妹喧嘩だと勝手に解釈してろくに話も聞かなかっただろう。
あの時はまだ、亜井川のことを知った気でいただけだったからな。
「それにしても、なんで『水落花火』なんて名乗ったんだ?」
「あー、それは夕立に打たれてたからです」
花火は視線を俺に向け直して、真顔で言った。
「……マジで、マジでそれだけの理由なの?」
「はい! それだけの理由です!」
「適当すぎるだろ……」
花火がにこっと笑って堂々と言うものだから、俺はこんな奴に騙されたのかと自分が惨めに思えてきてしまった。
さて、次は俺の九年間に関わることを聞いていこうじゃないか。
俺は銃弾の穴を縫った跡が大量にある、自身のコートを見ながら尋ねた。
「花火はなんで九年前、俺に能力を渡したんだ?」
「え、死にたかったんですか!?」
花火がちょっと引き気味に驚く。いや、確かに能力もらってこの体質になってなきゃ俺死んでたけどもさ……
「俺が聞きたいのは、なぜ他のやつじゃなくて俺に渡したのかってことだ」
「あ〜そういうことですか」
あの火事の日、自習室には俺以外にもいくらか生徒はいたはずなのだ。
花火は首を傾げながら話しだす。
「多分ですけどー、一番あの状況を打破してくれそうな人が探偵さんだったから、だと思いますよー?」
「なんか他人事みたいだな」
「だって普通に考えてくださいよー、私その時小学二年生ですよ。よく覚えてませ〜ん!」
「でも、俺のことは覚えてたんだな」
ちょっとからかうように言ってみると、花火はふいと視線を逸らした。
「……全裸になった男なんて、記憶から消したくても消せませんよ」
「何言ってんだ。俺が全裸になることくらいお前も分かってただろ」
正直あんま思い出したくないな〜。全裸でスプリンクラーの水浴びるとか、公の場所でシャワー浴びてんのと一緒だ。
「あ、でも花火、あの時は今日みたいに光を纏ってなかったじゃん」
「う〜ん、あの時は力が弱かったんじゃ無いですかね〜」
「でも、当時から誰もお前に触れなかったんだろ? 怪しまれなかったのか?」
「もしかして、探偵さんって能力について勘違いしてませんか?」
はたと気づいたように、花火は指をピンと立てた。能力についての勘違い? この体質のことだろうか。まぁ確かに、俺は勘違いしててもおかしくない。
だってこれに関しては、自分の現状から個人的に推測しただけなのだから。
俺は自信なさげに言ってみる。
「えっと、『全ての人、物質は俺のことを触れないが、自分からなら触れる』っていう能力じゃないのか……?」
「違いますよ〜」
即否定された。しかし花火にしては珍しく、俺をからかわずに続ける。
「もっと簡単! 『触りたいもの以外触れない』、ですよー!」
「え、そうなの? でもよく考えてみたら……」
俺の身体が飛び込んだ炎に対しては空気になったのに、スプリンクラーの水に対しては空気にならなかったという疑問はそれで解決されるな。
誰だって炎を浴びるのは嫌だが、水を浴びるのは別にいいもん。
「じゃあ俺は九年も、無駄な努力をしてきたわけか……」
高校の時の俺は体質について勘違いをしたために、「人に、物質に触られたらこの身体がバレるから誰も何も触れて来ないでほしい」と自ら願っていた。
だからいざ触られたりすると空気になったんだ。これじゃあ、完全に自分から「不審者」になったようなものだ。
俺は周りの人間たちや物質が自分に触れることを拒んでさえいなければ、それで全て上手くいっていたんだな。
公園を抜け、俺たちは人通りもそこそこある並木道へ出た。
駅にかなり近づいてきたよう。気づけば陽はもうとっくに沈んでしまっており、残照すらも今にも消えてしまいそうだ。
しかし相変わらず、都会の夜は暗さを知らない。街頭や店の明かりが辺りを照らしている。
そろそろ、終わらせておかないとだな。花火の依頼を。
「花火、今回の依頼、金はいらないから」
「え!?」
「今回はもう調査だの推理だの、そんな次元じゃなかった」
瀬渡に、
それに、報酬は九年間の謎が解けたということだけで俺は十分だ。十分二日間の俺の努力の割にあっている。
しかし、花火はあまり納得がいっていないようで首を傾げた。
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