第9話 ガムシロ、入ってないぞ

 皮肉めいた言い方の花火。「ある意味」という言葉は特殊であることを意味しているのであり、つまり、通常よりめんどくさいということである。


 俺はおそるおそる訪ねる。


「具体的には、どう有名なんだ?」

「どう、というか、彼自身は全然有名じゃないんですよ」

「え?」

「有名なのは、彼のあだ名です」


 花火はピンと指を立てて俺を試すような眼差しを向けてきた。

 どういうことだろうか。


 彼女は俺の怪訝な表情を受け取ったのか、俺に質問する間も与えず続ける。


「探偵さん、高校生の時ってなんて呼ばれてました?」

「言いたくない……」

「……あ、普通にごめんなさい」


 俺のガチトーンを察した花火は普通に謝ってきた。まぁ、痛々しいものを憐れむような視線付きだが。それにしても最初に俺のことを「不審者」って言い出したのは誰ですか?


 花火はコホンとわざとらしい咳をすると、解説に入る。


「ま、まぁとにかくですね、学生なんて興味のない人のことはその人のあだ名ぐらいしか知らないんですよ」

「そうだろうな。むしろ、あだ名すら知らない人の方が多いだろ」


 まぁ俺くらいになると、クラスのほぼ全員が「不審者」という俺のあだ名を知っていたがな。俺ってもしかして人気者だった?


「それで、平井健太は学校でなんて呼ばれてるんだ?」

「……『奴隷犬他』です」


 俺の問いに花火はあまり口にはしたくなさそうに答えた。


 う〜ん、結構ひどいあだ名だなぁ。でも俺の「不審者」も負けてないぞ! あ、つい変に張り合おうとしてしまった。悲しい戦いだ。


 でも要するにこういうことだろう。


「平井健太のことはほとんど誰も知らないが、奴隷犬他と呼ばれている誰かさんの存在は多くの生徒が知っているわけか」

「そうですそうです〜」


 大変よくできました〜! と言わんばかりに花火が拍手を送ってきた。


 やったー! 俺できたよ−! ……なんて気分には当然ならないが、俺は一つの疑問が浮かんだ。


「花火はなんで詳しく知ってるんだ?」

「あー、それは同じクラスでちょっと話したことがあるからですよ?」

「なるほど」


 なんだ、そんなことか。一瞬学校の生徒全員を把握している化け物じみた委員長キャラなのかと思ったじゃん。


「……もし良ければ、知っていることを全て教えてくれないか?」


 ここまできたら聞き取り調査にご協力願いたい。

 すると花火は不敵な笑みを浮かべ、レジの方を指さした。


「なんだか私もアイスコーヒーを飲みたい気分です!」

「……分かった分かった」

 

 ***


 言われた通りアイスコーヒーを買って戻ってくる。


「ほれ」

「ありがとうございまーす!」


 差し出すと、隣で花火は早速飲み始めた。それ、ガムシロ入れてないんだけど……。


 案の定、花火は神妙な顔で静止した。


「おーい、大丈夫かー」

「……探偵さん、ちょっとすいませんね」


 そう言うと花火はテーブルの中心にあるカップに手を伸ばし、そこからガムシロップを五個取り出してコーヒーに入れ始めた。


「ちょっ! お前Sサイズでそれは身体壊すぞ!」


 しかし花火は俺の助言を無視して、全部入れやがった。そしてそれをグイッと飲む。


「う、うぇ〜、甘過ぎ……! ぎもぢわる〜!」


 うん。もう放っておこう。


 花火のSOSに耳を貸していたらいつまで経っても質問を始められない気がする。……あれ、でも俺と花火がこんなところで話してたら周りの生徒とかに援交とか思われない? それか俺の特殊属性「不審者」が復活とかしちゃわない!?


「花火さ、大丈夫なの? こんな学校の側の喫茶店で俺と話してて」

「何を今更。それは大丈夫です! 誰かに会っても親戚って言えばなんとかなるんでー!」


 花火は自信満々にサムズアップしてきた。

 

 まぁ確かに、本当にそれでなんとかなるかは別としても、「親戚」って言葉は強いよな……。じゃあ逆に、一緒にいたくない人といるところを誰かに見られた時はなんて言えばいいのだろう。あ、「会社の同僚」って言えばいいんじゃないか? そうすれば、仕方なく一緒にいるんですよ〜感が伝わる……はず。


「よし、じゃあまず、平井健太はいじめられているってことでいいのか?」

「いじめられているというか、なんか奴隷のように扱われている、らしいですよ」


 最初の質問に、花火はガラス越しに校舎を見つめながら答えた。


「らしい、というのは?」

「だから本人とは、同じクラスで少し話したことがあるだけって言ったじゃないですか」

「ああ、そうだったな」


 だが、聞いた話で十分である。何も分からないまま始めるのとは比にならない程スムーズに調査を進められる。


 それにしても「奴隷のように扱われている」と、平井健太は自分から花火に言ったのか。お前らどんな会話してたんだよ……。


「で、誰に奴隷のように扱われているんだ?」

「彼は『鳥の巣を脅かす生徒』って言ったました」


 さっきからやけに真面目に答えてくれる花火。しかし無表情で、楽しそうじゃない。俺はこいつの本性がまだ分からないけど、一つ言えることがある。


 それは、今花火は最高につまらないと感じているいうことだ。


 まぁ次の質問で多分最後になるから協力してくれ。


「鳥の巣のある木の位置は分かるか?」

「はい。目立つ木ですし、平井健太君からも聞いてるんで」


 花火はずっと校舎を眺めているままだ。


 しかし予想通り、この少ない聞き取りでほぼ全貌が分かってしまった。


 一、学校のとある木に一つの鳥の巣があり、そこには鳥の雛たちがいる。

 二、その鳥の巣を脅かす生徒たちがいる。

 三、平井健太はその生徒たちを止めるために、その生徒たちに奴隷のように扱われている。


 こんな感じだろう。だが、明らか三つ目は「平井健太は鳥の巣を脅かすフリをしている生徒たちに利用されている」と言った方が正しいだろう。

 

 大体高校生は鳥の巣なんて構わない。構うとしても、それはそうすることによって何か利益が得られる場合のみだ。


 そして平井健太本人にも違和感を感じる。なぜなら俺は彼が「毎日傷だらけの状態で帰宅」と聞いているからだ。

 

 それは一部の奴らに「奴隷のように」扱われている結果だろう。しかしそれでも平井健太は諦めずに鳥の雛を見続けている。明らかに鳥の雛に執着がありすぎるように感じるのだ。


「さっ、行きますよ! 潜入調査!」


 突然、花火は俺の手を掴んできた。花火がいつもの楽しげな様子に戻っている。彼女の感情の起伏の基準は何なのだろうか。

 でもまぁ、それは今はいいとして……


「花火も来んの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る