第5話 試練

今回の婚約騒動、これもいい経験だろう、私は単純にそう思っていた。

人生など何が起こるかわからない。

相手からの無理難題、急な状況の変化に対する対応、心構え。

全て人生の勉強だと。


それから我が家は対応策を練り、王様達からの婚約破棄の連絡をじっと待った。

今回の話は、ほぼ強引に王室から押し付けられたものであり、私達には何の落ち度もない。

勘違いをしたのもあちら様だ。

それでも無理難題を押し付けるのであれば、戦うのみである。

ただ相手が悪いけど……。


それから翌日、二日三日と私達は待った。

ひたすら待った。

しかし待てど暮らせど婚約破棄の話は舞い込まず、あげく五日目に、次のデートのお誘いの手紙が届いた。


「一体どうなっているのでしょう?」

「向こうはこの話をこのまま進めるつもりなのか?」


アレクシス様の思違いだと言うのに…義理堅い人たちですねぇ


私達はてっきりご破算になると踏んでいたのに、これではこの婚約が継続してしまうのではないか?

それはまずいでしょう。

慰謝料もらえないの?


しかし押し付けられた話とはいえ、こうなった以上、我が家にそれを拒む事は出来ないのだ。

そこで新たなる問題が持ち上がった。


「母様、デートに着ていくドレスがありません!」



私と母様はクロゼットで、あーでも無いこーでも無いと議論を繰り広げていた。

普段着ている服は、町娘と大して変わらない服装であり、お出かけ着だって同じ。

しかし、だからと言って先日着たドレスを、再び着ていくのは余りにもみじめだ。

でも新しいドレスを買う金など有りはしない。

毎月の返済や生活費のため、内職で補っている状況なのだ。

そのために食費まで削っているのに、私のデートのためにドレスを買うだと?

そんな事、出来る訳がないじゃないか。


「ねえ父様……この話お断りしてはだめですか?」


アレクシス様が申し込んできた経緯は、あの時の話でほぼ理解した。

あれは本人の勘違いだろう。

だが向こうから申し込んできたため、責任を感じて断る事が出来ないのだろう。

ならばこの話を終わらせるには、こちらから断った方がいいんじゃないの?

無論、あちらが言うがまま嫁げば、贅沢三昧の生活が待っているかもしれない。

しかし勘違いに愛情は伴わないし、長続きする訳もない。

第一ゴールインまでの予算が、今の我が家に無いんだもの。

ならばさっさと降りたほうが賢明ではないか?


「すまない………」


うんうん、父様の返事は予想してたよ。

立場的にそれは出来ないのは理解している。

これはただの私の思い付きだ。


それに父様の謝罪は心にこたえる。

こんな経済状態になったのは父様のせいではないのに、事有るごとに私たちに謝る。

しかし私の生まれたのはグランタール家であり、私はエレオノーラ・グランタールだ。

私の覚悟を甘く見ないでほしい。

私達に取って、頭を下げる父様を見ているほうが辛いよ。


「エレオノーラ、次にアレクシス様にお会いするまで多少の時間はあるわ。母様の持っているドレスをあなたに合うように仕立て直しましょう」


まあそういう手もあるが、こんな事がいつまでも続くようなら、近いうちに我が家は破産するぞ。

何とか早く対策を考えなくては。



結局色々考えても、母様のドレスを解き、私のドレスを仕立て直す事は諦めた。

どう考えても、デザインがちぐはぐになってしまうのだ。


「仕方ありません、誰かに借りましょうか?」


誰に?

私達の知り合いに、王子様に会うためのドレスを持っている人などいないぞ?

おまけにどの知り合いを頼ろうとも、私の身長に合うドレスが出て来るとは思えない。

困りまくる母様、考え込む私。


「大丈夫、着て行くものは私に任せて」

「任せてって、一体どうするつもりなの?」

「ちょっとね、考えが有るの。心配しなくても大丈夫よ」


これがどちらに転ぼうと、私達に取ってそう変わらない結果なのだから。




そして当日。


「エレオノーラ、そろそろ支度をしなければ、時間に間に合わなくなるわ」


母様が心配そうな顔をして、扉から顔を覗かせた。


「あら、支度ならもう済んでいるから大丈夫よ」

「済んでいるって、あなたその恰好は……」


母様は怪訝そうな目で私を見つめる。

まあそれも仕方ない反応だろう。

私は自分の持っている中で、一番いい服を着ている。

そう、普通の町娘がデートに着て行っても大丈夫な程度の服を。

つまり、王室の人に会うには不釣り合いな服を私は着ているのだから。




私を迎えるため、馬車で乗り付けたアレクシス様は、私の姿を見た途端笑い出した。

私の着ている物を見たら、自分に相応しくないと怒って、この話を破談にしてくれないだろうか思っていたのに、その笑顔の意味は何だろう?


「エレオノーラ、君はとてもユニークだね」


何故ご機嫌なのだ?


「いや、町に行くのだ。気を遣わずに楽しむならば君の考えが正しい」


君の考えって何?一体この状況をどう受け取ったの!?


「さて急ごうか?劇場に行く前に、寄らなければならない所が出来たからね」



それから王家ご用達の衣料品店に寄り、変装した(本人がそう思っているだけ)アレクシス様と共に劇場に向かった。

いくら変装しても、アレクシス様は超有名人だし、内から漏れる高貴さは隠しようがないんだよこの野郎。



「楽しいねエレオノーラ。誰も私だと気が付かないよ」


いや、目一杯バレてたから。


「でもあなたをチラチラと見る人が多くて、焼きもちを焼きそうだったよ」


劇場内は着飾った人が多かった。

でもアレクシス様は堂々とその中に入っていく。

たとえ平民のような成りをしていても、周りの人達はすぐにアレクシスだと気が付いた事だろう。

帰国した殿下が、お付きの侍女を従えて、お忍びで観劇に来たのだと映ったはずだ。

それをどこまで勘違いしているんだ?

あの目は隣にいる私を、何と殿下と不釣り合いな侍女なのだろうと、見ていただけだよ。




さて、観劇という最初の試練が終わった。

初めて見るオペラとは、私にとって理解しがたい世界だった。

なぜ愛の告白をするのに、大声を張り上げて歌を歌わなければならない。

戦いをする時に、お互い歌で罵り合い応戦するのだろう。

それらも一種の芸術なのだろうが、私の中では不思議がいっぱいだ。


「エレオノーラ、お腹は空いていませんか?先に食事を取りましょうか?それとも他にしたい事がありますか?」


有りますとも、”今すぐ家に帰してくれ”って言ってもいいですか?

そうしたら私を家に帰してくれますか?

いや、無理だろうな。

それが分かっているからこそ、私は黙って首を振った。


「相変わらず、あなたは慎ましやかな方なのですね」


私に対する誤解がどんどん広がっていく。

まあ勘違いしたいのであれば、させとけばいいか。

どうせそう長い付き合いではないだろうし。



「オペラは楽しかったですか?」


一人の女性を巡る恋愛物語。

アレクシス様は私を喜ばせるため、一般令嬢が好む演目を一生懸命リサーチしてくれたらしい。

実は私の好みでは無かったが、彼の努力に報いるため頷いておいた。


「それは良かった。また一緒に行きましょうね」


私が気に入ったとたいそう喜んでいるが、それ勘違いだから。

勘弁して下さい。


「次は買い物でしたね。エレオノーラは何か欲しい物が有りますか?」


欲しいもの?夕飯に使う野菜とミルク。後は繕い物用の白と茶色の糸がほしいなぁ。

あっ、そう言えば………


「インク………」


少々値が張るが、インクがもう空っぽで欲しいと思っていたんだ。


「インクですか?それならローバル商会がいいかな?」


ちょっと待ったーー!

それって我が国最高峰の文具店でしょうが。

私はインクは近所のミクリ雑貨店と決めているの。

変な所に連れて行かないで!

変な所じゃ無いかもしれないけれど!

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