第14話 対決



「12時方向の上空に、青い光を放つ未確認飛行物体を確認!」


とあるオペレーターのその発言が、この発言を聞くことのできる全ての関係者に緊張を走らせる。

来た、という確信が現場に走る。普段は滅多に使うことのない銃を握る機動隊員は、額を汗を流していた。厳しい訓練を乗り越えてきた自衛官は、空からやってくるであろう敵の襲来に、集中力を高めていた。


青い光を放つ飛行物体は徐々に輪郭を帯びていき___そしてついに、肉眼にて、それが人の形をしていることが確認された。


「全部隊、第一種戦闘配置。繰り返す。全部隊、第一種戦闘配置」


全部隊が銃火器を構え、いつでも発砲できる準備が整う。あとは、上官による発泡許可さえ降りれば、銃火器が火を噴けるようになる。

この事態は、ビルに設置された司令部だけが見ているだけではない。自衛隊の指揮権を有する内閣総理大臣、並びに内閣に名を並べる閣僚たちも映像を通してこの事態を見守っていた。


文字通り全日本が見守る中、その人物______超能力者ライトは、警察庁の隣にある警視庁の建物の目の前、桜田門の交差点に降り立った。

ふわりと青い光を纏いながら着地したライトは、あたりを見渡すと、あたり一面に響くような、よく通る声で話し始めた。


「ご機嫌よう、記念すべき解放の日を見守る、全ての聴衆よ」


挨拶の仕方は、広まったあの動画のそれとほとんど変わらない。大きく腕を広げ、自らを誇示するその仕草は、まるで演劇の俳優のように様になっていた。


「私は約束を守り、今日こうしてやってきた。そして、私の約束に応じてくれた警察、そして国の守り人たちにも感謝しよう。君たちは、最高の舞台を用意してくれたよ」


ゆっくりと歩みを進め、ゆっくりと間をあけた口調で、ライトは少しづつ進んでいく。


「今日私は、変革の鐘を鳴らす。この世のあらゆる抑圧を踏破し、遍く全世界に、解放をもたらすために」


その進む先は戦場か、それとも___


「さぁ、鐘の音を飾ろうじゃないか。___かかってきたまえ」


そう言うと、ライトは青い光を発して飛び上がり___


光の弾を掃射し始めた。





___________





光の弾は無差別に周囲を襲い、建物や地面にあたり爆発を引き起こす。

目の前の存在が、圧倒的な力を持った破壊者であることは、もう誰の目にも明らかであった。


「麻酔銃用意。___撃てぇ!」


まずは小手調としての麻酔銃が発射される。対暴動用の麻酔銃は、人体に当たった瞬間に神経を痺れさせることが可能だ。本来であれば数百人規模の暴動に対して使われるものであるが___今は、ただ一人に向けられている。

だが、相手にするのは、数百人の暴動よりも遥かに恐ろしい力を有する超能力者である。

ライトはそれらの弾丸を、身動きすらせずに受け止めた。弾丸は全て、ライトの目の前で勝手に弾け飛び、ライトの前に弾丸の道を作っていく。それが超能力による防御であると気付くまでに10秒ほどの時間がかかり、銃を構えていた部隊はすぐに鎮圧の仕方を変えることとなる。


銃を対暴動用のものではなく、破壊力が桁違いの本物のライフルを取り出す。それを数十人の隊員が一斉に切り替えを行い、構える。

日本国内で使用されることなど通常ありえないその対応方法に、一部の隊員は戸惑う。だが、それ以上に、銃を撃ち放っても全く動きを止めないライトの存在に対する戸惑い、そして恐怖が勝った。


そしてついに、殺傷能力を有するライフルが発射される。人体に命中すれば、致命傷は間違いない威力。反動も先程の銃より大きく、発射音も大きい。

だがそれも、麻酔銃と変わった結果をもたらすには至らない。全てライトの前で見えない壁に弾かれ、ライトの歩く道に弾丸の絨毯じゅうたんを作ることなった。


ライトは何も言わず、ただゆっくりと歩を進めているだけである。ただそれだけなのだが、その顔に張り付いた薄い笑みと鋭い目が、彼に銃口を向ける全ての隊員に、言いようのない違和感と恐怖を植え付ける。


「くそっ、何なんだよ……!」


とある隊員が、そんな言葉をこぼした。

無理もないと、その他の隊員も共感した。

今自分が何をやっているのか、分からなかった。自分が相対しているものが何なのか、分からなかった。

銃を打てば、人は死ぬ。銃を撃つことで傷つかないものなどない。

だというのに、目の前でゆっくりと歩を進める男は、いくら撃っても死なない。傷つくことがない。撃たれれば死ぬのが人間だというなら___こいつは、姿


そんな恐怖が、次第に隊員たちに伝わっていく。

ライトが無数の銃弾を浴びながら平然と歩いている場面は、報道陣もカメラに収めている。その衝撃的な光景は、力を使い人助けを行った斉藤正真のそれよりも、遥かにショッキングなものであり___その姿に全世界が言葉を失うのは、必然的なことだと言えた。


恐怖が隊員たちの間に伝ったことを感じ取ったのか、歩を進めたライトが行動を変える。

その体から突如青い光が発せられたかと思うと___その姿は、銃を撃つ隊員たちの目の前にあった。


「ひっ!?」

「落ち着け、君に危害を加える気はないよ。休まずに撃ちたまえ」


ライトは自分の胸を指差し、そこを撃つよう目の前に隊員に呼びかけるという、理解のできない行動を開始した。

周囲にいた隊員たちも、ライトに近づくことを拒むかのように距離を取った。隊列が乱れるが、これを責める人間は、ここにはいない。遠くで指揮を取る人間でさえ、ライトへの恐怖が勝っていたのだから。


「う、うわぁぁぁぁ!」


隊員の何名かが、何かに取り憑かれたかのように銃を撃ち始める。狙いはしっかりとライトの胴体を目掛けており、外れてなどいない。しかし、隊員たちの目の前で、銃弾が音もせずに止まり、そしてただ下に落ち続けるだけのその様子は、先ほどよりもさらに強い違和感を感じさせる。


ライトは隊員たちに興味を無くしたと言わんばかりに、歩を続ける。部隊はライトの歩に合わせて少しづつ後退していた。

突如、警報音と共に大きな声がスピーカーから轟いた。


『警告する。超能力者ライト、ただちにこれ以上の進行をやめよ。進行をやめない場合、爆破武器の使用を行う。繰り返す、超能力者ライト、ただちに___』


スピーカーの話し手は、衛星中継によってライトの行動を観測しながら話している。しかし、その声が届いていることが明白なのにも関わらず、ライトはまるで何事もなかったかのように、歩を進めていた。


「______っ!もう構わん、撃て!」


怒りを感じた指揮官は、爆破武器の使用を許可。

直後、隊員たちが一斉にライトから距離を取った。

そしてその後方から___ミサイルランチャーが現れる。


「ははっ、いいじゃないか。ようやく、戦いっぽくなってきたな」


ライトはこんな状況でも、笑みをこぼしている。

ミサイルは、大規模な破壊に適した武装であり、決して個人に対して向けられるものではない。その爆発の威力は、周囲一体に衝撃波による突風を引き起こし、人を吹き飛ばしてしまうことなど容易いものである。そんな兵器を、人に対して直撃させる必要などない。しかし、この時のミサイルの操舵手は、上官の命令に従い、躊躇いもなくライト目掛けてミサイルを発射した。


空気が勢いよく吐きだされる音と共に発射されたミサイルは、ライトの目の前の地面に直撃する。爆発が起き、近くにいた隊員の体が僅かに浮くほどであった。

これほどの大威力攻撃。これで死なないのであれば、それはもはや生物とすら呼べない、超常の生命だろう。


そう、まさしく______


ライトとは、超常の生命であったのだ。


爆発によって巻き上げられた粉塵から現れたライトは、青い光を放つようになっている。そこに、爆発の直撃を食らった人間の姿はない。

そこにあるは、生物の枠組みを超えているであろう、超常の生物。

銃を持った人間如きが、いくら徒党を組んでも___決して敵うことのない、怪物であった。





___________





「…………なんてことだ」


司令室で戦いを見守っていた明石は、思わずそんな言葉をこぼした。

目の前で起きていることが信じられない。まさか自分の目で、銃も通じず、ミサイルすら通じない人間を見ることになろうとは。

いや、そもそも___


(あれは___本当に人間なのか?)


あのような存在が、自分と同じ生物であるという事実。それを拒みたくなるような、絶望的な光景が広がっていた。

チラリと正真を見ると、微動だにせず戦いの様子をモニターで確認していた。次々と撃たれるミサイルや小銃をに対して全く怯まずに進むライト。その様子をもう一人の超能力者である正真は、一体どんな思いで見ているのか。


(…………)


山下は、あくまで必要なデータを取るために来たと言っていた。しかし、この状況を踏まえれば、最悪の場合、正真が戦力として動員される可能性があることを、明石は危惧していた。


(ふざけてる。いくら超能力者だからといって、まだ15歳の少年を前線に投じてたまるか)


前線は後退を続けており、いよいよ後がない状態になっていた。

明石は周りに気づかれぬよう、そっと部屋を出た。





___________





戦いが始まってわずか5分。


ライトは、既に警察庁の目の前に到着していた。

ここに来た目的はいくつかある。


その一つに、自分の力が現代の平気にどこまで通じるかということを試す目的があった。だが、蓋を開けてみれば、全く実験にならない結果である。銃も爆弾も一切通用せず、全て簡単なバリアだけで防げてしまう。


(興醒めだ。いや、誇るべきはこの力か。我ながら、面白くない力を手にしてしまったな)


ライトはそんなことを考えながら、ついに積極的に行動に移ることとした。


「さて」


ライトは身に纏い続けていた青い光を、自分の体の周囲から徐々に広げていった。


「斉藤正真の使い方は確か___こんな感じだったかな」


周囲の部隊がライトから距離を取ったタイミングで___それは起きた。

ライトの周囲に広がっていた青い光が収束し、ライトの周囲に円を作ったかと思った次の瞬間。


光が瞬き、爆ぜた。


コンクリートで固められた地面が簡単に抉られ、ライトから30メートル以上距離があった戦闘用車両がまるで紙くずのように転がった。あたり一面に土煙が立ち込める。近くにあったビルの1階部分はみるも無惨に破壊し尽くされており、街路樹もへし折られている。

そして、近くにいた部隊員たちが、街路樹などに打ち付けられ___所々で、血を流していた。

衝撃に吹き飛ばされただけの隊員は幸運だ。体の至る所の骨が折れ、内臓の出血が起きているため、処置をしなければ危ないだろう。だが、まだ生きている。

そうでない隊員の中には、肉の原型を留めることができず、ひしゃげた肉塊と化した者もいた。


「______」


司令室の静けさが緊迫の静けさから、絶望の静けさへと変化する。

全ての隊員にはその命の保障を第一に考えられた、最新鋭の防護スーツが着せられている。例え何発か銃弾を食らおうと、爆発に飲み込まれ吹き飛ばされようと、それでも何とか命を救うことが可能な、品質のいい代物である。

だがそれがあっても___あの怪物相手には通じない。その認識が、現場にいた部隊員だけでなく、司令室にもパニックを引き起こしていた。


「……くそ、嘘だろ…?一瞬で、部隊が壊滅だと……?巨大なテロ組織にだって勝てる装備だったんだぞ……」


とあるオペレーターの虚しい苦言は、どこにも届かない。その声を聞いていた誰もが、こう思ったからだ。


相手は、テロ組織どころではない、正真正銘の怪物なのだ、と。


「……これは参ったな。いくら何でも想定外だ。彼のデータを取ることで超能力者について粗方理解したつもりだったが……戦闘目的で力を使われると、こんなにも理不尽なのか」


山下は、汗で下がってきた前髪をかき上げながら、そううそぶく。ライトの力自体は、山下の想定の範囲内である。だが、その力が人に向けられた時のシミュレーションまではできていなかった。


「これは、人の手に余る。対抗するには……」


そういい、正真に振り向こうとしたが___正真の姿は、既になかった。


「ははっ、やっぱり。君は、放っておける人間じゃないからね」


正真の行動を予測し、これからの展開に目が離せないと考えた山下は、いつもの落ち着きを持って、モニターを眺め続けていた。





___________





その光景は、司令室だけでなく、上空から撮影を行っていた報道陣にも届いていた。青い光から発せられた衝撃波が部隊員を壊滅させる。そんなショッキングな映像が、世界中に発信されている。


「これ、やばいぞ」


とあるテレビ局のキャスターはその報道内容を見て、報道を打ち切るべきか悩んだ。テレビ局の儲けを考えれば、これは絶対に報道すべきである。事実、そのテレビ局の視聴率は25%を既に上回っており、テレビ局としては逃すことのできない一大ニュースである。しかし、という事実が、世間にどれだけの破壊的な影響を与えてしまうか、そのキャスターは想像がついていた。


(下手したら___こんなのは国がひっくり返るレベルの事態だ。報道はやめた方がいいんじゃないか?)


そんな考えと同時に___この歴史的な瞬間を見逃してはいけないという考えもあった。このテレビ局だけが放送を打ち切っても、情報はネットを通していくらでも拡散されていくだろう。

それを打ち切ることに、大きな意味があるとも思えなかった。


(今できることは___この瞬間を目に焼き付けておくことなのか___?)


答えは出ぬまま、放送は続く。


世界中のあらゆる人間が困惑に陥る中、その元凶であるライトは、警察庁の建物の前で瓦礫を浮かし、怪我した隊員たちを救助していた。

隊員達の多くは気絶している。しかし、ライトが青い光を向け、力をかけると、途端に目を覚ました。


「な……う、うわぁぁぁ!」


気がついた隊員の何人かが、目の前にいるライトに怯え、我先にと逃げ出した。

だが、少し距離を取ったところに行って振り返ると、ライトは自分たちなぞ全く興味がないと言わんばかりに、他の怪我した隊員達に光をかけている。


「なんだ……アレは」


怪我を治された隊員は、その信じられない景色を目の当たりにして呆然としている。それは、その様子を映像越しに見ていた、全ての人間と全く同じ反応であった。


ライトは明らかに___使


その事実はさらなる混乱と___現場にいた部隊員達に、わずかな希望を与えてしまった。


「お、おい。こいつを助けてくれないか……今にも死んじまいそうなんだ…!」


ある隊員が、そう言ってライトに近づいた。その様子を見ていた他の隊員は、その隊員を敵に跪いた臆病者と罵ることなどできない。その隊員が抱えていた者は、見ただけでも死にかけであることが明白であった。


ライトは、そんな隊員の懸命な頼みを聞いて___そっと、光を怪我した隊員にかけた。

すると隊員はすぐに息を吹き替えし___出血が止まらなかった腹部の怪我が閉じられた。


その様子を見ていた者たちも、続々と続く。ある者は折れてしまった自らの腕を差し出し、あるものは心肺停止となった仲間を抱えて、ある者は歩けずに這いずりながら。

そう、それはまるで___聖者に対して、救いを求めているかのような光景であった。


「馬鹿者が!今やれ!今が最大の隙だろう!?」


司令室に怒号が飛び交う。司令室からも見えていた、あまりに絶望的な状況。しかし、ライトが攻撃をやめ、自分で傷つけた部隊員たちを自分で癒すという常軌を逸した行動を開始したことで、襲撃するには絶好のチャンスが生まれていた。


指示を受けた隊員は、指示に従い狙撃を行おうと、遠距離から銃口をライトの頭に照準を合わせる。しかし、合わせた直後に、のを見て一瞬にして構えを解いた。


「ひっ……き、気づいているのか……?」


「やれやれ、官僚制の中で戦うとは嫌な仕事だな。上官の命令次第では、仲間を見捨てる非人道的な決断もせねばならないのだから、当然と言えるが」


ライトは自らに銃口を向けたスナイパーを一瞥すると、何事もなかったかのように、また新たな負傷者の手当を始めた。


「感覚が鋭くなるとは実に不思議な体験だな。視力が強まったわけでも、聴覚が強まったわけでもないが___これは第六感とでもいうべきか?」


ライトは何か超人的な訓練を受けた人間ではない。視力は仕事の関係もあって平均以下であり、聴力も並程度である。だが、この力に目覚めてからは、やたらと多くのことを見て、聴くようになったと感じている。感知能力にも何かしらの恩恵があるのかもしれないと考察しながら、ライトは緻密な力の使い方で隊員の傷を癒し続ける。


(いずれにせよ……あらゆることに気付けてしまうというのは、便利でもあるが……同時につまらないな)


そして、ふと横を見ると、一人の男が立っている。

明石正道。

ライトの目の前に立つのは、一人の無力な人間だった。





___________





「……お前がライトだな」

「そうだ」

「私は明石正道。刑事だ」


明石はライトの目の前に立ち、うずくまる隊員たちを眺める。

既にそこに戦意は存在しない。たった一撃で沈められた国家の武力。あまりにも悲惨で、そして傷ついた隊員たちの目に宿る確かな希望の色が、この事態がより一層悲惨であることを告げていた。


「おい、なぜあそこに刑事がいる」


司令室では、モニター越しに明石の姿が映っている。警察庁の刑事は今回の攻撃の標的でもあるため、全員が安全な場所での待機を命じられている。しかし、明石は監視の目をくぐり抜け、戦場へとたどり着いてしまっていた。


「……まさくん、何やってんの……」


明石の性格をよく知る宮下も頭を抱える。確かに、明石ならこういった場面で動くだろうとは考えていた。だが、まさかあそこまで大胆な行動を取るとは。


「はは、なるほど。彼も、の人間なんだな」


山下は明石を、楽しげに眺めている。


「……刑事か。本来はここにいないはずの人間だ」

「ああ。だが、私が出なかったらお前は何をするつもりだった?」


明石はライトと相対している。ライトはそれを見抜き、明石の話に応じることにした。自分相手に武器を持たずにコミュニケーションを試みることが、どれだけ困難なことか知っているからこそ、ライトは明石を認めていたのである。


「はは、君が来なければ、か。答えは、既に予告動画で言っているぞ」

「___警察庁本部の建物の破壊。それがお前の目的だろう」

「ついでに、機動隊の壊滅も含んでいるがね」

「何のためにそんなことをする。"解放"という目的のために、なぜ警察を攻撃する必要があるんだ」


明石にとって、ライトの思想は正しく天敵とも思える者であった。

明石は、自らの正義を貫くため、警察になった。警察の仕事の全てが正義というわけではないが、それでも少しづつ理想の正義に近づいていける仕事だと思い誇りを感じ、自分なりの信念を貫いてきたつもりでいる。

しかし、ライトのそれは明石のそれとは正反対である。ライトにも強い信念があるのだろう。だが、ライトはそれを貫くため、明石とは真逆のやり方___圧倒的な力による実現を図ろうとしている。

明石には、ライトのその姿勢が許せない。力を正義に使うことは正しいと思っている。斉藤正真が見せてくれた数々の奇跡は、本当の意味で正義だと明石は思っている。だが、なぜライトはこんなやり方を取るのだろう。明石を含めた多くの人間が、毎日の努力を積み上げ、少しづつ変えていこうという取り組みを、力づくで強引に進めようと思うのだろう。


「私はお前の考えていることなど知らないし、超能力がどんなものかもよく分からん。だが、その力にはもっと別の使い道があっただろう。なぜ、こんな使い方なんだ……!」

「ほう?その使い方というのは、斉藤正真のような使い方が理想と言っているのかな?」


ライトはまるで明石の考えていることなど手に取るように分かるとばかりに明石に質問する。不意打ちのような指摘に2秒ほど言葉に詰まる明石だが、自らの正義を信じて、言葉と続けた。


「……彼の力の使い方も、私は正しいとは思っていない。そもそも、超能力なんてものがなくたって、この社会は上手くやっていかなければならない。そういう前提で、ここまで形作られてきた」

「ふむ」

「そして、それはこれからもだ。これからも、人々は己の無力さを嘆きながらも、少しづつ前に進もうとする。その歩みは、いつか必ず理想に、正義に近づけるはずだ。今この瞬間に、超能力を使って歩みを無理矢理早めたって、そこには追いつけない人がたくさん出る……!」


明石は無意識のうちに歩みを進め___いつしか、ライトの30センチメートル手前まで近づいた。


「お前は、そんな犠牲を生むような変化をもたらすつもりなのか?その力を使って?」


明石は、幼い頃の、無力感に打ちひしがれていた自分を思い出す。

自分はあれから、様々な体験を経た。そして、自らの無力に、何度も何度も打ちのめされた。だがその歩みには、絶対に価値があると言える。だからこそ、その過程を飛ばして理想を体現しようとするライトは、絶対に認められない存在であった。


「はっ」


そんな明石の、絶対に引かないという姿勢を感じ取ったのか___ライトは、微かに笑った。


「……犠牲をもたらす変化か。面白いことを言う。では犠牲をもたらさない変化があるとでも言うのか?」

「全くないとは言わん。現代で起こっている些細な変革にも、犠牲はある。だが、少なくともお前のそれよりは少ないはずだ。たくさんの人の心を殺す、お前のやり方とはな」

「そうか。君の言葉には確かな知性の光がある。社会の変革にも聡いのだろう」

「……?」


明石は、ライトの雰囲気に___変わりつつあるその奇妙な気配に、気味の悪さを感じ、思わず半歩足を引いていた。


「だが、聡いからこそ見落とすものもある。人間とは、知を得れば得るほど愚かな選択を下す生き物だよ。だから、君みたいな人にこそ、私の童心を理解してほしい」


ライトが言っていることは、よく理解できない。

何を自分は聞かされているのか、よく分からない。

だが、自分が今ここで何を考えるべきかだけは、分かった。


「……童心?お前は一体、何を考えている。何を追い求めている?」

「その答えは___彼が来てから答えるとしよう」


ズドン、とライトと明石の横に何かが落ちてきた。

月煙が明けた先にいたのは______


「やぁ、待っていたよ。正義の少年斉藤正真


ライトの青い光と対をなすかのように、赤い光を放つ___



一人目の超能力者、正真だった。



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