エレーナは荒野を駆ける

黒崎吏虎

第一章 運命の変化

第1話 貧民街より生まれし女勇者

 アルタルキア王国、西南端に位置する貧民街スラム・バンテル。


アルタルキア王国には数ヵ所かはこうした街があるのだが、バンテルは最悪レベルで殺人、窃盗、密売買、売春が繰り返し、毎日のように行われており、とてもではないが、女子供おんなこどもが居ていいような場所ではない。


何故なら生きるのに皆必死なのだから。


そんな中、アッシュゴールドの髪をした1人の少女は、今日も今日とて男にも引けを取らない腕っ節を披露し、生きるために盗みを繰り返していた。


彼女の名は「エレーナ」。


まだ12歳の少女が、のちにとなることなど、この時はまだ誰も思うことはなかったのであった。




 バンテルの朝は、ゴミの山からゴミを漁るところから始まる。


国の中心街から出されたゴミの山が、ここに集約されるのだ。


「おお!! ゴミが! ゴミが来たぞ!!」


「食いモンはあるか、食いモンは!!」


……とまあ、早い者勝ちでこうなるのが常である。


……朝っぱらからこんな一大イベントが行われるのもどうかとは思うが、先述の通り、皆生きるのに必死なのだ。


当たり前も当たり前だ。


残飯が入っていればラッキーくらいの感覚なので、こういうのには余念がない。


エレーナも例外ではなかった。


エレーナはゴミの山に行き、我先にと行く大人達を尻目に、生活に使えそうな物資や残飯を調達していくのであった。


勿論、それを狙って待ち構える輩もいるのだが、エレーナは喧嘩はこの街でも最強クラスに強い。


酔って集る男達を走りながら蹴りで薙ぎ払い、路地裏に隠れたのだった。





 この路地裏は、エレーナの「居住区」みたいなもので、普段はこうやってここに隠れるようにして生活をしている。


謂わばホームレス。


彼女は親の顔を知らない。


というか、覚えていないと言った方が正しいのかもしれないのだが。


エレーナは細身ではあったが、不思議なほど顔立ちが整っている。


清潔ささえあれば、中心街でもモテそうなほどの容姿だ。


犯罪が常なこのバンテルは、エレーナのような独り身、ましてや女児はこうやって隠れて、でないと生活ができない。


何せ、ロリコンもいるので、レイプ対象になってしまうから。


エレーナは、近くにあった箱を開けた。


残飯を食べたあと、ここの中に入り、物資を入れていく。


雨風や雪も凌げるので、エレーナは5歳で天涯孤独となった時からここを利用している。


「髪切ろ……伸びてきたし、ちょうど。」


エレーナは過去に盗んだナイフで後ろの髪と前髪をバッサリと切り落とした。


その後でフードを被り、箱から出た。


ある目的のために。




 エレーナは、バンテルを出て、隣町の「フォレアナ」へとやってきた。


そこの市場がエレーナの目的だ。


ここに来ては毎度のように万引きを繰り返しているのだが、スラムの人間は生きるためなら平然と犯罪を犯すのだ。


女であろうと、子供であろうと。


エレーナは上手く人混みに紛れて良さそうな食料を物色する。


カラスの肉を生で食べたこともあるほどの旺盛な食欲を持つため、エレーナはここを訪れて、良さそうなものがあったら隙あらば盗み取る、それが常だ。


エレーナは良さそうなハムを素早く盗み取り、脱兎の如く店を抜けて走り出して行った。


「あ、コラ! クソガキ!!」


気付かれたとはいえ、エレーナは身体能力が高い。


店主が後を追えないような物凄い脚力で、あっという間に遠くまで逃げて行った。


(ハァ……ハァ……なんとか取れた……早く戻んないと……)


エレーナはバンテルに向かって走り出して行ったのだが、今日に関しては誤算が生じていた。


この町に王国軍の兵士が居たからだ。


「オイ! 止まれ、ガキ!!」


兵士に大声で叫ばれるが、エレーナはものともしなかった。


「チッ……退けよ!!」


エレーナは兵士に向かって左ミドルキックを走りながら放った。


兵士は強烈なキックに弾き飛ばされ、倒れ伏した。


騒ぎが大きくなる中、エレーナは一目散にあの路地裏へ帰ろうとひた走る。


だが、バンテルの入り口前に、まさかの兵士が張り込んでいた。


その数12人。


「!? なんでこんな……!!」


「騒ぎがデカいかと思ったら……クソガキじゃねえかよ……オイ、引っ捕らえろ!!」


「オウ!!!」


兵士がエレーナを捕らえようと、一斉に襲いかかる。


「クソ……!! こんなところで捕まるわけにはいかないんだよ!!」


エレーナは抵抗するように、向かって来る兵士を蹴りで次々と薙ぎ倒していく。


エレーナは生きるために必死なのだ、捕まれば全てが終わると思っているのだろうか、全弾本気だ。


「ハァァァァァァッッッッーーーーーーー!!!!」


門の前に立つ兵士に右拳をフルスイングで振るっていく。


だが。


その兵士に躱され、エレーナは首根っこを掴まれて、道路に叩き伏せられた。


「グッ……!!」


「オイ! 縄持ってこい!!」


「ハッ!!!」


エレーナは尚も暴れて抵抗する。


そして叫ぶ。


「捕まえるくらいなら殺せよ!! オイ!!」


……とても12歳の少女とは思えない抵抗具合と口ぶりなのだが、スラム育ちなので無理はないのだが……。


「お、オイオイ、暴れんなって……落ち着けって、殺すわけじゃねえから……って、ん?」


ある兵士が、エレーナの左手にがあるのに気がついた。


「どうした?」


「いや……コイツ……左手に……紋様が……あるんだよ!! 3!!」


エレーナはなんの話をしているのか、と思ったが、左の袖だけ左手が隠れるように調節をしていたので、コンプレックスとなっているその紋様だったのだが……兵士は興奮気味に続ける。


「このガキ……!! 『』の証を持ってるぞ!! すぐに国王様に報告だ!!」


「……ハア?? 私が……勇者?? バカじゃないの?」


「いいから来い!! で……お前、名前は?」


「……エレーナ……」


「よし……エレーナだな? お前、あんな貧乏暮らしよりもよ、すっごくいい場所に移されるぜ?? 喜べよ、お前の人生は今日で変わるんだよ!!」


兵士は、エレーナがハムを盗み取った店へ行き、エレーナを連れて謝罪をした後、王城へと連れて行った。


このことが、エレーナの運命を大きく変える出来事となるのだった。




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