第4話 魔法陣

 二人をその場に残して家の中へ。


 テーブルの上を片付けて、向かい合って置いてある椅子をテーブルの片側に並べた。


 ベッドを整えて、見られたくないものを隠せば、ひとまず人を迎え入れられるだけの準備はできた。


「入って下さい」


 扉を開けて、二人を招き入れる。


「失礼する」

「魔法陣の準備をするんで、座っててください」

「ろうそくに、かまどに、おけの水。へぇ、保冷庫もねえのか。ずいぶん不便そうな生活だな」


 椅子に座った少年の後ろに立った女は、物珍しそうに家の中を見回した。居間兼寝室兼台所の一部屋なので、見通しはかなりいい。


「魔石が使えませんからねー。俺魔力ゼロなんです。だから、町でなく、森の中こんなところに住んでます。水道も使えないんですよ」


 水を汲むなら川が流れている森の方が都合がいい。同様に、ろうそくの明かりも、料理のためのかまども、町の中では使いにくかった。


「魔石も!? それなのに魔術師などと……!」


 少年がばんっとテーブルを叩いた。


「魔術師っていうか、魔法陣師です」

「魔法陣師は魔術師の一系統だろうが!」

「魔力がなくても魔法陣は描けるんですよ。それを今から証明します」


 棚の中から、折りたたんだ紙を取り出して、テーブルの上に広げた。紙は幅が手の平二つ分の正方形で、そこに赤と黒の二色のインクで魔法陣が描かれている。


 机から筆とインク三種類持ってくる。


 手間をかければ一色でも済むが、今は速さを優先した方がいいだろう。

 

「これは、上に置いた桶の中の物を綺麗にする魔法陣です。少し描き足して、着ている服を綺麗にする魔法陣にします」

「そんなことが可能なのか?」


 いぶかしげに少年が言う。


「これでもプロですから」


 俺は筆にインクを取り、すらすらと魔法陣に加筆をしていった。このくらいなら迷わずに一発で描ける。


 対象を上描きするだけだから、高価なインクを使っているのもあって、それほど時間はかからなかった。


 せっかくだから、と簡単な演出も入れた。


「できました」

「へえ、あっと言う間にできちゃうもんなんだな」


 ふーっと息でインクを乾かしてから、魔法陣を床へと移す。


「では、陣の中心へどうぞ」

「いやしかし、こんな即席で改変された魔法陣に入るのは……」

「なぁにビビッてんだよ、ほら」


 女が尻込みをした少年を腕を引いて立ち上がらせる。


「大丈夫ですよ。汚れを落とすだけです」

「しかし、下にはもう一つ魔法陣があるんだろう……? 干渉したりだとか……」

「干渉はしません」


 くっと悔しそうな顔をして、少年はしぶしぶ陣の中心に立った。


「魔力を練りながら、杖で中心を突いて下さい」

「僕が起動するのか?」

「俺には起動できないので」

「な……! 起動もできないのか!? なのに魔術師などと……!」

「シャル、もうそれいいから。早く」


 チッという舌打ちと、何で僕がとか、こんな得体の知れないだとか、失敗したらただじゃおかないだとか、色々聞こえてきたそのあとで、少年は杖を構え、すっと目を閉じ、魔法陣の中心を突いた。


 その瞬間、陣が光り、地面からぽわりぽわりと光の玉が浮き上がってきた。


 それらは少年の体のあちらこちらに付き、ぷるぷると震えたあと、次々にぱちんとぱちんと消えていった。


 全ての玉が消えると陣の光も止み、少年が着ていたローブは汚れがすっかり落ちて新品のように真っ白になっていた。


 最後に、少年の足元の紙が、ぼろぼろと崩れて宙に溶けた。紙とインクが魔法の代償として使われた結果だ。


 その間、数秒。


「すっげぇぇ! めちゃくちゃ綺麗だった! な、シャル」

「あ、ああ……」


 少年は自分のローブをまじまじと見つめていた。


「ローブ以外の汚れも落ちているな。だが杖の汚れはそのままだ」

「対象を衣服に制限したので。鞄は……ああ、やっぱり衣服とは認定されなかったんですね。靴はいけるかと思ったんですが、こちらもダメでしたか」


 衣服ではなく、身に着けているものと指定するべきだったかもしれない。


 でもそうすると術式が複雑になるなあ。


「魔法陣は紙ごと消えるのか」

「ええ、魔法陣としての寿命がなくなると消えます」

「お前やるなぁ」


 がばっと護衛役の女が後ろから肩に腕を回してきた。


 ちょ、おっぱい当たってるから! 当たってるから!


 なんかいい匂いするし。


「これでシャルも納得だろ? 魔法陣師はこいつで間違いねぇな」

「そうだな。ノト・ゴドール氏に相違ないだろう。貴殿、疑って失礼した」

「いや、いいんですよ。よくあることです」


 疑われるのはね。


 突然攻撃されたのは人生で初めてだ。


「では改めて、ノト・ゴドール殿に頼みたいことがある。これは特別審査官としての正式な依頼だ」


 俺は女を引きはがすのに躍起になっていた。


 腕が首に回ってがっつりとホールドされている。


 おっぱいが顔に当たっていて、いろいろとヤバい。


 いい加減離れろよっ。

 

 俺の悪戦苦闘っぷりを完全スルーして、少年は言葉を続けた。


「ドラゴン討伐に同行してもらいたい」

「は?」

「あれ?」


 俺は思わず女の腕からするりと抜け出してしまっていた。

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