第20話 秋冬 福岡市 その2

 自分はどこへ向かっているのだろう。海の見える公園の入り口のベンチに腰掛け、苗はぼんやりと空を眺めた。

 夏休みに偶然出会い、大濠公園で最初にデートしてからというもの、片時も彼のことが忘れられなくなってしまった。付き合おうとか、はっきり言った訳では無いが、お互いの気持ちはとっくに同じ方向を向いていると苗は思っていた。

 あれ以来、苗は毎日のように彼と会っている。今日も一緒に勉強すると言いながら——フェリーに乗って海浜公園へ来てしまった。

 このままで良い訳はない。彼と付き合い始めてからというもの、自分は家で満足に教科書すら開いていない。

 受験を控えた苗にとって、このことがどういう結果を招くのか、彼女自身、予見出来ないはずがない。

 だけど……。どうしようもない。内から溢れてくるのだ。止められっこない。

 この気持ちが恋愛であることは疑いようがないが——

 先週、初めて彼から求められた。

 最初にデートしてからというもの、幾度となく口付けだけは交わしていたが、初めて体に触れられた。男性がそういうものだとは解っていたつもりだったが……正直これまで自分がそういう行為の対象となることを想像すらしていなかった。恥ずかしかったし怖かった。だから私は拒んだ。

 だけど——

 それが本当に正しかったのか、自分には解らないままだ。そもそも男女の付き合いとは何なのだろう。行動を共にすることか? お互いを知り合うことか? それとも……。

 瞬き一つせずに、苗は遠くの雲を見詰める。

 私は気持ちを通わせるだけで良い。それが身体的な接触を伴おうが、そうでなかろうが構わないと思う。けれど角田君は違う。その時の彼は、いつもの歯に噛んだ優しい目差しで私を見てはくれなかった。冷静に獲物を狙う獣のような。そういう鋭い目付きで、彼は私を見たのだ。私は恐ろしくて身動き一つ出来なかった。

 あれが彼なりの求愛だったのか、私には解らない。だけど——

 苗は溜息を吐いた。それでも私は彼から離れられない。

 多分、近いうちに私は許してしまうのだろう。

「春野、お待たせ!」

 遠くから彼の声が聞こえた。振り返ると、駅の方から彼が走って来る。思い掛けず胸の鼓動が速くなり、苗は高まる気持ちを制御出来ない。

 胸の内に漠然とした期待と恐怖を抱きながら苗は立ち上がり、大きく右手を振った。

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