第15話 夏 ボウエンアイランド その3

 胸の動悸が激しく、なんだか息苦しい。

 自分は、このまま死ぬのかも知れない。

 そう考えて日和はがっくりと椅子に腰を下ろした。

 レイバーデイ。夏休み最後の連休、その最終日キセツは殺人的な忙しさに見舞われた。

 この日を見込んで用意した通常時の二倍近い量の弁当は、とっくに売り切れてしまい、急遽、紡が追加で用意したものの、それすら、あっという間に完売してしまった。まるで腹を減らせたイナゴの大群が通過した後のように、店で蓄えた在庫は空となり、材料切れで夕方を待たずして閉店に追い込まれた。

 その結果、紡を初めとして、日和もブレンダも、トライアスロン後の選手のように、疲労困憊で声を出すことすら儘ならない状況になっていた。

「畜生。まだ売れたな……」汗を吸って変色したTシャツの裾で手を拭いながら紡が呟いた。

「いや、もういいって」椅子に腰掛け弛緩した日和が、顔に掛けたタオルを捲って言った。「これだけ売れば文句ないっしょ」日和は一人で納得している。

「本当に皆さんお疲れ様でした」

 ブレンダが言うと、「他人事か」と後の二人が口を揃えた。

「もういいぞ、今日は。簡単に片付けして明日に回そう」

「でも明日から私、学校だよ」

 日和は言ったが、「兎に角、明日だ」と紡が言うので、素直に従うことにした。それほど今日は忙しかった。

「ああそれから、皆んなで今月末、一泊してハイキングに行こうと思うんだけど、どうかな?」急に畏まった声で紡が二人に尋ねた。

「今月末?」

「ああ、レイバーデイも終わって、これから客足も落ち着いてゆくだろ? 夏の間お疲れ様ということで、店を閉めて出かけようかと——」

「賛成!」話終える前に日和が挙手した。

「早いな。まあ良かった。ブレンダは?」

 ブレンダは迷った風にモジモジして、紡の顔を見ている。

「何かある?」

「いいえ、何も……、あの、はい。行きます」

 なんだか煮え切らない様子に心配した紡だったが、日和が自分に任せろと連呼するので、その件は預けることにして解散した。

 帰り道、日和はブレンダに駆け寄った。

「どうした?」何となく察していたが、そのことには敢えて触れずに日和はブレンダに尋ねた。

「いえ。あの一泊ということだったので——」

 やはりそうか。

「今もなの?」

「ええ。ちょくちょくと」

 本当は毎日のことだった。気付けば泥の着いた足で寝ている。掃除し易いように最近はソファで眠ることにしたくらいだ。けれどもブレンダは、そのことを日和には内緒にしていた。毎日だと知れれば、日和は心配して紡に相談するかも知れない。そうなると流石に紡も医者に相談するだろう。

「大丈夫だよ。私が一緒に寝てあげる」

「でも……」

「心配ないって。他の人には分からないようサポートするから」

 日和はそう言って胸を叩いた。

「紡さんに知られると、本当に医者に連絡されちゃいそうだものね」

 ずばり言い当てられて、ブレンダは小さく頷くしか出来なかった。確かにそれは困る。ただそれ以上に、ブレンダは自分が無意識下で何をしているのか。そのことが明白になること自体が恐ろしかった。

「日和さん。私、やっぱり行って良いのかどうか——」

「何言ってるの。キセツは私達三人でもってるんだから来ないと。私に任せて」

「……はい。お願いします」

「どういたしまして」

 わざと馬鹿丁寧に日和が頭を下げると、やっとブレンダは笑顔を浮かべた。

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