会合

「あいつ、いや海燕かはわからないけど、誰かは嘘ついてるな、絶対」

 キホー。実際にその兵器にあちこち触れて、何か素早い手の動作で部分的に開いてみて、中身さえ確かめて、蓮介は呟く。

「これが武器だなんて。これが、破壊すべき?」

 だがそんな疑問を発しながら、その内部からクーホウを数発撃って、実にあっさりとそれを破壊する蓮介。

「これで終わりなのか? これで」と亜花。

 そうでないだろうことをすでに察していたのは、彼だけでなく、他の仲間二人も同じようだった。

「少し妙な気分だ。今確実に信頼できるのはここにいるお前たちだけかもしれない。だけど」

 母だろう。今の状況を仕組んだというのは大げさかもしれないが、だがこういうことが起こるかもしれないと考えて、用心深く用意していた対策のいくらかが、おそらく上手く機能した。

「誰が黒幕かはわからないけど、そいつが何のために、今回の任務を俺に与えたのかも、だいたいわかった」


 まずキホーが兵器。というより今も兵器であるというのは完全な嘘であった。それは確かに、作られた当時はこの上なく強力な兵器であったろうが、現在はただの塵芥も同じだ。おそらくそれは、"祖カラクリ"により造られたものですらない。「空国遺跡でしか機能しない」でなく、正確には、空国遺跡、というより保管庫の中から持ち出すことができないものなのだろう。そして今は、もう利用方法もわからない。そういうもの。


「ほぼ間違いなく、こんな遺物自体には意味ない。これは単に、俺をここに向かわせるための理由でしかなかったと思う」


 蓮介に直接に任務を与えた海燕も、誰かに騙されていたのかもしれないが、もちろん彼自身が何かの目的でそれを口実にしたということも考えられる。


「だがそれが重要だった。この空国遺跡には、他に重要なものがあった、だけどその重要なものを俺たちに知らせないでここに向かわせる必要があった。おそらくこの旅自体の目的は」


 敵、黒幕にとっての敵。消去法で考えるなら、蓮介に任務を与えた海燕ではない可能性が高い。他の二人の長、すなわち雪菜か伽留羅。少なくともこの罠に実際にかかったと考えられるのが伽留羅だ。蓮介の母、むしろ彼個人に味方しているようにも思える雪菜とは違うだろう。つまりエネルギーテクノロジーを使ったのは。伽留羅はおそらくその秘密のテクノロジーを持っていて、それが厄介だった。だからそれを起動させて、おそらくはエネルギーの操作中枢を見つけるために今回のことを。


「ちょっと待ってくださいよ。じゃああのエネルギーシールドとか言うやつ、私たちの旅の邪魔をするために伽留羅様が使うことを、海燕様が見越して」

 莉里奈はそれでも、深くは考えなかったようだった。

「海燕かはわからない。俺はあの人とそれほど付き合いがあったわけでもないから、本当に自信を持っては言えないけど。だけどあの人が単にカラクリ技術を恐れてただけなら、利用されてただけの可能性もある。俺が今まさにここまで利用されたようにな」

 そう、今やそれは明らかだ。キホーの破壊というふざけた任務。そしてそのために、ただ無意味に終わりそうな旅をする邪魔に使われたエネルギー兵器という切り札的なカラクリ。

「むしろ今のこんな状況、黒幕は長以外の誰かと考える方が自然だ。俺を利用したのも。長は里の中でのことならともかく外の事を知るにはあまりにも、自由が」

 そしてまたそこで何かに気づき、その気づいたことに恐怖したのか、体を少し震わせた蓮介。

「ど、どうしたの? あんちゃん」と弥空。

「こんな状況でもなかったら、考えてたはずもなかった可能性を考えてる」

 だがそんなこと、本当にありえるのだろうか。彼は死んだろう。そして蓮介は知らない。隠れ里で、死んだふりができる仕掛けなんて。

 しかしもし、もしそうだとしたら、それが一番辻褄の合う説明にはなる。麻央、彼の死は、彼に向いた蓮介の疑いをそらすための偽装だとしたら。

「だけど誰が仕組んだ事にしろ、そいつの最終的な目的が何にせよ、俺を使ったことはおそらく失敗のはずだ。俺たちがこんなに早くここにたどり着いて、空国遺跡の中にあるキホーを見つけるなんて、さすがに予想してなかったと思う」

 そもそも、母の助けよりも前に、エネルギーシールドの罠をほんの数時間程度で突破できたのは、運がよかっただけだ。隠れ里の者には絶対に気づけないが、自分には気づくことができた、あのシャミールとかいう特別な怪物のおかげ。


「おいらはまたまた話についていけてないみたいだけど」

 少し拗ねたような態度になってきた弥空。

「私も正直それは怪しいが、だがひとつ聞いていいか?」と亜花。

「答えられることかわからないけどな。こうなったらもう、俺にだってわからないことが多すぎる」

 だいたい隠れ里に何があったのか。蓮介も、幼い時はそこで生きていたのに、もうまるで前世のことのようにも思えた。"祖カラクリ"も外の科学テクノロジーと同じようにかつてないほどの飛躍の道を走っていたのか。それとも単純に、自分が考えていたよりもずっと秘密が多かったのか。

 しかし亜花の質問は、今理解できている範囲の中での疑問についてで、決して答えられないようなものではなかった。

「蓮介。仮にお前の推測が正しいなら、おそらく私たちが何か別の目的のためにここに来たのだと、その、ややこしいが、敵の敵が思ってる。それでその敵の敵が、我々に対して切り札であるエネルギー兵器を使ってきた。もしかしたら敵の思惑通りに。そういうことになると思うが、その重要なものというのは何だ? それはもうわかってるのか?」

 そう敵の敵(?)、おそらくは長の伽留羅が隠し持つエネルギー兵器を使用してまで、辿り着かせたくないと考えて、さらに敵もまた蓮介たちに知られたくないと考えていたと思われる、空国遺跡にあるのだろう重要な何か。

 ここまで来れたら、蓮介としては、もう答はひとつしかないようなものだった。

「でっち上げじゃ俺なら途中で気づけたと思う」

 そのことがわかっていた。だからもう使えないものとはいえ、敵も本当の兵器を利用するしかなかった。

 キホー。これはかつて実際に機能してた兵器。だがそれを実現するためには強力な動力源もいる。

「ひとつだけ、行方不明になってたジンギがある。多分ここにあるんだ。隠そうとしてたものは間違いなくそれだ」

 理由まではまだわからない。だがそれを知らせたくないと考えていたのなら……

「調べてみればわかると思う。理由も、アトサ」

 行方不明だったジンギ、隠れ里に生まれ育ちながら、その名前を知らない者などほとんどいない。

「クサナギノツルギ」


 またアトム構造の切り替わりの連続。その後に表れたのは銀色の錆びた刀のような第一動力源。


「こ、これがクサナギノツルギ」

 莉里奈も、もう隠れ里との関わりはかなり浅いが、その名ぐらいは知っている。

「いや、これも神々の時代のものでなかったか? 隠れ里にあったのはヤタノカガミ、これがクサナギノツルギ、それじゃジンギとは三種の神器なのか?」

 ただ、子供の頃に何度か日本書紀を読んだことあるくらいなので、亜花も残り一つヤサカニノマガダマの名前はでてこなかった。

「聞いたことあるような気はしたけど、昔話か。でも三種ってことはもう一種あるの」

 どうも三種の神器という伝説すら知らなかったらしい弥空。

「正確に言えば、ジンギは俺が知ってるだけでも五つある。だけど残り三つはあまり気にしないでいいと思う。どうせ俺たちが何か知ったところで、どうしようもないところにあるだろうし」

 だがそれらの場所については、詳しくは言えないと蓮介は語った。彼の認識としても、二つが、海の底に別に存在しているという予備の隠れ里、そして一つが本州のどこかにあるということくらいだったから。

「問題はこのジンギだ。これだけ見ても俺たちには何もわからないだろうけど、だけどこの空国遺跡自体に」

 調べる術があることももうわかっていた。保管倉庫なんかじゃない、それは研究所なのだ。

「キレカトタカシュ」


 今度は変換ではなかった。いや変換ではあるのかもしれないが、それまでとは何か違う。場所が変わるわけではない。ただ周囲が真っ黒になって、緑や青の線が網目状を作るようなものとなり、クサナギノツルギは、まるで透明な雷を凝縮したかのような球構造に囲われた。


「い、いったい何が起こってるんですか?」

 亜花も弥空も、何がどうなっているのか全く意味がわかっていないが、二人以上に莉里奈は混乱していた。もうそれは物質がどうかというものではなく、世界そのものが切り替わっているかのようにも思えた。

「アナリシスシステム(analysissystem)だ。つまり特定のものを調べるための巨大機械でもあるんだ。この空国遺跡は」

 蓮介がそれなりに冷静でいれたのは、母がそうした機能やそれの利用方法までも書いた本に、そのシステムが発動した場合に見える光景の図を載せておいてくれたおかげだ。

「これからこれを調べる」


 そして蓮介は、ひとつの真実を知った。それは、ある程度予想していたことではあるのだが、しかし予想とも決定的に違う部分が少しあった真実。


ーー


 蓮介が知ったことは、言うなれば彼の正体。蓮介を利用した彼の狙いもまた蓮介の推測通り、伽留羅のエネルギー兵器の破壊。それをどうしても、さらにその先の、最後の計画を発動するより前に、彼は破壊しておく必要があった。そこで彼は蓮介と天光を空国遺跡へと向かわせた、同時に海燕と彼との繋がりが伽留羅に伝わるようにもしていた。

 今の隠れ里での、"祖カラクリ"を使ってその秘密を守り続けるべきと考える支配派と、もうそんなもの全て捨ててしまうべきとする放棄派の対立。伽留羅は前者に、海燕は後者の思想を持っている者の中で、最も影響力が大きい。伽留羅は、いや雪菜さえもそうだった。放棄派でしかも長の一人である海燕が、蓮介と天光を空国遺跡へと向かわせたなら、隠れ里にあるジンギ、ヤタノカガミが停止したばかりのあんな状況なら、当然本来は長だけが知る空国遺跡のジンギ、クサナギノツルギが頭に浮かぶ。つまり彼がこの機に乗じて、全てのジンギの停止を目指しているのではないかと。

 そう、直前の、忍者を使ったヤタノカガミの停止も重要だった。それには単純に隠れ里の力を弱める意味もあったが、それよりも重要だったことは、ジンギの停止から、蓮介たちが空国遺跡へ向かう任務という流れを演出すること。

 どの時点でもよかった。伽留羅も雪菜もさすがに事前に想像すらできなかったはず。とにかくたった一度でいいから伽留羅がエネルギー兵器を使ったなら、実はカラクリ人間である彼には、その発動を感知し、エネルギーコントロールのためのフィールド(field)を探せるのだ。死んだと見せかけて、自由に行動を取れるようにして、その時を待っていたのだ。


 決して何もかも理想通りだったわけではない。彼も焦ってはいた。外の世界での急激な物質文明の進歩を、蓮介とはまた違う理由で恐れていた。だから本当ならもっと時間をかける予定の計画を急ぐ必要に迫られていた。蓮介だけでない、以前からひそかに目をつけていた忍者、それに海燕と天光も、優秀ではあるが優秀すぎる駒だ。彼らを使うのは危険なことでもあった。実際に蓮介にいたっては、エネルギーシールドを発動させたのはいいものの、それを一日もかからずに突破できるなんて、計算外もいいとこだ。彼すらも知らない、外国の古代テクノロジーの記録もいくつか知っていると考えられる蓮介なら、空国遺跡で全てのことに気づいてしまうかもしれない。

 だが、結局のところ間に合わなかったのだろう。エネルギーフィールドの場所は明らかになったから、もう用済みの伽留羅も殺した。恐れていた通り、彼を殺してもシステムは止まることはなかったが、だがそれの場所がわかったならば壊せばいいだけだ。たった一つ、自分の最後の計画を台無しにしてしまいかねない、その厄介の武器を破壊すれば、それで終わりだ。


 出雲の、ある洞窟からそこには入れた。カラクリ師が時々造る隠されてる屋敷。しかしそれは生活のためのものではない。大きな一部屋だけ、そしてそこにあった、大量の縄が絡まり包んでいるような球体。

 だが、そこでもまた計算外が待っていた。知っていて待っていたのだ。駒としても使えなかった。最も警戒していた相手。


「もっと早く気づくべきだったわ」

 彼女は彼女で、息子とは別の道を進みながら、同じ真相にたどり着いていた。自分が息子に手助けしたように、彼が直接的に手助けしてくれることはなかったが、しかし息子の行動が重要な手がかりにはなった。

「久しぶりね。今は麻央だったかしら、カラクリ人間様」

「あなたはもう全てを知っているんだね。だけど、もう遅いさ」

 そう、追いつめたのは待っていた雪菜でなく、待ち伏せされていた麻央の方だ。

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