死人が棺から立ち上がって出てくる(巻第四「常常の悪業を死して顕す事」)

 関東は宇都宮の何某とかいう者がいた。

 その北の方は、幼名をと云った。

 御内儀様おかみさま御上様おうえさまと呼ばれると年寄りになった心地がすると云って、そこそこの年齢になるまで、周囲には幼名で呼ばせていた。

 このような心持ちの人物であるから、万事において篤心がなく、召し使っている者たちを打擲したり、少しのことでも咎めて折檻したりで、慈悲の心が全くなかった。


 そんな北の方であったが、ついに身罷った。

 生前の振る舞いがそれなりであったので、臨終の有様はきっと恐ろしいことになるだろうと思いやられた。


 サテ、亡骸を近辺の寺へ送り出したが、葬礼はまだ開始していなかった。

 香の火を取りに行っている間、待っている人々は、亡骸を棺に入れて仏前に置いた。

 その番をする者数十人、その他一門眷属多数、さらに諷経ふぎんのための僧侶たちなど、人々が集まっていたところ、俄かに棺が夥しく震動し始めた。

「何事か」

 皆、奇異な思いをしていると、死んだ北の方が棺の中から異様な姿で立ち上がって出てきた。

 白昼の出来事に、

「あれやあれや」

と人々は騒ぎ出した。

 立ち上がった北の方は、みるみるうちに、顔が変じて眼が日月のように光り輝き、髪は天に向かって逆立ち、歯噛みして突っ立っている。その姿は本当に直視できない有様であった。

 そこへ長老の僧がやって来て、北の方に向かい、引導を渡して弔えば、元の死骸へと戻った。


 悪心の恐ろしさ、そして仏と経典の尊さは、この話を聞くと疑いようがないものだなと思う。

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