長年飼ってた猫が化けた話(巻第三「ねこまたの事」)
山仕事のひとつに「ぬたまち」と云って、山から鹿が下ってくるのを庵室で待つというものがある。
ある男が、宵より庵室へ行って待っていたところ、妻が行燈を片手に、杖を突いてやって来て、
「今宵は特に寒く、嵐も烈しいので、急いでお帰りになってください」
と云う。
「どうして我が妻がこんな場所まで来られるだろうか。きっと変化の物に違いない」
男はそう思い、
「汝は何者なれば我が心を誑かそうとするのか。ひとつ矢でもお見舞いしてくれようぞ。受けてみよ」
と云えば、
「そのようなことをおっしゃるとは、御身に何か物が憑いたのですか? 早うお帰りになってくださいませ。妾がお連れいたします」
と妻が云う。
「たとえ本物の妻であったとしても、なるようになれ。夜半にこんな場所まで来るというのはどうも得心できない」
そう思った男は、大雁股でもって、妻の胴中を容易く射抜いた。
すると提げていた行燈がふっと消えて、妻の姿もどこかへ消えてしまった。
「このような奇異なことがあった夜は、物事が捗ったためしがないので、さっさと我が家へ帰ろう」
男が帰宅すると、自宅の門口に大量の血が流れている。
「なんてことだ。思慮の足りないことをしてしまった」
男は流れた血を妻のものと思って肝を潰し、急いで寝室に行けば、
「今宵はなんともお早いお帰りで、どうされたのですか?」
と妻は無事であった。
その後、生血の跡をたどってみれば、長年飼っていた猫が死んでいた。
猫は長く飼い続けないほうがよい、とはよく云ったものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます