慳貪な老女が見た夢(巻第一「罪ふかきもの今生より業をさらす事」)

 京は北野の近辺に慳貪な女が住んでいた。本当に善根な心は露ほどもなく、悪業は須弥山の頂にも到達してしまいそうだった。


 ある男が用事があって一条戻り橋の辺りを暁方に通りかかると、橋の下で、死体を引き裂いては喰っている老女がいる。

 よくよく見るとそれは我が母であった。

 云うまでもなく不思議なことなので、急いで自宅に引き返すと、まだ寝ている母を起こした。

 母は、はっと目を覚まして起き上がるなり、

「さてさて恐ろしい夢を見ていたところ、起こしてもらえて助かりましたよ」

と云う。

「どんな夢を見ていたんですか」

と問えば、

「どこかの橋の下にいて、そこには死体があって、それを引き裂いて食べる夢でした。夢心地にも自分はなんと浅ましいことをしているんだろう、と思うのですが、甘美な心地がして喰うのが止められなかったのです」

と語った。


 程なくして、この慳貪な老女は身罷ったそうだが、今生の罪業が深さがこれほどのものでは、来世ではさぞ報いがあるだろう、と考えただけでも不憫である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る