第17話 恋人との初めての昼休み

 国語のグループワークが終わり、俺はお弁当を持ってそそくさと席を立とうとする。クラスメイトは各々が購買や学食に走ったり仲の良い人達と席をくっつけてお弁当を広げたりと様々だ。


 よし! 今日も俺に話しかけそうな人は居ないな! いつもの場所に向かうか!


「ねえ皆川君。ちょっと良い?」

「えっ」


 誰この人……? た、多分クラスメイトだよな? ごめんなさいぼっちは進級間近でやっと全員の名前を覚えるくらいなんです……。


「え、えっと……俺? 俺の他に皆川君って居たっけ?」

「えー何それ! 皆川君面白いんだけど!」


 う、ウケたなら良かった。それにしても何の用だろう。


「あ、ごめんね? ちょっと気になったんだよ」

「ななな何をでしょうか!」

「さっきの時間、あの四人と何の話をしてたのかなーって」


 ……これはアレか? みーちゃん達のグループが一番上に居て、不満ながらもその下に甘んじてる準トップみたいな……?


 とりあえず、正直に話して変な噂をされても困るので適当にお茶を濁す。


「俺さっきの時間あそこのグループに居たっけ?」


 濁すどころか染めちゃったね! 今気付いたけど俺があの四人とまともに喋れるのって店長のおかげだ! あの人が陽キャオブ陽キャ王だから耐性があるんだ! マンションで十階に住んでる人はその高さなら全く怖くないけど九階に行くと恐怖心を覚えるアレだ!


「え、居たよね? 勘違い?」

「いや居ましたね……」

「居たんじゃん。皆川君面白いね!」


 二回目の面白いを頂きました。ちょっとだけ嬉しい。


「ね、今日一緒にご飯食べない? 色々話聞きたいんだけど!」

「……うーん……」


 あー子の時の件もあるし本当はみーちゃん以外の異性とご飯は食べたくないんだけど……どう断ろうかな……。


「俺食べるの早いよ……? 具体的には三十秒くらいというか……」


 嘘ですめっちゃ味わって食べてます。恋人が作ってくれたお弁当を三十秒で食べるとか万死に値する。


「えっマジで面白いんですけど! ね、ほら早く行こうよ!」

「いや俺異性とご飯食べたらアレルギーが出るというか……」

「ねぇ。ちょっと良い?」


 予想外の方向からの声に俺達は振り返る。


 そこに居たのはみーちゃん……いや御代海侑さんだった。小学生みたいな感想だけどオーラが出てて強そう。クラスでのみーちゃんは貫禄あるなぁ……。


「アタシとご飯食べる約束でしょ? 早く行くよ」

「そうだね! 行こっか!」

「えっ、ちょっと待って!」

「埋め合わせは難しいかもしれないけど話だけならまた今度します! 本当にごめんなさい!」


 俺は既に歩き出しているみーちゃんの後ろを着いていく。やだ頼もしい……好きになっちゃう……元々大好きだけど……。


「……アレルギーは大丈夫なの……?」


 あっあの子めっちゃ良い子だ。クソみたいな嘘も信じちゃってる。今度はちゃんと話さなきゃ。


 若干のクラスのざわつきを背に、俺はみーちゃんと空き教室に向かった。



 俺はいつも空き教室の机を一つ借りてお弁当を味わってる。だけど今日はみーちゃんが居るので、一つの机はそのままだけどお互いに机へ椅子を向けて同じお弁当を開いた。


 今日も死ぬ程美味しそう……本当にいつもありがとう……。


「ね、ねえ皆川。アタシ迷惑かけてなかった……?」

「全然! むしろどう断ろうか悩んでたしベストタイミングだったよ!」

「……そっか、断ろうとしてくれてたんだ」


 みーちゃんはほんのり頬を染めて小声でいただきますを呟く。そういうところも好きだよ!


 俺も箸を取ると、手を合わせて目を瞑る。


「地に召します我が恋人よ……」

「きゅ、急にどうしたの?」

「え? いただきますだけど……」

「ちなみにそれってあとどれくらい続くの?」

「一分くらいだから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 感謝を捧げずしてこの聖なるお弁当は食べられない。いつも感謝を忘れずに、だ。


「あ、アタシとしては早く食べてほしいなー……みたいな……」

「っしゃあいただきます!!!」


 これからはもらった時に心の中で言おう! 確かに我慢するのは良くないもんね! 最後の方は食べたすぎて目ガン開いてるし!


 俺はいつものハート型になった卵焼きをハートのまま頬張る。


「いつもありがとう……めちゃくちゃ美味しい……」

「ふふ、喜んでもらえたなら良かった」


 今日は目の前にみーちゃんが居るから泣くのは堪えなきゃ……本当に幸せだよみーちゃん……。


「そ、そう言えば皆川! さっきは何話しかけられてたの?」

「え? さっきなんて何かあったっけ?」

「ほら、女子に話しかけられてたじゃん!」

「……あ、ああアレか! お弁当に意識が向きすぎてて忘れてた!」


 結局あの人は何だったんだ? 最後の頭よわよわなところからするとみーちゃんの座を狙ってるみたいな感じではなかったし……。


「何かさっきのグループワークで何話してたのだってさ。楽しそうに見えたのかな」

「……気付いてなかったの? アタシらめっちゃ注目されてたよ」


 マジで? 手繋いでていっぱいいっぱいになってたから気付かなかったのかな。


 ……と、ということはみーちゃんは余裕だったのかな!? 俺だけとか何か恥ずかしくない!? 頼り甲斐イズどこ!?


「まあアタシも後で由里に言われて知っただけだけど……」


 だよね! お互いいっぱいいっぱいならまだ俺が先に慣れる可能性が無きにしもあらずいや無理だ恋人と手を繋ぐことに慣れるとか不可能じゃね!?


「「……」」


 さあやってまいりました無言タイム。気まずいというか何か照れ臭い時間だ。


 ……それを相手にも思わせてるってか皆川大和!!! だったら早く話題を提供しろやダメ彼氏がァ!!!


「「あの!」」


 うひゃあ! ハモっちゃった!


「ごめんねみーちゃん、先にどうぞ」

「アタシはどうでも良いことだし皆川が先で……」


 遠慮合戦になるなら俺が先に踏み出そう。その方がみーちゃんも楽なはずだ。


「そう言えば今回初めて学校で一緒にご飯を食べたなーって思ってさ」

「どこかの誰かさんは彼女より先に別の女子とご飯を食べてたけどね」

「謹んでお詫び申し上げますッッッ!!!」

「ふふ、別にもう怒ってないよ? 今はこうして二人でお昼食べれてるわけだし」


 本当に良い子……何回目かわかんないけど俺今めちゃくちゃ幸せです……。


「アタシからも良い?」

「もちろん」

「皆川さ、行動学者のデズモンド・モリスって知ってる?」


 その人流行ってるの!? あー子も言ってたよな!?


 ……待て。ここは知ってることにしたらカッコつくんじゃないか? 頭の良いやっち先輩カッコ良いです! みたいな!


 あー子は何て言ってたっけ……思い出せ俺……!


「思い出した!!!」

「急にどうしたの!?」

「セックスは最後みたいな話でしょ!?」

「そっそうだけど違うし!」


 あー子ぉぉぉ!?!?!? 物事はちゃんと伝えてくんないかなぁ!?


「……皆川はそういうこと、早くしたいの?」

「いやまあ興味があるみたいなのは生物学的観点からというかみーちゃんのことが大好きな以上当たり前ではあるんだけど流石にまだ早いし俺達は一歩ずつ段階を踏んでいったら良いんじゃないかな!?」

「よ、良かった。まだ心の準備出来てないし……」


 だよな! 下手にカッコつけようとするとこうなるのか気をつけよう!!!


「じゃなくて……男女の仲は十二段階あるみたいな話を言い出した人らしくてさ」


 言ってること全然違うじゃねぇかあー子。そりゃ最後はセックスだろうよ。とんでもない要約しやがって。改めて検索しなかった俺も悪いけど。


「上から順に、目を体に、目を目に、声を声に、手を手に、腕を肩に、腕を腰に、口を口に、手を頭に、手を体に、口を胸に、手を……ここから先は自分で調べて!」

「く、詳しいね?」

「別にやっち先輩とどうとか想像して検索したんじゃないから!」


 じゃあどういう意図で検索したの!? 好奇心かな!? それはそれで可愛いし地味に呼び方乙女スイッチ入っちゃってるよみーちゃん!


「え、えっとね? 最初の三つは付き合う前にするものだから、重要なのは手を手にってところからでさ」

「ほう……?」

「手を手にっていうのは手を繋ぐことで、ほら、これはその……アタシらしたじゃん?」

「しましたね!」


 何なら前の授業中もね! すべすべふにふにで大変良いものでした!


「次の腕を肩にっていうのは肩組みとからしいんだけど……、これはカレカノっぽくないじゃん?」

「まあする機会を考えたら円陣とかだよね」

「で、その次の手を腰にっていうのが……その……は、ハグ……でさ……」


 みーちゃんとハグ!?!?!? 想像しただけで恥ずかしくなるなこれ!? でもめっちゃしたい!!! そうかもう次のフェーズはそこなのか!!! やるじゃんデズモンド!


「……や、やっち先輩は私とハグするの……嫌ですか……?」

「今すぐしよう。俺がしたい」

「えぇ!? でもまだご飯食べてる途中ですよ!?」


 思考がもう少し遅れてたらみーちゃんに言わせてしまうところだった。危ないぞ俺。よくやったぞ俺。


「まままままあみーちゃんが嫌なら全然大丈夫だけどね!」

「そ、そんなことありません! 私もしたい……です……!」


 キマったテンションが一周まわって落ち着いてきた。ふぅ……。


 ……いやいやいや今から俺みーちゃんとハグするのか!? 良いんですか!?


「ま、まだですか……?」


 いつの間にかみーちゃんは立ち上がって両手を控えめに広げている。顔はもう火を見るより明らかというより火みたいな色をしていた。


「で、では失礼します……!」


 俺は五百くらいに上がってそうな心拍数を抑えてみーちゃんの前に立つ。や、ヤバい緊張するぅぅぅ!!!




 ──そして、俺の中の弥太郎さんがまた顔を覗かせる。




弥太郎︰やっちが緊張してるってことは女の子はもっとしてるぜ? そのままにするのはやっちの本意か?



 ……そんな訳ないよなァ!!! 行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇ!!!


「わ、は、ハグするんだ……! 凄い初めて見た……!」

「「え」」


 空き教室の入口付近から謎の声がして俺とみーちゃんは固まる。


 そこに居たのは、頬を朱に染め上げたあー子だった。


「わ、えと、その! 海侑が居なかったから探しに来ただけというか……ごめんなさい!」


 狼狽えるあー子はそう言って逃げ出す。脱兎の如くという言葉がとてもよく当てはまる。


 ……うわぁぁぁぁぁタイミング逃したぁぁぁぁぁ!?!?!?


「どどどどうしよっかみーちゃん!?」

「い、一旦ご飯食べませんか!? いや食べない!?」

「そっそうだね! いつもお弁当本当にありがとうね! 辛くなったら今度は俺が作るから!」

「わ、わかった! こちらこそありがと!」


 ウルトラぎこちないまま、俺達は席に座り直してお弁当の続きを食べ始める。


 あー子……基本はフォローしてくれたり頼りになるけど……諸刃の剣だなぁホント……。


 ……とりあえず。今回はハグ出来なかったけど、今度は誰にも見られない時にドラマティックなハグが出来るよう勉強しておこう。


 俺はお弁当を食べながら、静かに誓った。

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