第7話 デガード銃

 昨晩、ヘレンはピザを平らげてワインを飲み干した後も喋り続けた。ぼくはそれに適当な相槌を返していたが、やがて机の上に伏した。

 体を揺らしても反応がないので、寝たと判断したぼくはベッドへと向かい、そのまま就寝した。

 夢から覚めて、体を起こして拡張チップにアクセスして仮想ウィンドウを開く。時間は朝の八時だ。

 ヘレンの様子を見にリビングまで行くと彼女は椅子の上に小さくなって座っていた。


「お、おはようであります」

「おはよう」

「あのお……ミィル」

「なんだい」

「変なことを訊いてもいいでありますか……」


 昨夜の彼女の様子と、今の反省をしているような姿で質問の内容も想像はつくのだが、ぼくは黙って頷いた。


「実は昨日の記憶がないであります。これはもしかして、パスティたちが我々を襲撃しに来たのでは……」

「いや、お酒の飲み過ぎだよ」

「はい……ごめんなさいであります……」

「まあ、ぼくは気にしてないからいいよ」

「ありがとうございます……。以後、気をつけるであります……」


 しゅん、とうなだれるヘレン。心なしかポニーテールも力なさげに揺れている。その姿からは、昨晩のロシア諜報員を斬り殺した兵器らしさはない。ただのおっちょこちょいの女の子だ。


「なんだか初めて会ったときと印象が違うね」

「それはあの時は初対面でしたし、仕事中でありましたから。あれでも緊張していたんです」


 ということは、今が素の状態というわけだ。


「それよりも、ミィル。訊きたいことがあるのでありますが……自分は昨日、何か変なことを話していなかったですか……」


 むしろ、変なことしか話さなかったような気がする。それどころか機密に当たるようなことも。

 まあ、そのどれもぼくは聞いていない。ということにしておきたい。


「ぼくも昨日は少し飲みすぎたからね。きみの武勇伝を聞いたってことくらいしか覚えてないよ」

「ほっ……そうでありましたか……」


 胸をなで下ろすヘレン。彼女はどうやら騙されやすいタイプらしい。


「さて、それじゃあ、パスティとアーヴィングがいる場所を突き止めようか」


 資料によると、二人は脱走直後に旧渋谷廃墟群に身を潜めていたとあった。弾道ミサイルによって崩壊した街だ。パスティとアーヴィングは脱走してすぐに第肆保全隊の諜報員二人組に襲撃されているが、返り討ちにしている。

 同じ場所に潜伏しているとは考えにくいが、カズには旧渋谷周辺の調査に当たってもらった。追跡に役立つものが残っているかもしれない。

 ぼくとヘレンが担当するのは新東京アイランド内だ。


「三十分後くらいに家を出るから準備しておいて」

「了解であります。自分はケープを羽織るだけなので、特に準備するものはないです。その間、充電してもいいですか」

「充電……」

「少女兵器の動力源は電気であります。義体を動かすのにも電力を消費します。電光刀等の武器も義体内の貯蔵電力を使用するので、使えば使うほど消費が激しくなるであります」

「いいよ、適当なところで充電してて」

「ありがとうであります」


 ヘレンは強化外機動骨格の脊髄辺りにあるパーツに手をかけた。給油口の蓋のようなそれが開き、中から差込プラグが現れる。ヘレンはコンセントの隣に腰を下ろして、差し込んだ。


「好奇心から訊くんだけど、充電してるときってどんな感じなの」

「どんな感じと聞かれますと……特に何もないでありますよ」

「電気がからだの中に入ってくる感じとかも……」

「ないでありますなあ。人間も点滴を打たれてるときに、身体の中に入ってくる感覚はないのと同じかと」

「ああ、なるほど」


 電気風呂に浸かっているような感覚的にでもなるかと思っていた。

 拡張チップや無人兵器のハイテク機器が一般的になっているのに、少女兵器の充電方法がコンセントにプラグを刺すという前時代的なものなのはどうなのだろう。機械工学のこともロボット力学のことも知らないぼくが言える義理はないが。紙の書類がデータの書類よりも機密性が高いというようなものかもしれない。


「ぼくは着替えてくるね。用意が終わったら、声をかけるよ」

「あっ、待ってください」


 リビングを出ようとするぼくをヘレンは呼び止めた。


「朝、目を覚ますと自分に毛布がかけられていました。寒さは感じませんが、ありがとうであります」

「どういたしまして」


 彼女から毛布を受け取って、ぼくは自室へと向かった。



◇ ◇ ◇



 無人タクシーに乗って、ぼくたちは国防庁へと向かっていた。室長から、あるものを受け取るためだ。対少女兵器用の武器を渡すということしか聞かされておらず、詳細は現地に着いてからしか分からない。

 少女兵器に対してハンドガンの9mm弾では効果はない。彼女たちはアサルトライフルを集中して打ち込めばダメージが与えられる程度、という恐るべきスペックを持っている。

 最も効果的なのは対物ライフルに用いられる50口径弾だ。人間に当てればミンチのように肉がはじけ散る恐るべき破壊力。頭部に直撃すれば、スイカを叩き割ったかのように綺麗な赤い花を咲かせてくれる。直撃を免れても、近くにいれば衝撃波で筋繊維はずたずたに引きちぎられる。少女兵器であっても強化外機動装甲を破壊し、中の義体に致命的なダメージが与えられる。


「自分たち、少女兵器に通用する兵器……。大戦中は爆発物系か重機関銃で狙われることが多かったでありますが……」

「さすがに携帯出来る武器だとは思う」

「そうすると、破壊力も減少するでありますな」

「室長もその辺りは分かってるはずだよ。役に立たないものは渡さないさ」


 国防庁に辿り着き、第肆保全室へと向かった。平日の昼間のせいか、慌ただしく働く職員や軍人、それから見学の団体様がちらほらいた。そんな彼らを無視して、ぼくは一直線にF練へと向かった。時折、視線を感じる。それが白人であるぼくに向けてのものなのか、ロングケープで全身をまとったヘレンに向けたものなのかは分からない。

 F練に入り、エレベーターで一般人が入れない上階へ。そこからコンクリートの床を革靴で叩きながら第四保全隊室へと入る。

 中には室長の他に女性スタッフが二名、男性スタッフが二名、それぞれデスクに向かい合っていた。こんにちは、と挨拶を済ませ、室長の前へと立つ。


「ミィル・バラノフスカヤ、只今参りました」

「ヘレンも参りましたであります」


 室長はぼくら二人を一瞥し、


「ご苦労。手配していたものが届いた。これだ」


 室長はデスクの上に黒く細長いケースを置いた。ガンケースだ。室長が開くと、中から見たこともない形状の銃とライフル弾が七発入っていた。

 自動式拳銃ハンドガンタイプのようにも見えるが、ただの巨大で無骨な鉄の塊にも見える。銃身も通常の大きさの二倍はあり、グリップも巨人が握るかと思うほどだ。


「国防軍兵器開発機構が開発した特殊な拳銃シングルアクションだ。装填する弾も特殊なものを使う」


 室長は弾丸を取り出して、ぼくの目の前にかざす。


「ミィルはダムダム弾を知っているか」

「知っています。ハーグ陸戦条約で禁止されている弾です」


 戦争にはルールがある。

 民間人を傷つけてはならないし、治療にあたる衛生兵を狙ってはならない。戦場では、流れ弾が当たってしまうことはよくあることだが。

 そんな戦争ルールで禁止されている弾丸の一つがダムダム弾だ。お菓子のような可愛らしい名前とは裏腹に、この弾は恐ろしい特性を持つ。肉体に着弾すると、弾頭が砕け開くのだ。通常の銃弾であれば、撃たれた箇所は点になる。だが、ダムダム弾であれば、傷は面となり肉と血管をズタズタに破壊する。傷の箇所は広く深く、苦痛に呻きながら出血多量で死を迎える。


「その機能を応用したのがこのデガード銃の弾だ。弾頭は貫通用スチールチップが組み込んである。これで少女兵器の装甲を貫く。義体まで届くことはないが、刺さった瞬間に弾頭が開き、同時に焼夷剤に火が点き、爆薬を起爆させる」

「これが少女兵器へのリーサルウェポンというわけですね」

「試作段階のものだがな」

「銃を触ってみてもいいですか」

「構わん。貴様の物だ」


 手に取ると、ずっしりとした重さを感じた。軽く持ち上げてみるが、気を張らないと腕が下がってしまう。


「リロードは中折式だ。銃身を開き、そこに弾を込める。弾は一発しか入らない。撃つたびにリロードが必要になる」

「試し撃ちをしても」


 防衛庁内には射撃場が備えられていたはずだ。


「許さん。弾数は七発と限られている」


 無茶を言わないで頂きたい。触ったことも、撃ったこともない銃をいきなり実践投入で扱えるわけがない。しかも、通常の自動式拳銃ハンドガンでもない。

 が、上官様の命令だ。逆らうわけにはいかない。デガード銃をガンケースへと片付けて、ぼくは室長にお礼を告げた。

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